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5分でわかる「古代文明」世界四大文明ってなに?人類最古の文明は?を歴史オタクがわかりやすく解説

よぉ、桜木健二だ。我々人類に欠かせない「文明」は、大昔に世界中でホモサピエンス(現生人類)」たちが言語や道具を使い、独自の文化を作って継承してきた。だが、そのはじまりはいつだか知っているか?なかでも世界四大文明と称される古代の文明は、人類史上で最初に起こったとされる。今回は歴史オタクのライターリリー・リリコと一緒にそんな「古代文明」についてわかりやすく解説していくぞ。

解説/桜木建二

「ドラゴン桜」主人公の桜木建二。物語内では落ちこぼれ高校・龍山高校を進学校に立て直した手腕を持つ。学生から社会人まで幅広く、学びのナビゲート役を務める。

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ライター/リリー・リリコ

興味本意でとことん調べつくすおばちゃん。座右の銘は「何歳になっても知識欲は現役」。大学の卒業論文は義経をテーマに執筆。歴史のなかでも特に古代の国家や文明に大きな関心を持つ。今回は「古代文明」の中でも世界四大文明についてまとめた。

1.世界最古の「メソポタミア文明」

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ティグリス川とユーフラテス川流域のメソポタミア

今から約5000年ほど前の紀元前3000年ごろ。現在のトルコ東部の山岳地帯から南東のペルシャ湾へかけて流れるティグリス川とユーフラテス川の周辺に都市文明「メソポタミア文明」が誕生します。

北部がアッシリア、南がバビロニアと呼ばれ、さらにバビロニアの北をアッカド、南部をシュメールといいました。メソポタミア文明は最下流のシュメールから上流へ向かって広がっていったとされています。「メソポタミア文明」はこのようにティグリス川とユーフラテス川の周辺に広がっていった複数の都市文明を総称しました。

現在、メソポタミア文明は人類最古の文明とされています。また、エジプト文明とともにオリエント世界(中東)の中心でした。

恵みをもたらす「肥沃な三日月地帯」

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「メソポタミア」とはギリシャ語で「川の間地方」という意味になります。その名の通り、ティグリス川とユーフラテス川の間に都市を形成したからですね。

このふたつの川は何度も洪水を繰り返し、上流から栄養のある土を運んで沖積平野をつくりました。そうしてできたのが「肥沃な三日月地帯」です。

「肥沃な三日月地帯」は、メソポタミアからシリア、パレスチナを結ぶ三日月形をした地帯でした。このたりは気候が良く、土も栄養豊富で野生のムギ類が自生しているような場所です。そのムギを求めて、野生のヤギなどの草食動物が多く生息していました。人々は、ムギを自分たちで栽培する「農業」、そして、ヤギら草食動物を「牧畜」するようになります。これが人類初の農業と牧畜でした。

やがて彼らは川から水を引いて灌漑農業を、そして、高度な農具器具を発明することで、この肥沃な土地で現代と見劣りしないほどの収穫を得るようになったのです。

メソポタミアの文化

多神教のメソポタミア神話を持つ彼らは、階段型ピラミッドのジッグラト(聖塔、神殿)を中心とした都市を作りました。

そのころから「太陰暦」が使われ、「六十進法」が生まれました。さらに現代でもおなじみの「一週間は七日」というのもメソポタミア発祥です。

青銅器を使い、象形文字から発展した「楔形文字」をつくりました。彼らは楔形文字を粘土板に書き込んで記録を残しています。人類最古の文学作品とされる古代メソポタミア文明の『ギルガメシュ叙事詩』も粘土板に記されているんですよ。

しかし、メソポタミア文明は、紀元前4世紀のアレクサンドロス大王(イスカンダル)の遠征によって終息を迎えます。そのとき、メソポタミア文明はギリシャ文明と融合して、ヘレニズム世界の一部となりました。

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紀元前3000年ごろ、現在のイラク周辺に発展した人類最古とされる「メソポタミア文明」。彼らは肥沃な三日月地帯に集住して都市文明を築いた。青銅器と楔形文字を用い、さらに現代でも現役の六十進法や一週間七日などさまざまなものを生み出したんだ。

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