「袂を分かつ」をただの「別れ」だと思っている人は多い。しかし、一度「袂を分かつ」と、もう元の関係には戻れないことを知っているでしょうか。相当な決意を持った別れを表す慣用句なんです。
今回は、大学で日本語や日本文学について学び、塾講師として国語の指導もしていたというカワナミを呼んです。「袂を分かつ」とどうして元には戻らないのか、そのほか意味や語源・使い方・類義語などを詳しく説明していく。
ライター/カワナミ
大学で日本語と日本文学を学び、塾講師時代には国語の指導に力を入れていた。日本語が大好き。最近「袂を分かつ」ことになったのは、夜中の間食だそう。翌日胃もたれを起こすようになったため、「お互いの価値観が変わってしまった」と言っている。
「袂を分かつ」と元には戻らない?
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「袂を分かつ」と元の関係に戻ることはできません。それは「袂を分かつ」が、長く行動を共にしていたことを前提として、考えや価値観の違いを理由として別れることを意味するからです。
例えばバンドでもアイドルでも、とある音楽グループがあったとしましょう。メンバーの1人が「音楽性の違いから脱退を決めた」場合、これを「袂を分かつ」と言います。「音楽性の違い」という「価値観」を理由としての別れですし、一度そういった決意をしたら、元に戻ることは滅多にないですよね。
判断に迷うのは男女の別れです。恋愛関係においては滅多に使いませんが、夫婦の離婚については当てはまります。多くの場合、恋愛関係をつなぐのはお互いの好意ですが、これは「考えや価値観」とは言えません。一方、夫婦は家庭の運営に対して「考え」を同じくする関係です。違いに注意しましょう。
「袂を分かつ」の意味・語源・使い方まとめ
「袂を分かつ」の意味や語源・使い方を知って、さらに理解を深めましょう。
「袂を分かつ」の意味は「行動を共にした人と別れる」
辞書には、「袂を分かつ」の意味として次のように記載されています。
行動を共にした人と別れる。関係を断つ。離別する。「盟友と―・つ」
出典:デジタル大辞泉(小学館)「袂を分かつ」
「袂を分かつ」(たもとをわかつ)は、長い間行動をともにした人と別れることです。さらには「関係を断つ」とありますから、別れた後に再び関係が戻ることは難しいでしょう。ある程度の期間、親密にしていた関係がなくなるといったニュアンスで、出会ってすぐの別れなど短い期間では「袂を分かつ」とは言いません。
期間が長ければ、それだけ関係も深まります。それを「断つ」のはただ事ではありません。「袂を分かつ」は考えや価値観の違いがどうしても受け入れられない、納得できないからこそ選ぶ別れなのです。
「袂を分かつ」の語源は親との別れ
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「袂」とは、着物の袖の一部で袋のように垂れ下がった部分のことです。「袂を分かつ」の語源は、かつて結婚する女性がその袖部分を短く切って仕立て直したことに由来します。和服を着るのが日常だった頃は、女性が結婚するということを「家に入る」とも言いました。つまり自分の親とは別の家の人間になるということ。そのため元々は、親と別れることを「袂を分かつ」と言いました。
それでは、なぜ結婚するからと言って「袂」を切る必要があったのでしょうか。「袂」には魂が宿るとされ、未婚の女性は目当ての男性に袂を振ることで愛情のアピールをしました。そうすれば、相手の魂を呼び寄せ一緒になれると信じられていたのです。以上を踏まえると、結婚した後に袂を必要としない理由がわかるでしょう。
「袂を分かつ」の使い方と例文
「袂を分かつ」の使い方を例文を元に見ていきましょう。
1.経営陣が一気に入れ替わり、新たな経営方針に納得できず、10年勤めた会社と袂を分かつことにした。
2.幼馴染とコンビを組みお笑い芸人として売れようと頑張ってきた。しかし、あるときから意見がぶつかるようになり、ついには袂を分かつ結果となった。
3.隠していた借金がいくつも発覚し、夫とは袂を分かつ決意をした。
「袂を分かつ」の意味は「考えや価値観の違いを理由として別れる」ことでした。例文1では経営方針という「考え」の違いから、例文2ではお笑いへの「考え」の違いから、例文3では借金が発覚し家庭の運営への「考え方」の違いから、それぞれ「袂を分かつ」ことになっています。
ここで1点注意したいのは、「袂を分かつ」を過去形で表す場合です。素直な感覚では「袂を分かった」としたいところですが、これでは理解するという意味の「分かった」と混同しやすくなります。「袂を分かつことになった」「袂を分かつ結果となった」といった形にした方が伝わりやすいでしょう。
「袂を分かつ」の類義語
「袂を分かつ」の類義語には、「決裂」「決別」「絶交」など様々ありますが、ここでは特に「袂を分かつ」とほとんど意味を同じくする2つを詳しく説明します。
「袖を分かつ」:行動を共にした人と別れる
「袖を分かつ」(そでをわかつ)の意味は、行動を共にした人と別れることです。「袂を分かつ」と同じ意味を持っています。しいて違いを挙げるなら「袂を分かつ」の方が、広く知られているということでしょう。使い方も「袖を分かつことになった」「袖を分かつ結果となった」というように「袂を分かつ」と同様です。
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「袂別」:行動を共にした人と別れる
「袂別」の読み方は「べいべつ」です。辞書でその意味を調べると「袂を分かつ」と記されています。
たもとをわかつこと。人と別れること。
出典:精選版 日本国語大辞典(小学館)「袂別」
「袂」「別」という字からも何となく想像できますね。また、意味も漢字も似ている言葉に「決別・訣別」(けつべつ)があります。「袂」と「訣」の違いは見落としやすいので注意してください。「袂」は衣服に関連しているため「衤」(ころもへん)を使います。
「袂を連ねる」:共に行動する
「袂を連ねる」(たもとをつらねる)は、人と共に行動するという意味です。大勢の人が着物を着て座ったときに、衣が一列に並んだようになっている様子を由来としています。「袂を分かつ」とは反対に、同じ考えや価値観のもとに行動を共にするというニュアンスです。また、同じ意味で「連袂」(れんべい)と漢字で表すパターンもあります。
「袂を分かつ」の英訳は「break off」
「別れる」ことを意味する英語表現はたくさんありますが、「袂を分かつ」には「break off」がおすすめです。「裂ける」「ちぎれる」のほか「断つ」という意味を持つことから、「関係を断つ」ニュアンスの「袂を分かつ」を表現することができるでしょう。「break off with~」で「~と袂を分かつ」と訳すことができます。
「袂を分かつ」なら決意を持って
「袂を分かつ」と関係が戻らないのは「共に行動していた人と考えや価値観の違いを理由として別れる」から、ということでしたね。そのほか、記事を通して意味や語源・使い方・類義語などについても説明をしました。
「袂」は着物の袖である以上、素材は布。布は一度切ってしまうと縫い合わせることはできても、元の姿のように境目なく戻すことは不可能です。仕事であれ私生活であれ、考えや価値観を同じくできる相手というのは貴重ですから、その分、そういった人との別れを決めるとき、もう元の関係には戻れないという覚悟が必要でしょう。しかし、せっかく悩んで決めた道ならば、お互いを尊重した後味の良い別れが迎えられると良いですね。