「衆生」の使い方・例文
「衆生」の使い方を実際に見ていきましょう。ここでは例文というよりも、「衆生」という語を含んだ慣用表現をいくつか紹介します。
1.一切衆生悉有仏性は、大乗仏教を支える思想である。
2.縁なき衆生は度し難しとはこのことだ。
1の「一切衆生悉有仏性」は「いっさいしゅじょうしつうぶっしょう」と読み、文字通り生きとし生けるものは全て仏性(仏になる可能性)を有しているということを意味します。出典は涅槃経。この語は、利他の行いで全ての衆生を救済することを目指す、大乗仏教という宗派で特に大切です。この大乗仏教と対照的な宗派が、上座部仏教となります。上座部仏教は、出家して修行を積むことであくまでその修行者本人のみが救われるという思想を基にしたものです。
2の「縁なき衆生は度し難し」ということわざは、文学作品等で目にしたことがあるかもしれません。ここでいう「縁」とは仏教上のつながり、つまり仏縁であることに注意しましょう。また、「度す」とは仏が悟りの境地へと導くことです。つまり、このことわざは「仏の教えを耳にする機会がなかったり、あっても信じない人は、仏であっても救うことができない」ことを意味します。そこからより一般的な意味に転じて、「人の話を聞かないものは救われない」ことを表すことわざとして使われるようになりました。
「有情」
「ゆうじょう」ではなく「うじょう」と読みます。基本的には、「衆生」と同じくsattvaの訳語(「衆生」が旧訳で「有情」が新訳)です。一方、「有情」は山川草木を含む概念であり「衆生」よりも意味が広いとする立場も存在しています。ただし、やはり主流であるのは両者を同一視する立場であるということは把握しておきましょう。少なくとも、おおよそsattvaの訳語として用いられている限りは、両者の意味を区別する必要はありません。他にも、「含識」「含霊」「含生」「含情」「群生」「群萌」「群類」などの、ほぼ同一の意味を持つ訳語が存在します。
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