今回のテーマは「有酸素系エネルギー供給機構」です。スポーツやダイエットをする人は「有酸素運動」
や「無酸素運動」という言葉は聞いたことがあると思うが、2種類の運動の違いを理解しているか?これらの違いはエネルギー供給機構の違いです。このエネルギー供給機構の違いを理解することでトレーニングやダイエットの効果が変わってくると思う。
生物に詳しい現役理系大学院生ライターCaoriと一緒に解説していきます。

ライター/Caori

国立大学の博士課程に在籍している現役の理系大学院生。とっても身近な現象である生命現象をわかりやすく解説する「楽しくわかりやすい生物の授業」が目標。

エネルギー供給機構とは

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ヒトが生命を維持し、身体を動かすためには生体内においてエネルギーを作り出すことが必要です。食事から摂取した糖や脂肪、タンパク質の三大栄養素は細胞内で「生体のエネルギー通貨」と呼ばれる「アデノシン三リン酸(ATP)」に変換され、細胞内で共通のエネルギー源として利用されています。

生体に備わっているエネルギー産生(ATP合成)のための仕組みは三種類。リン酸系(ATP-PCr系)、解糖系、そして今回のテーマである有酸素系の3種類です。すべてATPを作り出すための経路ですが、それぞれに必要とする材料や代謝経路、代謝にかかる速度などが異なり、生物は必要に応じてエネルギー供給機構を使い分けています

エネルギー通貨ATPとは

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エネルギー供給機構を解説する前に、まずは基本となる「エネルギー=ATP」について解説しておきますね。

ATPはアデニン、リボース、リン酸の3つの構成要素からできています。核酸塩基の一つであるアデニンと五単糖の一種のリボースがN-グリコシド結合により結合したものが「アデノシン」。このアデノシンにリン酸エステル結合によりリン酸基が3つ結合したものが「アデノシン三リン酸(Adenosine TriPhosphate)」、頭文字をとって「ATP」と呼ぶのが一般的です。

この3つのリン酸基同士の結合(高エネルギーリン酸結合)部分にエネルギーが蓄えられています。加水分解反応や他の分子にリン酸基が転移する反応によって3つあるリン酸分子のうち1つが切り離される反応に伴い、蓄えられていたエネルギーが放出され、必要なエネルギーが供給される仕組みです。

有酸素系エネルギー供給機構で使われる代謝経路

有酸素系エネルギー供給機構で使われる代謝経路

image by Study-Z編集部

有酸素系エネルギー供給機構とは、その名の通りエネルギー供給機構の中でも酸素を必要とする代謝経路です(好気的代謝)。主に「クエン回路(TCA回路)」「電子伝達系」「β酸化」の3つの代謝経路があり、この有酸素系代謝経路では糖質、たんぱく質(アミノ酸)、脂質の三大栄養素のすべてをATPに変換することができます。

リン酸系、解糖系と比較すると、複雑な回路になるためATPを作りだすために最も時間がかかりますが、しかし非常に効率がよく、長時間にわたり大量にATPを作り続けることができることが特徴です。

1.クエン酸回路(TCA回路)

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クエン酸回路(TCA回路、クレブス回路)とは生理学、生化学の分野で最も重要な代謝回路であり、酸素呼吸を行う生物全般に存在する経路です。糖質を分解する「解糖系」や脂肪を分解する「ベータ酸化」、タンパク質の原料であるアミノ酸から作られたピルビン酸は、酸素が豊富な条件下「アセチルCoA」に変換されてミトコンドリアに取り込まれます(解糖系、ベータ酸化は後述します)。

アセチルCoAはオキサロ酢酸と結合して、クエン酸になります。そしてクエン酸から数段階の代謝経路を経て再びオキサロ酢酸になり、次のアセチルCoAと結合し、クエン酸となり…と同じサイクルが繰り返される回路です。この回路が一周するうちに、水素を還元型の補酵素の形(NADHとFADH2)で生成し、次の電子伝達系でATPを合成します

\次のページで「2.電子伝達系」を解説!/

2.電子伝達系

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Somepics - 投稿者自身による作品, CC 表示-継承 4.0, リンクによる

前述したクエン酸回路はATPではなくNADHとFADH2を作り出す回路でした。直接的にATPを産生するのは電子伝達系であり、有酸素系エネルギー供給機構では「クエン酸回路→電子伝達系」を経由してエネルギー(ATP)を産生しています

電子伝達系は、クエン酸回路で生産されたNADHやFADH2が脱水素化される過程で電子を供給してミトコンドリア内膜の内側と外側にプロトン濃度勾配を生じさせ、この濃度差により膜外の水素イオンが膜内に戻るエネルギーを利用して、ATPを産生する系です。

NADHからは3つのATPが、FADH2からは2つのATPは生じるので、1グルコースあたり34個のATPが生成され、解糖系、クエン酸回路でできた4つのATPと合わせると全部で38個のATPが発生します。回路が複雑なため、ATP産生に時間はかかりますが効率の良いエネルギー供給機構です。

3.脂肪酸のベータ酸化

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ベータ酸化(β酸化)とは、脂肪酸を酸化してアセチルCoAへと変換する代謝経路のことです。運動をすると通常は糖からエネルギーとして使われますが、持続すると次第に血液中の遊離脂肪酸脂肪細胞に貯蔵されたトリアシルグリセロールなどの脂肪酸の利用が高くなります。脂肪酸はCoA(補酵素A)と結合しアシルCoAとなり、ミトコンドリアでカルボキシ末端の2個の炭素が切り出されてアセチルCoAとなりクエン酸回路へと取り込まれエネルギーを産生する流れです。

β酸化では、β酸化→クエン酸経路とたどってATPを産生するため、脂肪の燃焼が活発になるのは、運動開始後20分以降であると言われています。しかし、代表的な脂肪酸の一つであるパルミチン酸はたった1分子でATP130分子を合成することができ、β酸化は最もエネルギー供給量が大きいことが特徴です。

無酸素系エネルギー供給機構とは

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最後に無酸素系エネルギー供給機構であるリン酸系と解糖系を解説しておきますね。この2つの経路はどちらも酸素を必要としない代謝経路です(嫌気的代謝)。

リン酸系は筋肉に存在し、クレアチンリン酸ADP(ATPからリン酸1つ外れたもの)にリン酸基を引き渡し、急速にATPが合成され瞬発的に筋肉を動かすエネルギーとして使われます。しかし、リン酸系だけでは十秒ほどしかATPを補充できません。このため、次は糖をATPに変える解糖系が働き始めます。解糖系ではグルコース1分子を2つのピルビン酸に変換する過程で2つのATPを作る経路です。この時、酸素が供給されればピルビン酸はアセチルCoAとなり有酸素系エネルギー供給機構へと取り込まれますが、酸素がない場合は乳酸へ変換されます

無酸素系エネルギー供給機構は非効率で産生できるエネルギー量は少ないですが、瞬発的にエネルギーを供給してくれる経路です。

仕組みを理解して役立てよう

今回は有酸素系エネルギー供給機構について解説しました。通常、大きく活動する際にはリン酸系で数秒、無酸素の解糖系で数十秒~数分、有酸素系エネルギー供給機構で数分以降、そして20分以降は脂肪酸の燃焼でエネルギーを賄っています。

瞬発的な運動の場合は無酸素系エネルギー供給機構を重視したトレーニングや栄養補給が推奨されている理由、運動による脂肪燃焼効果を期待するなら20分以上の運動が必要になる理由が理解できたのではないでしょうか。生化学的な内容は苦手意識を持っている人が多い分野でもありますが、メカニズムを理解することは学問的な面だけでなく、スポーツやダイエットなど日常生活にも役に立ちます。ぜひ役に立ててくださいね。

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3分で簡単「有酸素系エネルギー供給機構」身体の中でエネルギーを作る仕組みを現役理系大学院生がわかりやすく解説

今回のテーマは「有酸素系エネルギー供給機構」です。スポーツやダイエットをする人は「有酸素運動」
や「無酸素運動」という言葉は聞いたことがあると思うが、2種類の運動の違いを理解しているか?これらの違いはエネルギー供給機構の違いです。このエネルギー供給機構の違いを理解することでトレーニングやダイエットの効果が変わってくると思う。
生物に詳しい現役理系大学院生ライターCaoriと一緒に解説していきます。

ライター/Caori

国立大学の博士課程に在籍している現役の理系大学院生。とっても身近な現象である生命現象をわかりやすく解説する「楽しくわかりやすい生物の授業」が目標。

エネルギー供給機構とは

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ヒトが生命を維持し、身体を動かすためには生体内においてエネルギーを作り出すことが必要です。食事から摂取した糖や脂肪、タンパク質の三大栄養素は細胞内で「生体のエネルギー通貨」と呼ばれる「アデノシン三リン酸(ATP)」に変換され、細胞内で共通のエネルギー源として利用されています。

生体に備わっているエネルギー産生(ATP合成)のための仕組みは三種類。リン酸系(ATP-PCr系)、解糖系、そして今回のテーマである有酸素系の3種類です。すべてATPを作り出すための経路ですが、それぞれに必要とする材料や代謝経路、代謝にかかる速度などが異なり、生物は必要に応じてエネルギー供給機構を使い分けています

エネルギー通貨ATPとは

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エネルギー供給機構を解説する前に、まずは基本となる「エネルギー=ATP」について解説しておきますね。

ATPはアデニン、リボース、リン酸の3つの構成要素からできています。核酸塩基の一つであるアデニンと五単糖の一種のリボースがN-グリコシド結合により結合したものが「アデノシン」。このアデノシンにリン酸エステル結合によりリン酸基が3つ結合したものが「アデノシン三リン酸(Adenosine TriPhosphate)」、頭文字をとって「ATP」と呼ぶのが一般的です。

この3つのリン酸基同士の結合(高エネルギーリン酸結合)部分にエネルギーが蓄えられています。加水分解反応や他の分子にリン酸基が転移する反応によって3つあるリン酸分子のうち1つが切り離される反応に伴い、蓄えられていたエネルギーが放出され、必要なエネルギーが供給される仕組みです。

有酸素系エネルギー供給機構で使われる代謝経路

有酸素系エネルギー供給機構で使われる代謝経路

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有酸素系エネルギー供給機構とは、その名の通りエネルギー供給機構の中でも酸素を必要とする代謝経路です(好気的代謝)。主に「クエン回路(TCA回路)」「電子伝達系」「β酸化」の3つの代謝経路があり、この有酸素系代謝経路では糖質、たんぱく質(アミノ酸)、脂質の三大栄養素のすべてをATPに変換することができます。

リン酸系、解糖系と比較すると、複雑な回路になるためATPを作りだすために最も時間がかかりますが、しかし非常に効率がよく、長時間にわたり大量にATPを作り続けることができることが特徴です。

1.クエン酸回路(TCA回路)

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クエン酸回路(TCA回路、クレブス回路)とは生理学、生化学の分野で最も重要な代謝回路であり、酸素呼吸を行う生物全般に存在する経路です。糖質を分解する「解糖系」や脂肪を分解する「ベータ酸化」、タンパク質の原料であるアミノ酸から作られたピルビン酸は、酸素が豊富な条件下「アセチルCoA」に変換されてミトコンドリアに取り込まれます(解糖系、ベータ酸化は後述します)。

アセチルCoAはオキサロ酢酸と結合して、クエン酸になります。そしてクエン酸から数段階の代謝経路を経て再びオキサロ酢酸になり、次のアセチルCoAと結合し、クエン酸となり…と同じサイクルが繰り返される回路です。この回路が一周するうちに、水素を還元型の補酵素の形(NADHとFADH2)で生成し、次の電子伝達系でATPを合成します

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