

「空蝉」は「蝉」の字の通り「蝉・蝉の抜け殻」を意味する言葉だ。しかし、ほかにも「この世」「はかない」など多様な意味を持つ。「空蝉」と「はかない」がどうつながるのか、不思議に思う人も少なくないだろう。
今回は大学で日本文学を専攻し、塾講師時代には国語の指導に力を入れていたというカワナミを呼んだ。語源のほか、意味や例文・類義語などを一緒に見ていこう。

解説/桜木建二
「ドラゴン桜」主人公の桜木建二。物語内では落ちこぼれ高校・龍山高校を進学校に立て直した手腕を持つ。学生から社会人まで幅広く、学びのナビゲート役を務める。
ライター/カワナミ
大学では日本文学を専攻。塾講師時代には国語の指導に力を入れていた。虫の蝉は苦手だが、言葉としての「空蝉」は趣があり好きだとのこと。
「空蝉」の意味は「この世、はかない」
「空蝉」(うつせみ)は「虚蝉」とも書きます。辞書に記されているのは次のような意味です。
1 この世に現に生きている人。転じて、この世。うつしみ。
「いにしへもしかにあれこそ―も妻を争ふらしき」〈万・一三〉
2 《「空蝉」「虚蝉」などの字を当てたところから》蝉の抜け殻。また、蝉。《季 夏》「―を妹が手にせり欲しと思ふ/誓子」
「―の身をかへてける木このもとになほ人がらのなつかしきかな」〈源・空蝉〉
うつせみ【空蝉】[巻名]
源氏物語第3巻の巻名。光源氏17歳。源氏が空蝉の寝所に忍びこむが拒まれることなどを描く。
源氏物語の登場人物。衛門督えもんのかみの娘。伊予介いよのすけの後妻。源氏の贈った歌によってこの名がある。
出典:デジタル大辞泉(小学館)「空蝉」
ほかにも、楽器の一種である「けい(磬)」の別称・気の抜けた状態・もぬけのからである様子・遊女の髷・能の演目など多様な意味があります。たくさんの意味があって混乱しそうですが、まず押さえておくべきは大きく3つ。
1この世に現在生きている人。この世。
2蝉の抜け殻。蝉。
3源氏物語、第3巻の巻名。及び登場人物である女性の呼び名。
以上の3つが、現在でもよく使われる意味合いです。
1の「この世」とは、今現在生きている世界のことを指します。また、仏教の思想では、人間の生をはかないものとする考えがあることから、「はかないもの」というニュアンスも派生しました。
2の「蝉の抜け殻・蝉」という意味での「空蝉」は、夏の終わりの晩夏(ばんか)を表す季語でもあります。中身がすでに飛び去り残された抜け殻の様子や、蝉の命の最盛期に限りのあることなどから、暗にはかなさやむなしさを表現することが可能です。
3源氏物語の「空蝉」が指すのは、巻名と登場人物の女性の呼び名の2点。「源氏物語」という物語やこの女性については次の項目で詳しく説明します。
源氏物語の「空蝉」
「源氏物語」は国内外問わず読まれている長編物語です。平安時代中期に紫式部によって書かれました。主人公の光源氏を通して、平安時代の貴族社会における恋愛模様や権力闘争を描いています。
「空蝉」と呼ばれるのは、第3巻そのものと、そこに登場する女性です。第3巻において最も象徴的な場面は、女性が光源氏の求愛を拒み薄衣一枚を残して逃げ去るシーン。その様子を、光源氏が蝉の抜け殻になぞらえて歌にしたことに由来します。思いを遂げられず、むなしい心の状態も「空蝉」に含まれていることがうかがえますね。
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忍者の技の1つに「空蝉の術」というものがあるな。衣服などを使って自分の身代わりを作り、敵にそちらを攻撃させている隙に、攻撃や逃走をする。「身代わりの術」もほぼ同じ技だが、そちらは主に丸太を使うのに対し、「空蝉の術」は衣服を使うぞ。勘のいい奴なら気付くだろうが、これは源氏物語の空蝉が光源氏から逃れたときの様子が名前の由来となっている。
「空蝉」の語源は「うつしおみ」蝉との関連は?
いろいろな意味を持つ「空蝉」ですが、語源は「現臣」(うつしおみ)で「現実この世界に生きている人間のこと」という1つの意味でした。「臣」(おみ)とは人のこと。仏教の思想に、この世に存在する人間はむなしくはかない存在だというものがあり、そこから「この世」「はかない・むなしい」といった意味が派生しました。
読みの「うつしおみ」は「うつそみ」→「うつせみ」と次第に変化。「空蝉・虚蝉」の漢字は後から当てはめられました。蝉の抜け殻が中身を失い空っぽになる様子が、心や魂を失うことで「はかない・むなしい」といったニュアンスと重なったことが由来と考えられます。これに伴って「蝉・蝉の抜け殻」そのものを表すようにもなりました。
「空蝉」の使い方
「空蝉」を用いることで、「この世」や「蝉の抜け殻」などそのものの意味に、さらに「はかない・むなしい・空っぽ」といったニュアンスが上乗せされます。日常的に使うと、ややわざとらしく聞こえてしまう場合もあり、耳にする機会は少ないでしょう。しかし季語として俳句や短歌に使ったり、文学作品において感傷的な様子を伝えたいときに使うと、効果抜群です。
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