世界史中東の歴史

5分でわかる「エルサレム」ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地になった理由とは?歴史オタクがわかりやすく解説

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紀元前10世紀ごろ、エルサレムにヘブライ王国の首都が建てられた。そこに住むユダヤ人はダヴィデ王やソロモン王のもとで唯一神ヤハウェ神を信仰して暮らしていたんだな。だが、その後、ヘブライ王国は分裂、さらに新バビロニアによって滅ぼされてしまった。そのときヤハウェの神殿までも壊されたが、50年後にようやくう新バビロニアから解放されて、神殿を再建したんだ。そのときの神殿の一部が現代に残る「嘆きの壁」だ。嘆きの壁はユダヤ教の聖地となっているぞ。

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2.ローマ帝国の支配とイエスの誕生

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当時、ヨーロッパ世界を支配していたのはローマ帝国でした。その勢いはすさまじく、紀元前6年にはとうとうエルサレムもローマの属州としてその支配下に置かれるようになります。そのとき、ローマはユダヤ教を禁止しなかったので迫害はされていません。しかし、徐々にユダヤ教の形骸化がはじまります。そんな折に登場したのが「ナザレのイエス」でした。

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ナザレのイエスの奇跡

イエスはユダヤ教の形骸化を咎め、神の愛を説きました。イエスの言葉と、彼の起こす奇跡は多くのユダヤ人に受けいられていきます。そうして、エルサレムでも布教をはじめました。しかし、ここで問題が起こったのです。

イエスの登場はユダヤ教徒が求めた「救世主」の到来と受け止められました。しかし、これがユダヤ教の指導者たちにとってあまり都合の良いものではなかったのです。さらに、イエスの活動は反ローマを誘発するとして、ローマ帝国からも目をつけられてしまったのでした。

そして、イエスは2人の弟子を集めてあの「最後の晩餐」を行ったあと、捕らえられてゴルゴダの丘で十字架に架けられて処刑されます。ところが、イエスが死して三日後に復活し、その姿を見たという弟子が現れたのです。このイエスの奇跡を信じた人々が最初に「原始キリスト教団」をつくりました。

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ユダヤ教の一分派から「キリスト教」へ

イエスが布教を始めた布教は最初、ユダヤ教の仲の一分派と見なされていました。不況の対象もユダヤ人たちが多く、まだ現在のように世界中に広がるような動きではなかったのです。それが一変させたのは、イエスの弟子ペテロやパウロの布教でした。ペテロはローマで布教を行い、パウロはイエスの教えが人種を越えて人々を救うと説いたからです。こうしてイエスの教えはユダヤ人以外にも広がっていったのでした。

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ローマ軍とユダヤ人の戦い「ユダヤ戦争」

依然としてローマ帝国の支配下にあったエルサレム。「一神教」では信じる神はたった一柱のみ。信じるべきはヤハウェ神のみですから、他の宗教の神を崇めることはありません。ローマ帝国は先述した通り他民族の信仰については寛容でしたが、一神教のユダヤ教とはどうしても相いれないものがありました。

一方のローマ帝国はローマ神話の神々を祀る多神教の宗教を持っていました。ローマは他民族の宗教に寛容でしたが、ローマの神々への供物や、ローマ皇帝自身が存命のころから神として崇拝するような政策などを行っていました。ユダヤ教徒もキリスト教徒も一神教であるため、どんなに強要されても他の神を崇めることはできません。ローマにとって、ユダヤ人のその態度はあまり都合の良いものではありませんでした。そして、徐々にローマの秩序を乱す存在と認知されるようになったのです。

ユダヤ人のローマへの反感が募るなかで起こったのが「ユダヤ戦争」でした。ユダヤ人たちは結束を固くし、ローマ軍と戦いました。この第1次ユダヤ戦争、続く第2次ユダヤ戦争は、しかし、ユダヤ人の敗北。エルサレムは荒廃してしまいます。

時のローマ皇帝ハドリアヌスは、ユダヤ教の教えがユダヤ人たちを戦争へ突き動かしたと判断し、ユダヤ教指導者の殺害、および、ユダヤ人がエルサレムに立ち入ることを禁止しました。

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エルサレム、キリスト教の聖地へ

エルサレムがキリスト教の聖地として見られるようになったのは、4世紀になってから。迫害されていたキリスト教が一転してローマ帝国に公認され、コンスタンティヌス帝が聖墳墓教会を建設。さらにコンスタンティヌス帝の母がエルサレムに巡礼を行ったことでキリスト教の聖地と見られるようになりました。

それまではローマの植民都市のひとつアエリア・カピトリナと呼ばれていましたが、聖地となったのをきっかけにもとの「エルサレム」と呼ばれるように。第2ユダヤ戦争以降、禁じられていたユダヤ人の立ち入りも許されるようになったのです。

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