「いたたまれない」という言葉を聞いたことはあるか。悲しかったり恥ずかしかったりで、ここに居たくないという気持ちになることです。

さまざまな言い換えがあって、この言葉でなければ伝わらない特別な感情ではないが、うまく使えると表現に幅が出るぞ。

活字系メディアで長年執筆してきたライター・吹雪猛とともに、「いたたまれない」の意味や語源、言い換えなどを確かめよう。

ライター/吹雪猛

長年、活字メディアで記事の執筆・編集に携わり、このたびフリーライターに。とことん調べないと気が済まない体質らしい。

「いたたまれない」の意味・語源は?

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「いたたまれない」は、「その場にとどまっていられない」という気持ちを意味し、江戸時代の18世紀には使われていた古い言葉です。

いくつかの辞書で意味と用例を見てみましょう。

三つの辞書で「いたたまれない」の意味をチェック!

まずは「デジタル大辞泉」と「実用日本語表現辞典」です。「いたたまれない」の意味は下記のように掲載されていました。

[連語]それ以上その場所にとどまっていられない。また、それ以上がまんできない。いたたまらない。「騒がしくて—○ない」「恥ずかしくて—◦ない」
 引用:デジタル大辞泉「いたたまれ○ない〔ゐたたまれない〕」

平静でいられず、その場に留まることができないような気持ちのこと。人に同情する気持ちや、自分が恥ずかしさを感じている時など、ニュアンスは状況により変わる。「いたたまれない気持ちになる」といった使い方をする。より悲痛な意味合いが強い類義語としては「やるせない」が挙げられる。また、単純に「肩身が狭い」というニュアンスと取った場合、対義語は「居心地がいい」などが考えられる。
 引用:実用日本語表現辞典「いたたまれない」

次に「精選版 日本国語大辞典」を見てみましょう。「いたたまれない」の説明には「=いたたまらない」とあり、「いたたまらない」の項目では、このように解説されています。

〘連語〙 (居堪らないの意) それ以上じっとしていられない。これ以上がまんできない。いたたまれない。
 引用:精選版 日本国語大辞典「いたたまらない」
※滑稽本・浮世風呂(1809‐13)三「わたしが初ての座敷の時、がうぎといぢめたはな〈略〉それから居溜(ヰタタマ)らねへから下らうと云たらの」
※暗夜行路(1921‐37)〈志賀直哉〉序詞「私は妙に居堪(ヰタタマ)らない気持になって来た」

ここに挙げられた用例のひとつ目は、江戸で出版されていた地本の作家・式亭三馬の滑稽本『浮世風呂』の一節です。18世紀初めにすでに「いたたまらない」が使われていますね

三つの辞書の説明は、詳しく見ると微妙に違いますが、総じて「この場にいられないような気持ちになる」ことです。そんな気持ちになる理由を考える前に、言葉の成り立ちを調べておきましょう。

\次のページで「語源その1.もともとは「いる」+「たまらない」」を解説!/

語源その1.もともとは「いる」+「たまらない」

国語辞典編集者の神永暁さんによると、「いたたまれない」は「いる」と「たまらない」が結びついた言葉とのことです。

なお、辞書の解説にもあるように「いたたまれない」と「いたたまらない」は同じ意味と考えてよさそうですね。それがなぜなのかについても言及がありました。

語源を考えてみると、「いたたまらない」は「居・堪(たま)らない」、つまり「いることががまんできない」の意味だと考えられる。
(略)
さらに、「たまらない」は「がまんできない」の意であるが、「……できない」の意味の場合、たとえば「止まる」が「止まれない」、「終わる」が「終われない」などと、当時から「……れない」の形となることがあるため、それに引きずられて「いたたまらない」も「いたたまれない」に変化したと考えられている。

 引用:JapanKnowledge 神永暁「日本語、どうでしょう〜知れば楽しくなることばのお話」
    第348回「いたたまれない」は「いたたまらない」だった
    https://japanknowledge.com/articles/blognihongo/entry.html?entryid=366

本来は「いたたまらない」だったのが、「いたたまれない」に変化したということです。「いたたまれない」には、自分では制御できないようなニュアンスがにじむように思えます。

語源その2.「たまらない」は「我慢できない」

「いる」+「たまらない」の「たまらない」は「堪らない」、つまり「我慢できない」の意味です。その場に「いる」ことを「我慢できない」なので、「その場にとどまっていられない」という意味になるのですね。

語源その3.「た」が二つなのはなぜ?

これも神永さんの説明によると、「いる」+「たまらない」=「いたまらない」に、「強調か口調のために」、新たに「た」が挿入され、「いたたまらない」となったそうです。

「いたたまらない」とも言う

先に挙げた三つの辞書「デジタル大辞泉」「実用日本語表現辞典」「精選版 日本国語大辞典」ともに、見出し語には「いたたまれない」と「いたたまらない」の両方があります。繰り返しになりますが、意味はまったく同じですね。

どんな「気持ち」のときに使う?

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「いたたまれない」は、単純にこの場にいられないことだけを示すのではありません。何かの理由によって、この場にいられないような「気持ち」になること、と言ってもいいでしょう。たとえば次の三つの例文のような気持ちが当てはまります。

\次のページで「悲しくて「いたたまれない」」を解説!/

悲しくて「いたたまれない」

まずは悲しい気持ちを原因とする「いたたまれない」例を紹介します。

・事故で妻を失った友人の葬儀に参列した。友人はもちろん悲しみにくれていたが、妻の妹が大声で泣きじゃくっていて、いたたまれなかった。
・彼女の車なので慎重に運転していたつもりだったはずが、駐車場を出るとき隣の車に接触してしまった。助手席の彼女に責められて、いたたまれなかった。

悔しくて「いたたまれない」

次に、悔しい気持ちに伴う「いたたまれない」の例です。

・今月の営業成績も、販売員10人の中で最下位。先月の打ち上げでついつい「次は3位以内を目指す!」と豪語しただけに、成績発表の場ではいたたまれなかった。
・首位打者まであと一息だったのに、最終打席で敬遠され、いたたまれなかったよ。

恥ずかしくて「いたたまれない」

最後に、恥ずかしい思いによって「いたたまれない」例です。

・寝坊してしまって慌てていたので、Tシャツを裏返しに着て電車に乗っていたらしい。大学の教室に着いて初めて友人に指摘されたときは、いたたまれなかったな。
・つい居眠りしてしまい、名前を呼ばれて「おはようございます!」と言ってしまった。いたたまれない……。

「悲しい」「悔しい」「恥ずかしい」という三つの気持ちによって、それぞれ、その場にいられないような感情に陥った例文を紹介しました。当然ながら、この三つは完全に分離できるものではなく、「悲しいし、悔しい」「悔しくて、恥ずかしい」「悲しく、悔しく、恥ずかしい」のような複雑な感情に基づく「いたたまれない」もあるでしょう。

類語と英語の表現

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「いたたまれない」と同様の意味を持つ言い回しがいくつかあります。

\次のページで「その1. 「身の置き所がない」」を解説!/

その1. 「身の置き所がない」

「身の置き所がない」は、そのものずばり「その場にいられない。いたたまれない」(デジタル大辞泉「身の置き所がない」)の意味です。したがって、先に挙げた例文のひとつは、こう言い換えることができます。

・今月の営業成績も、販売員10人の中で最下位。先月の打ち上げでついつい「次は3位以内を目指す!」と豪語しただけに、成績発表の場では身の置き所がなかった。

その2. 「穴があったら入りたい」

「穴があったら入りたい」は「身を隠したいくらいに恥ずかしい」(デジタル大辞泉「穴があったら入りたい」)という意味です。「いたたまれない」と意味は同じですが、理由が「恥ずかしさのため」という限定になっています。先の例文の「恥ずかしさのため」のひとつを言い換えてみましょう。

・寝坊してしまって慌てていたので、Tシャツを裏返しに着て電車に乗っていたらしい。大学の教室に着いて初めて友人に指摘されたときは、身の置き所がなかったな。

その他に「身が縮む思い」「バツが悪い」「きまりが悪い」のような言葉も代わりに使えそうです。

英語にもある「いたたまれない」

英語で「いたたまれない」はどう表現されるのでしょうか。
研究社『和英中辞典』によると「be unable to stay (on)」とあります。「unable」自体が「〇〇できない」を意味する単語ですから、「その場にいることができない」となりますが、ここには「どうして」が含まれていません。侵入禁止だから「その場にいることができない」でも同じ言い方になるわけですね。

同じ辞書にはI was too ashamed to stay on [stay there any longer].」のような使い方も載っています。「恥ずかしくていたたまれなかった」の意味ですね。

複雑な心境を表す言葉

「いたたまれない」は、何らかの発言や言動によって「悲しい」「悔しい」「恥ずかしい」などの強い感情を覚え、その場にいられないような気持ちになることです。

どのような理由で「いたたまれない」のかは、明瞭な場合もありますが、前後の文脈から推察しなければならないこともあります。複雑な心境を表すことができる用語と言えるでしょう。

" /> 「いたたまれない」ってどんな感情?意味や類語・語源・例文・言い換えも活字系メディア出身ライターがわかりやすく解説 – Study-Z
国語言葉の意味

「いたたまれない」ってどんな感情?意味や類語・語源・例文・言い換えも活字系メディア出身ライターがわかりやすく解説

「いたたまれない」という言葉を聞いたことはあるか。悲しかったり恥ずかしかったりで、ここに居たくないという気持ちになることです。

さまざまな言い換えがあって、この言葉でなければ伝わらない特別な感情ではないが、うまく使えると表現に幅が出るぞ。

活字系メディアで長年執筆してきたライター・吹雪猛とともに、「いたたまれない」の意味や語源、言い換えなどを確かめよう。

ライター/吹雪猛

長年、活字メディアで記事の執筆・編集に携わり、このたびフリーライターに。とことん調べないと気が済まない体質らしい。

「いたたまれない」の意味・語源は?

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「いたたまれない」は、「その場にとどまっていられない」という気持ちを意味し、江戸時代の18世紀には使われていた古い言葉です。

いくつかの辞書で意味と用例を見てみましょう。

三つの辞書で「いたたまれない」の意味をチェック!

まずは「デジタル大辞泉」と「実用日本語表現辞典」です。「いたたまれない」の意味は下記のように掲載されていました。

[連語]それ以上その場所にとどまっていられない。また、それ以上がまんできない。いたたまらない。「騒がしくて—○ない」「恥ずかしくて—◦ない」
 引用:デジタル大辞泉「いたたまれ○ない〔ゐたたまれない〕」

平静でいられず、その場に留まることができないような気持ちのこと。人に同情する気持ちや、自分が恥ずかしさを感じている時など、ニュアンスは状況により変わる。「いたたまれない気持ちになる」といった使い方をする。より悲痛な意味合いが強い類義語としては「やるせない」が挙げられる。また、単純に「肩身が狭い」というニュアンスと取った場合、対義語は「居心地がいい」などが考えられる。
 引用:実用日本語表現辞典「いたたまれない」

次に「精選版 日本国語大辞典」を見てみましょう。「いたたまれない」の説明には「=いたたまらない」とあり、「いたたまらない」の項目では、このように解説されています。

〘連語〙 (居堪らないの意) それ以上じっとしていられない。これ以上がまんできない。いたたまれない。
 引用:精選版 日本国語大辞典「いたたまらない」
※滑稽本・浮世風呂(1809‐13)三「わたしが初ての座敷の時、がうぎといぢめたはな〈略〉それから居溜(ヰタタマ)らねへから下らうと云たらの」
※暗夜行路(1921‐37)〈志賀直哉〉序詞「私は妙に居堪(ヰタタマ)らない気持になって来た」

ここに挙げられた用例のひとつ目は、江戸で出版されていた地本の作家・式亭三馬の滑稽本『浮世風呂』の一節です。18世紀初めにすでに「いたたまらない」が使われていますね

三つの辞書の説明は、詳しく見ると微妙に違いますが、総じて「この場にいられないような気持ちになる」ことです。そんな気持ちになる理由を考える前に、言葉の成り立ちを調べておきましょう。

\次のページで「語源その1.もともとは「いる」+「たまらない」」を解説!/

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