「全ての物質は原子や分子から作られる」これは化学の基本であり、みんなも高校化学で勉強したと思う。では原子や分子が存在することを「誰が、どのように」証明したか知っている人はいるでしょうか。
化学に限らず、科学(サイエンス)ではまず実験を行い、その結果を矛盾なく説明できる仮説が妥当な説として扱われる。今回学ぶ「分子説」も同様です。今日はまず「原子説」を学び、その後に原子説と矛盾する法則を確認して、最後に分子説を学んでいこう。化学に詳しいライター珈琲マニアと一緒に解説していきます。

ライター/珈琲マニア

京都大学で化学を学び、現在はメーカーの研究職として勤務。学生時代の専門である物理化学、量子化学に関する知識が豊富であり、原子や分子についても詳しいライター。

1.分子説の誕生前

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全ての物質は炭素や水素、酸素などの「原子」から作られていること、原子同士が結合することで多種多様な「分子」を作ること、これは21世紀に生きる私達にとっては常識です。しかし「原子説」や「分子説」が誕生したのは18世紀末から19世紀前半、今から約200年前のことでした。では、なぜそれまで人々は「原子」や「分子」という考えに至らなかったのでしょうか。

今回は「分子説」を説明する前に、まず分子説が誕生する前の時代、古代ギリシャの人たちの物質観から学び、その後に原子説、分子説が生まれるきっかけとなった「科学的な考え方」の誕生について学んでいきましょう。

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1-1.古代ギリシャの物質観

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「万物は一体どんなものから作られているのか」、「物質を分解し続けると何が現れるのだろうか」、このような疑問は古代ギリシャの哲学者を悩ませていました。自然哲学の父とも言われるタレスは「万物の根源は水である」と述べ、哲学者のアリストテレスは「万物の根源は火、空気、土、水である」と述べました。

偉大な哲学者であるアリストテレスの影響力もあり、後者の「四元素説」はその後2000年もの間「正しい物質観である」とされていました。

1-2.科学的思考の登場

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古代ギリシャの四元素説は原子説、分子説に近い考えではないか、そう思う人もいるかもしれません。しかし四元素説にはその考えを立証する証拠がない、という致命的な問題がありました。つまり四元素説は「科学」のように実験結果から自然現象を考察する、というものではなく思索のみから答えを導き出す「哲学」でした。

もちろんアリストテレスなどの古代ギリシャの哲学者の偉業を貶めるつもりはありません。ですが「科学的に考える」ためには数字を使って自然現象を表現することが必要です。そのような数字による表現を行うために重要な役割を果たしたのは「天秤」でした。天秤を用いることで「重さ」を数字で、定量的に表すことが可能になったためです。

2.原子説の登場

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前の章では思索に基づく古代ギリシャの四元素説、そして実験結果と数字を基に自然現象を表現する「科学」の考え方を紹介しました。この章では原子説が誕生するきっかけとなった実験について学んでいきます。まずそれぞれの実験結果から導き出される法則について学び、その後に各法則を説明できる「原子説」について学んでいきましょう。

2-1.質量保存の法則

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最初に学ぶ法則は「質量保存の法則」です。1774年、フランスのラボアジエは金属の一種であるスズと空気中の酸素が反応したときの質量変化を調べました。

まず密閉された容器にスズを入れて質量を測定します。スズの重さをA、容器内の空気の重さをBとすると、容器全体の重さはA+Bです。この容器を加熱して、空気中の酸素とスズが反応しても全体の重さはA+Bで変わりませんでした。しかし、この状態で容器の栓を外すとスズと反応した酸素の分だけ空気が入り、全体の重さはA+B+aと増加します。

この実験結果から言えること、それは「化学反応の前後で質量は変わらない」ということです。

2-2.定比例の法則

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次はフランスのプルーストが発見した「定比例の法則」について学びます。ここでは例として空気中でマグネシウムを加熱することによる酸化反応を考えてみましょう。

質量が異なるマグネシウムを加熱すると、酸素と反応することによって酸化マグネシウム(MgO)が生成します。このマグネシウムと酸化マグネシウムの質量の関係を以下の表にまとめました。マグネシウムと酸化マグネシウムの質量を比較すると全て3:5、つまり酸化マグネシウムの質量比はマグネシウムと酸素が3:2で常に一定になります。これが「定比例の法則」です。

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2-3.倍数比例の法則

最後にイギリスのドルトンが発見した「倍数比例の法則」について学びます。ドルトンはメタンとエチレンという二つの気体について詳細に解析を行い、炭素量が一定ならばメタンとエチレンの水素量は2対1になることを発見しました。この法則をより一般的に言うと以下の文章で表されます。「AとBから成る化合物が2種類以上あるとき、Aの質量が一定ならばBの質量の比は化合物間で簡単な整数比になる」。

2-4.原子説

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Henry Roscoe (author), William Henry Worthington (engraver), and Joseph Allen (painter) - Frontispiece of John Dalton and the Rise of Modern Chemistry by Henry Roscoe, パブリック・ドメイン, リンクによる

以上3つの法則を説明できる仮説として誕生したのが原子説です。原子説は倍数比例の法則を発見したイギリスのドルトンによって提唱されました。原子説は以下の4つの仮説から構成されています。

ドルトンの原子説

1.物質を分解し続けると、それ以上分解できない粒子になる。これを原子と呼ぶ。

2.各元素に固有の大きさ、質量、性質を持つ原子がある。

3.化合物は原子が一定の割合で結合して作られる。

4.化学変化は原子同士の分離、結合によって作られる。化学変化の前後で原子が新たに生成したり消滅することはない。

では、原子説で3つの法則を説明できるか確認していきましょう。まず質量保存の法則については「化学反応前後で原子の生成、消失はない」という仮説で説明され、定比例の法則、倍数比例の法則は「元素ごとに原子の質量が異なる」こと、「化合物は原子が一定の割合で結合してできている」という仮説から説明できます。このように原子説は天秤を使って定量的に得られた実験結果を矛盾なく説明できる、科学に基づいた有力な仮説でした。

3.原子説の破綻と分子説の登場

原子説は科学的に矛盾しない、非常に有力な仮説でした。しかし原子説が誕生してから5年後に原子説では説明できない法則が発見されました。それが「気体反応の法則」です。最後の章では気体反応の法則について学び、この法則を説明できる仮説として登場した分子説について学んでいきましょう。

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3-1.気体反応の法則と原子説の破綻

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François Séraphin Delpech - chemistryland.com, パブリック・ドメイン, リンクによる

気体反応の法則は1808年にフランスのゲーリュサックによって発見された法則です。まずは水素と酸素の反応によって水が生成する、という反応を基に法則を見ていきましょう。酸素の体積に対して2倍の体積の水素を反応させると、水素と同じ体積の水(水蒸気)が生成します。つまり、気体反応の法則とは「反応する気体と生成する気体の体積は簡単な整数比となる」という法則です。

この法則は原子説で説明できるでしょうか。仮に酸素、水素が1つの原子として存在すると考えてみましょう。例えば簡単な例として酸素原子が2個、水素原子が4個、水素と同じ体積である水も4個存在するとします。このとき水は酸素原子と水素原子が1個ずつ結合した化合物として考えると酸素原子が足りません。そして酸素原子は分割できないので水素1個と酸素2分の1ずつとすることもできません。逆に水が4個あるからといって足りない酸素原子を2個追加したら質量保存の法則と矛盾します。つまり原子説では気体反応の法則は説明できなかったのです。

3-2.分子説

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オリジナルのアップロード者はドイツ語版ウィキペディアAntonさん - de.wikipedia からコモンズに SeptembermorgenCommonsHelper を用いて移動されました。, パブリック・ドメイン, リンクによる

気体反応の法則を説明できる仮説として1811年にイタリアのアボガドロが提唱したのが「分子説」です。分子説とは「同一温度、同一圧力において、同じ体積の気体には同数の分子が含まれる」という仮説であり、水素や酸素、水などは複数の原子が結合した分子として存在しているという仮説でした。

分子説を使って気体反応の法則を説明してみましょう。今度は2つの原子が結合した酸素分子が2個、水素分子が4個存在すると考えます。このとき酸素原子1つ、水素原子2つから水が作られると考えると原子を分割することなく水4個を作ることが可能です。

ちなみに分子説が発表されたときは「気体反応の法則を説明するために持ち出した仮説に過ぎない」という反論もありました。分子の存在が立証されたのは20世紀初頭、量子化学という学問が誕生、発展してからのことです。

分子説は実験結果を説明できる科学的な仮説

今回は原子説を学び、原子説と矛盾する実験結果を説明できる仮説として分子説が誕生したことを学びました。原子説、分子説は天秤を用いて定量的、正確に行われた実験結果を説明できる、という点でそれまでの仮説とは異なります。原子説、分子説が誕生した18世紀末は「科学の始まり」とも言えるかもしれません。

原子説と矛盾する法則が登場し、その法則を説明するために分子説が誕生する。このように従来の仮説を否定する実験結果が現れ、その結果を説明できるより良い仮説が誕生する、というサイクルを繰り返して科学は発展してきました。分子説を学ぶことは科学の作法を学ぶという点でも優れた教材と言えるでしょう。

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化学原子・元素物質の状態・構成・変化理科

5分で分かる「分子説」原子や分子の存在を証明する実験とは?京大卒の研究員が丁寧にわかりやすく解説!

1-1.古代ギリシャの物質観

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「万物は一体どんなものから作られているのか」、「物質を分解し続けると何が現れるのだろうか」、このような疑問は古代ギリシャの哲学者を悩ませていました。自然哲学の父とも言われるタレスは「万物の根源は水である」と述べ、哲学者のアリストテレスは「万物の根源は火、空気、土、水である」と述べました。

偉大な哲学者であるアリストテレスの影響力もあり、後者の「四元素説」はその後2000年もの間「正しい物質観である」とされていました。

1-2.科学的思考の登場

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古代ギリシャの四元素説は原子説、分子説に近い考えではないか、そう思う人もいるかもしれません。しかし四元素説にはその考えを立証する証拠がない、という致命的な問題がありました。つまり四元素説は「科学」のように実験結果から自然現象を考察する、というものではなく思索のみから答えを導き出す「哲学」でした。

もちろんアリストテレスなどの古代ギリシャの哲学者の偉業を貶めるつもりはありません。ですが「科学的に考える」ためには数字を使って自然現象を表現することが必要です。そのような数字による表現を行うために重要な役割を果たしたのは「天秤」でした。天秤を用いることで「重さ」を数字で、定量的に表すことが可能になったためです。

2.原子説の登場

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前の章では思索に基づく古代ギリシャの四元素説、そして実験結果と数字を基に自然現象を表現する「科学」の考え方を紹介しました。この章では原子説が誕生するきっかけとなった実験について学んでいきます。まずそれぞれの実験結果から導き出される法則について学び、その後に各法則を説明できる「原子説」について学んでいきましょう。

2-1.質量保存の法則

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最初に学ぶ法則は「質量保存の法則」です。1774年、フランスのラボアジエは金属の一種であるスズと空気中の酸素が反応したときの質量変化を調べました。

まず密閉された容器にスズを入れて質量を測定します。スズの重さをA、容器内の空気の重さをBとすると、容器全体の重さはA+Bです。この容器を加熱して、空気中の酸素とスズが反応しても全体の重さはA+Bで変わりませんでした。しかし、この状態で容器の栓を外すとスズと反応した酸素の分だけ空気が入り、全体の重さはA+B+aと増加します。

この実験結果から言えること、それは「化学反応の前後で質量は変わらない」ということです。

2-2.定比例の法則

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次はフランスのプルーストが発見した「定比例の法則」について学びます。ここでは例として空気中でマグネシウムを加熱することによる酸化反応を考えてみましょう。

質量が異なるマグネシウムを加熱すると、酸素と反応することによって酸化マグネシウム(MgO)が生成します。このマグネシウムと酸化マグネシウムの質量の関係を以下の表にまとめました。マグネシウムと酸化マグネシウムの質量を比較すると全て3:5、つまり酸化マグネシウムの質量比はマグネシウムと酸素が3:2で常に一定になります。これが「定比例の法則」です。

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