砂糖や塩が水に溶ける、これは普段よく目にする現象です。ではみんなは「水に物質が溶ける」という現象を具体的に説明できるでしょうか。実は水に物質が溶解することで生まれるものが今回学習する「水和イオン」なんです。
今回はまず水和イオンを形成するもの、形成しないものについて学ぶ。その後に水和イオンを形成するイオン結晶の性質について詳しく学んでいこう。化学に詳しいライター珈琲マニアと一緒に解説していきます。

ライター/珈琲マニア

京都大学で化学を学び、メーカーで研究職として勤務しているライター。学生時代の専門である物理化学を中心に、化学に関して幅広い知識を有する。

1.物質の溶解と水和イオン

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固体である砂糖や塩が液体である水に入れると「溶けて消える」、このような溶解現象は身近でよく見られる現象です。ではなぜ固体が溶解すると水中で消えるのでしょうか、物質はどこに消えたのでしょうか。実は溶解という現象は水分子と物質の相互作用を考えることで詳しく説明することが出来ます。

この章ではまず溶解現象について詳しく学び、その後に塩(塩化ナトリウム)のような水和イオンを形成する「電解質」、砂糖のような水和イオンを形成しない「非電解質」の溶解挙動について学んでいきましょう。

1-1.ものが「溶ける」とは

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砂糖や塩などの固体が溶ける、つまり「溶質」が「溶媒」に溶解して「溶液」を作るという現象を詳しく見るため、分子の大きさで現象を見てみましょう。固体は一つ一つのイオンや分子、原子が相互作用することで結晶を形成しています。相互作用の種類によって「イオン結晶」や「分子結晶」などに分類される、ということを高校で勉強した方もいるかもしれませんね。

この結晶を水中に、すなわち大量の水分子の中に入れてみましょう。水中では水分子は熱運動をしているため、結晶は水の中で多数の水分子と衝突します。この水分子との衝突によって固体の表面から結晶構造が壊れていき固体はどんどん縮小して、最終的に固体が完全に消失する。これが「ものが水に溶ける」という現象の正体です。ちなみに一般的に水の温度を高くするほど物質の溶解性は上がりますが、これは水の熱運動が激しくなって固体の結晶を壊しやすくなるためと考えることができます。

1-2.電解質の溶解と水和イオン

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水の熱運動によって固体の結晶構造が壊されること、これが「溶解」だということを学びました。では水によって壊された固体は水中でどんな状態になっているのでしょうか。実は固体の構造によって水中での状態は異なります。まずは塩化ナトリウム(NaCl)について考えてみましょう。

塩化ナトリウムはナトリウムイオン(陽イオン)と塩素イオン(陰イオン)が交互に並んだ「イオン結晶」と呼ばれる物質で、「電解質」とも呼ばれます。一方で水分子(H2O)は水素と酸素の電気陰性度の違いから、酸素に電子が偏っている「極性分子」です。従って、塩化ナトリウムは水中でバラバラになると電気的な相互作用によってナトリウムイオンは水分子の酸素に、塩素イオンは水分子の水素に囲まれます。このように溶質が水に囲まれる現象を「水和」と呼び、水和によって生まれるイオンが「水和イオン」です。

1-3.非電解質の溶解

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次に砂糖の溶解について見ていきましょう。一般的に「砂糖」と呼ばれるのは「ショ糖」であり、「スクロース」と呼ばれる化合物が主な成分です。スクロースの化学構造を以下に示します。スクロースはヒドロキシル基(OH)を多数有しますが、塩化ナトリウムとは異なり、完全なイオンになっているわけではありません。そのため「電解質」と対比させてスクロースは「非電解質」と呼ばれます。

非電解質は水に溶解したときもイオンにはなりません。しかし、スクロースはヒドロキシル基を多数有しているため、極性分子です。そのためスクロースは同じ極性分子である水に囲まれることで電気的な相互作用が発生し、安定化されます。つまり「スクロースは水和するが水和イオンを形成しない」ということですね。

\次のページで「2.様々なイオン結晶の性質と水和イオン」を解説!/

2.様々なイオン結晶の性質と水和イオン

前の章で、水和イオンとは塩化ナトリウムのようなイオン結晶が水に溶解するときに生成するものであることを学びました。この章ではいくつかのイオン結晶について性質を学びます。はじめに固体中に水分子が含まれる「水和物」について学び、その次に水和物と通常のイオン結晶の間で生じる色の違いについて学んでいきましょう。

2-1.イオン結晶と水和物

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水分子とイオン結晶の相互作用は水中に結晶を溶かしたときだけ生じるものではありません。水分子は非常に小さいため、イオン結晶の隙間に水分子が入り込んだ「水和物」を形成する固体も存在するのです。例えば鎌倉の大仏像やアメリカの自由の女神などの表面に存在する「緑青」の成分の一つである硫酸銅CuSO4は水分子5つが配位した五水和物を形成します。

以下に構造を示す通り、硫酸銅五水和物は銅イオンCu2+の周りに硫酸イオンSO42-と水分子が配位した構造です(赤丸が酸素原子、白丸が水素原子です)。つまり陽イオンである銅の周りに水分子の酸素が配位しているわけですね。ちなみに試料を加熱しながら試料の重量変化を分析する手法である「熱質量測定」を行うことで、加熱温度の上昇とともに硫酸銅三水和物、硫酸銅一水和物、硫酸銅無水物のように水分子が減少する様子が見られます。

CuSO4 (5aq).jpg
By Smokefoot - Own work, CC BY-SA 4.0, Link

2-2.水和物と無水物の水溶液

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最後に塩化コバルト(CoCl2)について考えてみましょう。塩化コバルトは無水物だと青色で、水に溶解させるとピンク色になります。一方で塩化コバルト六水和物は固体だと淡紅色で水に溶解させてもほとんど色が変化しません。この違いはなぜ生まれるのでしょうか。

ここで重要なのが固体においてコバルトイオンの周りに存在するイオン、分子の種類です。無水物の場合コバルトイオンの周りには塩素イオンしかありませんが、水に溶解させるとコバルトイオンは水分子に囲まれて水和イオンとなります。塩素イオンと水分子の性質は全く異なるため、コバルトイオンの状態が変化して色が変わるのです(より細かな話をするとコバルトイオンの電子構造が変化する、ともいえます)。

一方で塩化コバルト六水和物では固体の時点でコバルトの周りは水分子に囲まれており、水溶液で水和イオンを形成したときとほとんど差がありません。そのため色がほとんど変化しないのです。

水和イオンはイオン結晶が水に溶けることで生成する

今回は物質が水に溶解する現象について、電解質、非電解質に分けて考えました。電解質、非電解質ともに物質の周りを水分子が囲う「水和」と呼ばれる現象が起こり、その中でも電解質が水和することで生じるものが「水和イオン」です。

水和という現象は物質の化学構造によって起こりやすさが大きく変わります。なお、水和、溶解現象を詳細に議論するには水和によって安定化されるエネルギーの大きさ、結晶の結合の強さなど様々な要素を考えなければなりません。「溶解」という身近な現象でも物理、化学的に厳密な議論を行うのが大変だということはなかなか興味深いことではないでしょうか。

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砂糖や塩が水に溶ける、これは普段よく目にする現象です。ではみんなは「水に物質が溶ける」という現象を具体的に説明できるでしょうか。実は水に物質が溶解することで生まれるものが今回学習する「水和イオン」なんです。
今回はまず水和イオンを形成するもの、形成しないものについて学ぶ。その後に水和イオンを形成するイオン結晶の性質について詳しく学んでいこう。化学に詳しいライター珈琲マニアと一緒に解説していきます。

ライター/珈琲マニア

京都大学で化学を学び、メーカーで研究職として勤務しているライター。学生時代の専門である物理化学を中心に、化学に関して幅広い知識を有する。

1.物質の溶解と水和イオン

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固体である砂糖や塩が液体である水に入れると「溶けて消える」、このような溶解現象は身近でよく見られる現象です。ではなぜ固体が溶解すると水中で消えるのでしょうか、物質はどこに消えたのでしょうか。実は溶解という現象は水分子と物質の相互作用を考えることで詳しく説明することが出来ます。

この章ではまず溶解現象について詳しく学び、その後に塩(塩化ナトリウム)のような水和イオンを形成する「電解質」、砂糖のような水和イオンを形成しない「非電解質」の溶解挙動について学んでいきましょう。

1-1.ものが「溶ける」とは

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砂糖や塩などの固体が溶ける、つまり「溶質」が「溶媒」に溶解して「溶液」を作るという現象を詳しく見るため、分子の大きさで現象を見てみましょう。固体は一つ一つのイオンや分子、原子が相互作用することで結晶を形成しています。相互作用の種類によって「イオン結晶」や「分子結晶」などに分類される、ということを高校で勉強した方もいるかもしれませんね。

この結晶を水中に、すなわち大量の水分子の中に入れてみましょう。水中では水分子は熱運動をしているため、結晶は水の中で多数の水分子と衝突します。この水分子との衝突によって固体の表面から結晶構造が壊れていき固体はどんどん縮小して、最終的に固体が完全に消失する。これが「ものが水に溶ける」という現象の正体です。ちなみに一般的に水の温度を高くするほど物質の溶解性は上がりますが、これは水の熱運動が激しくなって固体の結晶を壊しやすくなるためと考えることができます。

1-2.電解質の溶解と水和イオン

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水の熱運動によって固体の結晶構造が壊されること、これが「溶解」だということを学びました。では水によって壊された固体は水中でどんな状態になっているのでしょうか。実は固体の構造によって水中での状態は異なります。まずは塩化ナトリウム(NaCl)について考えてみましょう。

塩化ナトリウムはナトリウムイオン(陽イオン)と塩素イオン(陰イオン)が交互に並んだ「イオン結晶」と呼ばれる物質で、「電解質」とも呼ばれます。一方で水分子(H2O)は水素と酸素の電気陰性度の違いから、酸素に電子が偏っている「極性分子」です。従って、塩化ナトリウムは水中でバラバラになると電気的な相互作用によってナトリウムイオンは水分子の酸素に、塩素イオンは水分子の水素に囲まれます。このように溶質が水に囲まれる現象を「水和」と呼び、水和によって生まれるイオンが「水和イオン」です。

1-3.非電解質の溶解

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次に砂糖の溶解について見ていきましょう。一般的に「砂糖」と呼ばれるのは「ショ糖」であり、「スクロース」と呼ばれる化合物が主な成分です。スクロースの化学構造を以下に示します。スクロースはヒドロキシル基(OH)を多数有しますが、塩化ナトリウムとは異なり、完全なイオンになっているわけではありません。そのため「電解質」と対比させてスクロースは「非電解質」と呼ばれます。

非電解質は水に溶解したときもイオンにはなりません。しかし、スクロースはヒドロキシル基を多数有しているため、極性分子です。そのためスクロースは同じ極性分子である水に囲まれることで電気的な相互作用が発生し、安定化されます。つまり「スクロースは水和するが水和イオンを形成しない」ということですね。

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