その2「ひょっとすると」
「ひょっとすると」は可能性が非常に低いことを前提とする様子を表し、述語にかかる修飾語として用いられ、しばしば「かもしれない」などの推量表現を伴う副詞です。ややくだけた表現で、かたい文章中にはあまり登場しません。また、可能性の非常に低い事柄によって重大な結果を招くというニュアンスがあり、しばしば僥倖を待ち望む暗示があります。ちなみに「こりゃあ、ひょっとするとひょっとするぞ」などのように具体的な結果を暗示しない場合には、好ましい結果についての期待の暗示がこもりますよ。なお「ともすれば」との違いは可能性が非常に低いことを前提とする様子を表す点でしょう。
その3「はからずも」
「はからずも」は意図していない結果になる様子を表し、ややかたい文章語で、報道や公式の発言によく用いられます。「この度は、はからずも大役を仰せつかりました岡野でございます」などは、好ましい地位や役職を命じられた時の挨拶にしばしば用いられる用法。そういう好ましい役職を自分が意図して積極的に求めたわけではなく、周囲の好意や偶然によって得られた僥倖であることを強調しています。結果を意図的に求めるのではなく、周囲の人間の協力や自然の成り行きに任せることをプラスに評価する日本文化ならではの用法だと言えるでしょう。また「はからずも…する結果となった」の形で慣用的に用いられ、それまで隠されていた真相や秘密がある事柄を契機として明らかになったという意味で、皮肉の暗示があります。「ともすれば」との違いはややかたい文章語で、報道や公式の発言によく用いられるという点でしょう。
「ともすれば」の対義語は?
「ともすれば」と反対の意味を持つ言葉をご紹介します。さっそく見ていきましょう。
その1「きっと」
「きっと」は確信を持っている様子を表し、述語にかかる修飾語として用いられますが、「きっとね」のように述語部分を省略することもあります。この確信はとても主観的で、客観的な根拠は暗示されないことが多い。そして主体が第三者や物事の場合には、話者が確信を持って推量する様子を表し、しばしば後ろに推量の表現を伴います。また主体が相手の場合は、相手の行為について話者が強い信頼を持っていることを暗示し、結果的に相手に強く要望している意味になりますよ。さらに主体が話者の場合には、自分の行為を確信している意味になり、結果として話者の強い決意を表します。「きっと」は「かならず」によく似ていますが、「かならず」の表す確信には客観的な根拠と法則性の暗示があり、打消しの内容についてはふつう用いません。
その2「かならずや」
「かならずや」は確信を持っている様子を表す副詞で、後ろに推量の表現を伴う述語を修飾する形で用いられます。ややかたい文章語で、公式の発言などによく用いられますよ。「かならず」を強調した語で、話者の主観的な確信を誇張して表し、対象への希望などの思い入れの暗示が強く客観的な根拠には言及しませんし、例外なく一定の結果になるという法則性の暗示はありません。
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