「嚆矢」をすんなりと読める人はどのくらいいるでしょうか。ひょっとすると、使ったことはありますが漢字ではどう書くのか知らなかった、という人もいるかもしれない。

「嚆矢」は「こうし」と読む。「物事のはじめ」を表すほか、「矢」という字の通り「鏑矢」(かぶらや)を指す言葉でもある。しかし「鏑矢」もまた、なかなか馴染みのない代物です。この記事では「嚆矢」の意味や例文、類義語だけでなく、「嚆矢」と「鏑矢」の違いについても解説していきます。

今回は大学で日本文学を専攻し、塾講師時代には国語の指導に特に力を入れていたというカワナミを呼んです。一緒に見ていこう。

ライター/カワナミ

大学では日本語や日本文学について学び、塾講師時代には国語の指導に力を入れていた。なんの科目を勉強するにも、どんな仕事をするにも、文章読解力は欠かせないというのが持論。そのため、普段から分からない言葉の意味を調べるのが趣味になっている。

「嚆矢」の意味・語源

image by iStockphoto

さっそく「嚆矢」の意味や語源から見ていきましょう。

「嚆矢」の意味は「物事のはじめ」

「嚆矢」「こうし」と読みます。なかなか聞きなれない言葉ですよね。辞書には次のように記されています。

こう‐し カウ‥【嚆矢】〘名〙

① (「嚆」は、さけびよぶこと) やじりに鏑(かぶら)を用いていて、射ると音をたてる矢。かぶら矢。鳴箭(めいせん)。

② (昔、中国で、戦争の初めに①を射たところから) 物事の初め。最初。

※羅山先生文集(1662)二五・七武余論「至レ今耀レ武拠レ国者、皆以二頼朝一為二嚆矢一」

※西洋聞見録(1869‐71)〈村田文夫〉後「是を瓦斯灯の嚆矢とす」 〔荘子‐在宥〕

出典:精選版 日本国語大辞典(小学館)「嚆矢」

「嚆矢」(こうし)意味は2つ。1つは「鏑矢」(かぶらや)、もう1つは「物事のはじめ」です。「物事のはじめ」という意味で使われる方が主流になっています。嚆矢も鏑矢も同じ種類の矢のこと。鏑矢とは矢尻の付近に鏑という仕掛けを持つ矢です。中が空洞で無数の穴が空いています。矢を射ったときにこの穴に風が通ることで音が鳴る仕組みです。鏑は野菜のカブに似た形をしており、木や竹・鹿の角と射った素材で作られています。中国では、この嚆矢を戦争の開始の合図として使ったことから「物事のはじめ」を意味するようにもなりました。

「嚆」の字には叫ぶという意味があり、嚆矢はつまり叫ぶ矢だということになります。矢の特徴を捉えた漢字表記になっていますね。

「嚆矢」の語源は「戦い開始の合図」

「嚆矢」「鏑矢」がもともとの意味です。かつて中国の戦争で、開始の合図として使われました。放たれた矢とともに聞こえるその音に、いよいよだ!と士気も上がったことでしょう。また「物事のはじめ」という意味では、中国の思想家である荘子が最初に使ったとのこと。

日本にいつ伝来したのかは定かではありませんが、鎌倉時代の保元物語には既に記述があります。現在でも、流鏑馬(やぶさめ)といった神事で使われたりお正月の縁起物として売られたりしているので、目にすることができますよ。

嚆矢と鏑矢の違いは?

嚆矢と鏑矢は同じものです。しかし物ではなく、言葉としての使い方には違いがあります嚆矢が「物事のはじめ」という意味を持つのに対して鏑矢にその意味はありません。反対に、音の鳴る矢を示す場合には鏑矢が使われることが多く嚆矢と呼ばれることはほとんどないでしょう

\次のページで「「嚆矢」の使い方・例文」を解説!/

「嚆矢」の使い方・例文

image by iStockphoto

実際の例文を通して、「嚆矢」の使い方を見ていきましょう。

「嚆矢」の使い方

「嚆矢」の主な意味は「物事のはじめ」です。ビジネスの場でよく使われ日常的なシーンではほとんど耳にしません。本来は発明や発見のような画期的なはじまりを表しますが、最近では小さな事柄であっても使用されるようになってきました。歴史的な事実がどうであったかということも大切ですが、個人的な感覚でこれは重要だと感じれば、「嚆矢」と表現して問題ないでしょう。

「嚆矢」を使った例文

1嚆矢から関わっていた新商品が、ついに発売までこぎつけた。
2蒸気機関の発明が、産業発展の嚆矢となった。
3彼は猛烈に勉強をして、うちの学校から東大へ行く生徒の嚆矢となった。
4あの店は、この商店街の発展を導いた嚆矢として有名だ。

1は「最初」という意味で使われています。また、234のように「物事のはじめ」として使う場合には、「嚆矢となる」「嚆矢とする」「嚆矢として〜」のように使われることが多いでしょう。

「嚆矢」の類義語・言い換えは?

image by iStockphoto

「嚆矢」の主な意味である「物事のはじめ」「最初」などのニュアンスで使われる言葉を類義語としてご紹介します。「嚆矢」では堅苦しくなってしまうと感じる場面では、以下の言葉に言い換えると良いでしょう。

\次のページで「「皮切り」:物事のし始め」を解説!/

「皮切り」:物事のし始め

「皮切り」「物事のし始め・手始め」という意味です。またもう1つお灸用語で「最初に据えるお灸」という意味もあります。最初のお灸が皮を切られるほどの痛みを感じることから「皮切り」と呼ばれ、転じて「物事のし始め」という意味になりました。

「発端」:物事の始まり

「発端」は「ほったん」と読みます。「はったん」と読まないよう注意してください。「物事の始まり・事の起こり・糸口」といった意味があります。きっかけというニュアンスが強い言葉です。

「先駆け」:ほかのものより先になること

「先駆け」(さきがけ)は、「ほかのものより先になること、またその人のこと」です。戦争で真っ先に攻め込むことや、その人先駆けと言い大きな功績とされたことに由来します。嚆矢が戦場で1番に飛ぶ矢ならば、先駆けは1番に進んでいく人。どちらも戦争と関わりのある言葉です。「先駈け」や「魁」と書く場合もあり、特に「魁」の字は「真っ先」「第一」という意味を持ちます。

「嚆矢濫觴」:物事の始まり

「嚆矢濫觴」「こうしらんしょう」と読む四字熟語です。意味は「物事のはじまり」「嚆矢」と「濫觴」それぞれの意味もまた、同じく「物事のはじめ」や「起源」です。同じ意味の言葉を重ねることで強調されています。「濫觴」の語源は、どんな大きな川も杯(さかずき)からあふれる程度の小さな流れが始まりだ、と孔子が説いたことから。「濫」は水があふれる、「觴」はさかずきという意味を持ちます。

「嚆矢」の対義語

「嚆矢」の持つ「物事のはじめ」の反対の意味として、「物事の終わり」を表す言葉を集めました。

「終焉」:物事の終わり

「終焉」(しゅうえん)は、本来「生命が終わること・死を迎えること」という意味を持ちます。それが、転じて比喩的に「物事の終わり」としても使われるようになりました。時代やブーム、人間関係など、そう簡単には終わらないと思われるものに対して使われます。終わる時期があらかじめ分かっていたり、予定されていたりする場合には用いません。注意しましょう。

\次のページで「「終局」:物事が終わること」を解説!/

「終局」:物事が終わること

「終局」(しゅうきょく)とは「物事が終わること」や「終わり・終わりの段階」を指します。元は囲碁や将棋などを打ち終わることを意味しました。そのため、争いごとや勝負ごとの終わりについて使われることの多い言葉です。

「嚆矢」を英語で表すと?

image by iStockphoto

「嚆矢」を英語で訳すとどのようになるのでしょうか。

「start」「beginning」

単純に「物事のはじめ」という意味では「start」(始まる)・「beginning」(始まり)を使います。とてもわかりやすいですね。また、「先駆者・先駆け」など最初に切り開いていくというニュアンスでの「嚆矢」には「pioneer」が良いでしょう。

「嚆矢」の音に耳を澄ます

この記事では「嚆矢」の意味や語源・使用例について解説しました。なかなか耳にする機会の少ない言葉ではありますが、かしこまった表現だからこそ、対象の物事の重要度を伝えることができるでしょう。

「嚆矢」の元の意味である「鏑矢」は、ブーンともポーウとも聞こえる独特な音をしています。神事など、緊張感を持って放たれる矢の様子には、すっと背筋の伸びる思いがしますよ。かつての戦(いくさ)の場でも、そうやって静かに始まりの音を待ったのでしょうか。実際に見聞きするのが難しい場合でも、インターネットで調べれば簡単にその音を聞くことができます。ぜひどんな音か、聞いてみてくださいね。

" /> 「嚆矢」は何と読む?「鏑矢」との違いは?意味や例文、類義語とともに元塾講師ライターがわかりやすく解説! – Study-Z
国語言葉の意味

「嚆矢」は何と読む?「鏑矢」との違いは?意味や例文、類義語とともに元塾講師ライターがわかりやすく解説!

「嚆矢」をすんなりと読める人はどのくらいいるでしょうか。ひょっとすると、使ったことはありますが漢字ではどう書くのか知らなかった、という人もいるかもしれない。

「嚆矢」は「こうし」と読む。「物事のはじめ」を表すほか、「矢」という字の通り「鏑矢」(かぶらや)を指す言葉でもある。しかし「鏑矢」もまた、なかなか馴染みのない代物です。この記事では「嚆矢」の意味や例文、類義語だけでなく、「嚆矢」と「鏑矢」の違いについても解説していきます。

今回は大学で日本文学を専攻し、塾講師時代には国語の指導に特に力を入れていたというカワナミを呼んです。一緒に見ていこう。

ライター/カワナミ

大学では日本語や日本文学について学び、塾講師時代には国語の指導に力を入れていた。なんの科目を勉強するにも、どんな仕事をするにも、文章読解力は欠かせないというのが持論。そのため、普段から分からない言葉の意味を調べるのが趣味になっている。

「嚆矢」の意味・語源

image by iStockphoto

さっそく「嚆矢」の意味や語源から見ていきましょう。

「嚆矢」の意味は「物事のはじめ」

「嚆矢」「こうし」と読みます。なかなか聞きなれない言葉ですよね。辞書には次のように記されています。

こう‐し カウ‥【嚆矢】〘名〙

① (「嚆」は、さけびよぶこと) やじりに鏑(かぶら)を用いていて、射ると音をたてる矢。かぶら矢。鳴箭(めいせん)。

② (昔、中国で、戦争の初めに①を射たところから) 物事の初め。最初。

※羅山先生文集(1662)二五・七武余論「至レ今耀レ武拠レ国者、皆以二頼朝一為二嚆矢一」

※西洋聞見録(1869‐71)〈村田文夫〉後「是を瓦斯灯の嚆矢とす」 〔荘子‐在宥〕

出典:精選版 日本国語大辞典(小学館)「嚆矢」

「嚆矢」(こうし)意味は2つ。1つは「鏑矢」(かぶらや)、もう1つは「物事のはじめ」です。「物事のはじめ」という意味で使われる方が主流になっています。嚆矢も鏑矢も同じ種類の矢のこと。鏑矢とは矢尻の付近に鏑という仕掛けを持つ矢です。中が空洞で無数の穴が空いています。矢を射ったときにこの穴に風が通ることで音が鳴る仕組みです。鏑は野菜のカブに似た形をしており、木や竹・鹿の角と射った素材で作られています。中国では、この嚆矢を戦争の開始の合図として使ったことから「物事のはじめ」を意味するようにもなりました。

「嚆」の字には叫ぶという意味があり、嚆矢はつまり叫ぶ矢だということになります。矢の特徴を捉えた漢字表記になっていますね。

「嚆矢」の語源は「戦い開始の合図」

「嚆矢」「鏑矢」がもともとの意味です。かつて中国の戦争で、開始の合図として使われました。放たれた矢とともに聞こえるその音に、いよいよだ!と士気も上がったことでしょう。また「物事のはじめ」という意味では、中国の思想家である荘子が最初に使ったとのこと。

日本にいつ伝来したのかは定かではありませんが、鎌倉時代の保元物語には既に記述があります。現在でも、流鏑馬(やぶさめ)といった神事で使われたりお正月の縁起物として売られたりしているので、目にすることができますよ。

嚆矢と鏑矢の違いは?

嚆矢と鏑矢は同じものです。しかし物ではなく、言葉としての使い方には違いがあります嚆矢が「物事のはじめ」という意味を持つのに対して鏑矢にその意味はありません。反対に、音の鳴る矢を示す場合には鏑矢が使われることが多く嚆矢と呼ばれることはほとんどないでしょう

\次のページで「「嚆矢」の使い方・例文」を解説!/

次のページを読む
1 2 3 4
Share: