その2「どれほど」
「どれほど」はだいたいの数量や程度などについての疑問を表すややかたい文章語。客観的な表現で特定の感情を暗示しません。例えば「彼が家を出て行ってから戻って来るまで、どれほどでしたか」は数量についての疑問を表しますよ。また「母にはどれほど感謝してもしたりないくらいだ」は程度についての疑問を表しますが、擬態的な距離・時間・数量・金額・程度についての疑問を表す場合には、日常的には「どのくらい」「どれくらい」「どれだけ」などを用いることが多いです。なお、後者の例文も最大限の程度を疑問の形で表現しているだけで、具体的な程度をたずねているわけではありません。ちなみに「さぞや」との違いは「さぞや」は程度がはなはだしいことを推量する様子を表すという点です。
その3「それはそれは」
「それはそれは」は共感を持って協調する様子を表しますよ。例えば「昔々ある所にそれはそれは美しいお姫様が住んでいました」や「おかげさまで息子が大学に合格しました。それはそれは何よりです」のように述語にかかる修飾語として用いられます。また、主に過去の物事や眼前にない物事の状態について共感をもって強調する場合に用いられますよ。表現としてはやや冷静で話者はそれほど無条件で感動しているわけではありません。
ちなみに「まあ、それはそれは」などは感動詞的に用いられた用法で、この場合には驚きや意外・同情などの暗示を伴います。なお「それはそれは」は「それは」に似ていますが、「それは」のほうが共感の程度が低いでしょう。「さぞや」との違いは「さぞや」は程度がはなはだしいことを推量する様子を表すという点です。
「さぞや」の対義語は?
「さぞや」と反対の意味に近い言葉をご紹介します。さっそく見ていきましょう。
その1「たいして」
「たいして」は後ろに打消しの表現を伴って程度がはなはだしくない様子を表し、打消しの表現を伴う述語にかかる修飾語として用いられます。「僕は生魚はたいして好きではない」や「彼の忠告などその時はたいして気にも止めていなかったが、後になって身にしみてわかった」など「たいして…ない」は、程度がはなはだしくないことを軽い侮蔑の暗示を伴って表しますが、低い程度ながら存在するというニュアンスがあるでしょう。したがって、会話などで全部否定を婉曲に表現する場合などには用いられません。この場合には、ふつう非存在を表す「それほど」や客観的な「あまり」を用いることが多いです。
その2「さほど」
「さほど」は後ろに打消しの表現を伴って程度がはなはだしくない様子を表す副詞。例えば「ぼくは野球はさほど好きではありません」や「女子社員が倒れたので課長は救急車を呼べと騒いだが、僕の見るところさほどのことはないようだ」などのように述語または名詞にかかる修飾語として用いられます。とても客観的な表現で特定の感情は暗示しません。また「さほど」は「それほど」「そんなに」や「さして」に似ていますが、「それほど」「そんなに」は程度のはなはだしさを強調するニュアンスで肯定文にも用いられますし、「さして」には対象の程度がはなはだしくないことについて軽い侮蔑の暗示があります。
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