今回のテーマは「視交叉上核」です。朝に目を覚まし、夜は眠くなるという生活のリズムや、体内では血圧の変動やホルモン分泌、脳や臓器も働きは概日リズムと呼ばれる生体リズムに従っている。一般には体内時計とも呼ばれているな。この概日リズムの中枢が視交叉上核で、視交叉上核が調律したリズムによって全身のリズムが同期しているんです。生物に詳しい現役大学院生ライターCaoriと一緒に解説していきます。

ライター/Caori

国立大学の博士課程に在籍している現役の理系大学院生。とっても身近な現象である生命現象をわかりやすく解説する「楽しくわかりやすい生物の授業」が目標。 

1.視交叉上核とは

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National Institute of General Medical Sciences - Circadian Rhythms Fact Sheet, パブリック・ドメイン, リンクによる

哺乳類の多くの生命機能は約25時間周期の概日リズム(サーカディアンリズム)と呼ばれるリズムを持っています。視交叉上核(しこうさじょうかく、SCN)は脳にある神経細胞の集まった小さな核で、全身のさまざまなリズムを統率する概日リズムの最高中枢(中枢時計)として働き、他の脳部位や末梢臓器には見られないリズム形成能力を持つことが特徴です。

視交叉上核の個々の細胞は、概日時計の基礎となる時計遺伝子の転写-翻訳のフィードバックループを持っています。実はこれは末梢の組織や細胞がもつ機構(抹消時計)と同じものですが、視交叉上核は独自の細胞間コミュニケーションが高度に発達しているのです。これにより外部から得た光などの情報を統合して概日リズムを調律し、神経あるいは体液性のシグナルを介して脳の他の部位や全身の各組織の細胞のリズムを同期させています。

視交叉上核の構造と細胞

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Henry Vandyke Carter - Henry Gray (1918年) Anatomy of the Human Body (See "ブック" section below) Bartleby.com: Gray's Anatomy, Plate 736, パブリック・ドメイン, リンクによる

視交叉上核は脳の視床下部の前方、視交叉の上部、第三脳室の底部にある左右一対の小さな神経核です。視交叉上核は均一な細胞集団ではなく、いくつかの異なった細胞群の集まりでヒトでは一つの視交叉上核に2万個の神経細胞(ニューロン)が存在しています。視交叉上核の機能は腹外側と背内側 の2つに分けられ、腹外側は光や運動などさまざまな情報の入力を受ける部分背内側は安定したリズムを送り出す部分です。

視交叉上核の細胞は様々な神経伝達物質を産生しています。視交叉上核のほとんどの細胞はγ-アミノ酪酸(GABA)を分泌し腹外側は血管作動性腸管ポリペプチド (VIP)ガストリン放出ペプチド (GRP) 産生細胞。背内側にはバソプレッシン (AVP) 産生細胞、また、背内側と腹外側の中間部にはサブスタンスP(SP)やソマトスタチン(SST)産生細胞が存在しています。

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2.視交叉上核と光による調節

image by iStockphoto

睡眠-起床、血圧、ホルモン分泌、体温、免疫機能、消化機能など多くの生命機能は約24-25時間の概日リズム(体内時計とも)に合わせて機能しています。概(おおむね)1日のリズムというだけあって、内因性の体内時計の周期は完全な24時間ではありません。そこで生体は、自身の体内時計を地球の自転による24時間周期に同調させる機能を持っています。同調させる因子はいくつかありますが、最も重要なものは光による刺激です。

視交叉上核は感光性タンパク質メラノプシンを発現した網膜神経細胞から、光情報の神経入力を受けています。この情報は腹外側に放出され、これに応答して概日リズムをつかさどる遺伝子群である時計遺伝子の発現が上昇する仕組みです。このため、夜間に強い光を受けてしまうと概日リズムが狂う原因となります。

時計遺伝子による転写フィードバックループ

時計遺伝子による転写フィードバックループ

image by Study-Z編集部

哺乳類の概日リズム分子機構の中核をなす時計遺伝子として、夜に発現量が増え正の転写因子として機能する「Bmal1」「Clock」遺伝子、日中に発現量が増え負の転写因子として機能する「Period(Per)」「Cry」遺伝子、一日のどの時点においても同程度に発現している「Clock」遺伝子が発見され、世界中での精力的な研究により、数々の時計遺伝子が分子機構はほぼ解明されました。

動物ではCLOCK/BMAL1複合体は E-Box 配列に結合して、負の転写因子である Per、 Cry の転写を活性化。作られた PER/CRY 複合体は核に移行して、CLOCK/BMAL1 複合体を抑制して Per、Cry の転写が減少する。という転写フィードバックループを形成し、概日リズムを形成しています。

ホルモンによる液性調節

image by iStockphoto

視交叉上核は他の神経核から神経投射を受けるとともに、ホルモンによる液性調節も受けています。液性因子の代表的なものは、松果体より分泌されるメラトニンです。網膜から入った外界の光刺激は、視交叉上核を経て松果体に達しメラトニンの分泌を抑制します(光が当たらない夜間に分泌増加)。視交叉上核にはメラトニン受容体、MT1およびMT2受容体が強く発現しており、MT1は視交叉上核の神経発火を抑制し、MT2は体内時計の位相を変化させて、睡眠へと向かわせる作用を持ちます。

また、副腎から分泌される糖質コルチコイド(コルチゾール)は、起床時にピークとなる概日リズムを示すホルモンのひとつです。

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夜間の強い光が体内時計を狂わせる

今回は「視交叉上核」について解説しました。体内時計というと朝目が覚めて、夜になると眠くなる位のイメージかもしれませんが、体内では朝が来ると血圧と心拍数が上がり始め、昼には血中のヘモグロビン濃度が最も高くなります。さらに夕方には体温が上がり、尿量が増加。そして真夜中には免疫を担うヘルパーT細胞の数が最大になり、成長ホルモンがさかんに分泌されています。このため、実際の時間と体内時計がうまく同期しなくなると、がんや神経変性疾患、代謝疾患などのリスクが上昇してしまうのです。

視交叉上核は光によってリズムを調律するため、現代の生活ではテレビやスマートフォンの画面から発せられる光が体内時計の周期を狂わせてしまうことが問題視されています。

" /> 3分で簡単「視交叉上核」体内時計を調律する仕組みを現役大学院生がわかりやすく解説! – Study-Z
体の仕組み・器官理科生物

3分で簡単「視交叉上核」体内時計を調律する仕組みを現役大学院生がわかりやすく解説!

今回のテーマは「視交叉上核」です。朝に目を覚まし、夜は眠くなるという生活のリズムや、体内では血圧の変動やホルモン分泌、脳や臓器も働きは概日リズムと呼ばれる生体リズムに従っている。一般には体内時計とも呼ばれているな。この概日リズムの中枢が視交叉上核で、視交叉上核が調律したリズムによって全身のリズムが同期しているんです。生物に詳しい現役大学院生ライターCaoriと一緒に解説していきます。

ライター/Caori

国立大学の博士課程に在籍している現役の理系大学院生。とっても身近な現象である生命現象をわかりやすく解説する「楽しくわかりやすい生物の授業」が目標。 

1.視交叉上核とは

Circadian rhythm labeled.jpg
National Institute of General Medical Sciences – Circadian Rhythms Fact Sheet, パブリック・ドメイン, リンクによる

哺乳類の多くの生命機能は約25時間周期の概日リズム(サーカディアンリズム)と呼ばれるリズムを持っています。視交叉上核(しこうさじょうかく、SCN)は脳にある神経細胞の集まった小さな核で、全身のさまざまなリズムを統率する概日リズムの最高中枢(中枢時計)として働き、他の脳部位や末梢臓器には見られないリズム形成能力を持つことが特徴です。

視交叉上核の個々の細胞は、概日時計の基礎となる時計遺伝子の転写-翻訳のフィードバックループを持っています。実はこれは末梢の組織や細胞がもつ機構(抹消時計)と同じものですが、視交叉上核は独自の細胞間コミュニケーションが高度に発達しているのです。これにより外部から得た光などの情報を統合して概日リズムを調律し、神経あるいは体液性のシグナルを介して脳の他の部位や全身の各組織の細胞のリズムを同期させています。

視交叉上核の構造と細胞

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Henry Vandyke CarterHenry Gray (1918年) Anatomy of the Human Body (See “ブック” section below) Bartleby.com: Gray’s Anatomy, Plate 736, パブリック・ドメイン, リンクによる

視交叉上核は脳の視床下部の前方、視交叉の上部、第三脳室の底部にある左右一対の小さな神経核です。視交叉上核は均一な細胞集団ではなく、いくつかの異なった細胞群の集まりでヒトでは一つの視交叉上核に2万個の神経細胞(ニューロン)が存在しています。視交叉上核の機能は腹外側と背内側 の2つに分けられ、腹外側は光や運動などさまざまな情報の入力を受ける部分背内側は安定したリズムを送り出す部分です。

視交叉上核の細胞は様々な神経伝達物質を産生しています。視交叉上核のほとんどの細胞はγ-アミノ酪酸(GABA)を分泌し腹外側は血管作動性腸管ポリペプチド (VIP)ガストリン放出ペプチド (GRP) 産生細胞。背内側にはバソプレッシン (AVP) 産生細胞、また、背内側と腹外側の中間部にはサブスタンスP(SP)やソマトスタチン(SST)産生細胞が存在しています。

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