平安時代日本史

激動の時代を生きた鴨長明の無常の文学「方丈記」を元大学教員が5分で解説

人生は川の流れのようなもの

次の文は方丈記の冒頭の文章であり、古典の教科書でも必ず出てくる有名な一文です。読んだことがある人も多いでしょう。

ゆく川の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかた(水の泡)はかつ消えかつ結びて、久しくとどまりたる例(ためし)なし。世の中にある人と栖(棲家)と、またかくのごとし。

ここで書かれていることは、流れている川は止まることがない。しかも、上流に戻ることもできないということです。あちこちの淀みに浮かんでいる水のあぶくは、消えたりくっついたりして、その場に長くとどまることはできない。そのままの形で留まっているあぶくなんて見たこともない。世の中の人と人の住む家もそのようなものだと長明は言っています。

食えるものを食って、衣は肌を隠せればいい

地震がおこったあと長明は都会に住むことの愚かさに気付きました。豪華な邸宅が、いちどの揺れで瞬く間に壊滅したのを目の当たりにしたからです。さらに飢饉になると贅沢な食事など貴族ですらも手にできませんでした。そこで長明が気が付いたのは次のことでした。

衣は木の葉でも、フジバカマの葉っぱでもいい。肌を隠しさえすれば。木の実や草の葉で命をつなげばいい。山奥では人に出会うこともないから恥ずかしいこともない。

いくら贅沢な暮らしをしていても、未曽有の大災害のまえに人間の存在はちっぽけなもの。立派な服を着ていても食べるものがなければ意味がありません。肌が隠れれば葉っぱでもいいという長明の考え方は、豪華絢爛な貴族の世界から原点に回帰するものです。

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贅沢に明け暮れた貴族の大邸宅は焼け落ち、昨日まで貴族の番犬だった武士が台頭する。さらには政権を手にした平氏も滅びることに。京の都は荒れ果てて多くの人々が餓死するというありよう。その様子を見て長明は、世の中はすべて水の泡のようだと感じたのだろう。

長明の住んでいた庵のすぐそばに山の番印をしている人の小屋があり、そこに男の子が住んでいたことは先に触れました。長明と男の子はよくいっしょに遊んでいたのですが、その時のことを原文では次のように記しています。

かれは10歳、これは60。この齢(よわい)ことのほかなれど心をなぐさむること、これと同じ。あるいはつばなをぬき、岩梨を採り、ぬかごを盛り、せりを摘む。

これを訳してみると、あの子は10歳、わしは60歳。この年の差ってなんだと思うけど、いっしょに遊ぶと心がなぐさめられるのは、同じ年齢だからだ。あるときはツバナを抜いたり、岩梨をもいだり、ムカゴをざるに盛って食ったり、セリを摘んだりする楽しい遊び友だちだ。.

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今だったら完全に変わり者のおじさん。「一緒に遊んじゃだめ」って怒られるパターンだ。時代が変わると人を見る目も変わる。ある意味、価値観が激変する時期のほうが人間は自由に生きられたのかもしれない。

方丈記は現代にも通じる無常の文学

現代の世界も、未曽有の災害、経済の停滞、社会の変化など、さまざまな困難が襲い掛かります。学校や会社、家庭でうまくいかず、すべてが嫌になる人もいるでしょう。方丈記の作者である鴨長明は、そういう意味では特別なことは何も書いていません。当たり前のことを正直に書いたと言えます。方丈記はとても短い随筆のため読むのに苦労しません。機会があったらぜひ原文を読んでみることをおすすめします。

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hikosuke