1.一目惚れした彼女は、地味な僕にとって高嶺の花だ。デートになんて誘えない。
2.あの車は高嶺の花だな。とても買えないよ。
自分が手に入れたい事柄が手に入らないという意味合いでどちらも使われていますね。一つずつ詳しく見ていきましょう。
一点目の例文の特徴は人物に対して使われていることですね。例えば、お近づきになりたい人が美人過ぎて自分には釣り合わず、願いが叶う可能性が低いという状況で使います。このように、人物を対象にするときは恋愛が関わる場面が多いです。容姿や性格など外見や内面のスペックが自分より高い人に対して使うイメージですね。ここで言う人に関して性別は問いませんので男性に対しても使えます。しかし、花から連想するイメージで女性に対して使うことのほうが一般的です。
二点目は物に対して使っていますね。この意味での物も自分の収入や貯金と不釣り合いな高価なものに対して使います。また、この意味で用いるときに「高値の花」とする誤用には注意しなくてはありません。表現的には言いたいことは掴めますが、これは慣用句としては誤りなのです。
その1 「及ばぬ鯉の滝登り」
及ばぬ鯉の滝登りとは、どんなに努力しても願いが叶わないことという意味です。高嶺の花は手にしたいものが得られないという結果のみに言及しています。しかし、こちらは努力したものの手に入らなかったという過程にもフォーカスを当てたニュアンスとなっていることが違う点ですね。鯉は激流に逆らいながら泳ぐことができる魚ですが、そんな鯉が果敢に挑もうとも滝を登ることはできないという意味から転じています。
また、本来は鯉と恋をかけて望みのない恋に対して用いられていたことわざです。この場合は、例文で解説した1.の意味に近いですね。
その2 「花は折りたし梢は高し」
「花は折りたし梢は高し」とは欲しくても手に入れる方法がない、思い通りにはならないという意味です。まず、花は折りたしの「たし」は古文の希望の助動詞「たし」の終止形ですね。現代語に訳すと「花(のついた枝)を折りたい」という意味になります。後半部分の梢とは枝の先や物の末端という意味です。後半部分の訳は「枝の先が高い(そのため手が届かない)」となります。つまり、花のついた枝を折りたいがその枝が高くて手が届きそうにないといった状況です。
全体的に高嶺の花と似たニュアンスとなります。
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