酸と塩基という言葉は聞いたことがあるでしょう。では酸と塩基を区別するための定義を知っているか。実は「酸と塩基」の定義にはいくつかの種類があるんです。今回はその中でもブレンステッド-ロウリーの定義とルイスの定義について学んでいきます。
酸と塩基の定義の中でもルイスの定義は応用範囲が広く、よく使われる定義です。ただしルイスの定義は応用範囲が広いがゆえに、酸と塩基のグループ分けが必要となる。そこで登場するのが今回学習する「HSAB原理」なんです。化学に詳しいライター珈琲マニアと一緒に解説していきます。

ライター/珈琲マニア

京都大学で化学を学び、現在はメーカーの研究職として勤務。学生時代の専門である物理化学を中心として化学全般の知見が豊富なライター。

1.酸と塩基

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今回学習する「HSAB原理」とは酸と塩基に関する用語の一つです。酸と塩基にはいくつかの定義がありますが、「ルイス酸」「ルイス塩基」という定義にHSAB原理は関係しています。

この章では、はじめに酸と塩基の定義で一般的な「ブレンステッド-ロウリーの定義」を学んだ後にルイス酸とルイス塩基について学んでいきましょう。その後にルイス酸とルイス塩基が形成する「錯体」についても学習していきましょう。

1-1.ブレンステッド-ロウリーの酸塩基

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酸と塩基の定義で比較的一般的なものとして「ブレンステッド-ロウリーの定義」が挙げられます。これは「酸は水素イオン(プロトン)を供与する」、「塩基はプロトンを受容する」という定義です。この定義は高校化学で勉強した人もいるかもしれません。

例えばフッ化水素HFなどのハロゲン化水素は水と接触すると水にプロトンを渡すため酸であると言えます。同様にアンモニアNH3は水と接触するとプロトンを受け取るため塩基です。ちなみに塩基が水に溶けるとOH-基(水酸化物イオン)が生成しますが、これは塩基が水からプロトンを受け取るために生成します。

ブレンステッド-ロウリーの酸と塩基の定義はプロトンの受け渡しで説明できるため理解が容易で、かつ重要な定義です。今回のHSAB原理とは直接関係はありませんが、しっかり理解しておきましょう。

1-2.ルイス酸とルイス塩基

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ブレンステッド-ロウリーの酸と塩基の定義は理解しやすい酸と塩基の定義です。しかし、この定義はプロトンが存在する系にしか適用することができず、金属化合物などの酸と塩基の性質を考えることはできません。そこで登場するのがルイス酸、ルイス塩基です。

ルイス酸とは「電子対を受け取る物質」で、ルイス塩基とは「電子対を渡す物質」と定義されます。この定義は先ほど学んだブレンステッド-ロウリーの定義と矛盾するわけではありません。むしろより広い定義であると言えます。

ルイス塩基を考えるためにアンモニアと水の反応をもう一度見てみましょう。先ほどはアンモニアが水からプロトンを受け取ったと説明しました。これは見方を変えるとアンモニアに存在する二つの電子(電子対)を水に渡すことで水素イオンを受け取ったとも読み取れます。つまりアンモニアは電子対を渡す物質として機能しているのです。

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1-3.ルイス酸塩基と錯体

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ルイス酸とルイス塩基の定義ではプロトンの授受が必ずしも必要としません。例としてトリメチルボランB(CH3)3とアンモニアの反応を見ていきましょう。トリメチルボランのホウ素は電子を6つ持っており、電子対が1つ足りていない状態です。一方アンモニアは孤立電子対を1つ持っています。ここでアンモニアがルイス塩基、トリメチルボランがルイス酸として働くため電子対の移動が発生。両者の間に結合が作られます。

また原子番号が大きい元素は必ずしもオクテット則(最外殻電子の数が8つ)というルールに従うわけではありません。このような原子が含まれる化合物では電子対を受け取って新たなイオンを作ることがあります。例えば四フッ化ケイ素SiF4はフッ素イオンF-と反応して[SiF6]2-を形成。つまり四フッ化ケイ素はルイス酸、フッ素イオンがルイス塩基として働くのです。ちなみにこのようなルイス酸とルイス塩基が付加することで形成されるイオンを「錯体」と呼びます。

2.HSAB原理

前の章ではルイス酸とルイス塩基について学びました。この章ではルイス酸とルイス塩基とHSAB原理の関係について学んでいきましょう。HSAB原理では酸と塩基を硬い(ハード)、柔らかい(ソフト)という言葉を使って分類します。あまり聞き馴染みが無い言葉かもしれませんが、無機化学において重要な概念であるため、しっかり学んでみてくださいね。

2-1.硬い酸塩基と柔らかい酸塩基(HSAB)

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ルイス酸とルイス塩基は電子対の授受によって定義されることを学びました。しかし、電子対を持っている化合物は多種多様であるため、どのような化合物が電子を渡すのか、どのような化合物が電子を受け取るのか判断するための法則が必要です。そのようなルールとして提案されたのが硬い酸と塩基(Hard Acid,Base)と柔らかい酸と塩基(Soft Acid,Base)でした。

酸と塩基の硬さを大まかに分けるものとしてイオン、化合物の大きさが挙げられます。サイズが小さいカチオン(陽イオン)は「硬い酸」であり、代表例としてプロトン(H+)、リチウムイオンやナトリウムイオン。サイズが大きいカチオンは「柔らかい酸」で、代表例として銅イオンや銀イオンなどが挙げられます。同様に「硬い塩基」の例としてはフッ素イオンや水酸化物イオン。「柔らかい塩基」としてはヨウ素イオンやシアン化物イオンが挙げられます。

2-2.硬さの意味

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HSAB原理で用いられる「硬い」、「柔らかい」という表現は化学的にどのような意味があるのでしょうか。一般的に硬い酸と塩基同士、柔らかい酸と塩基同士で錯体を形成しやすいのですが、これは酸と塩基の間に形成される結合の種類が硬さによって変わる、つまり相互作用の種類が違うことに由来しています。

硬い酸と硬い塩基は電荷を持ったイオンとして振る舞うことが多く、錯体で形成される結合は「イオン結合」です。つまり陽イオンと陰イオンの間で電子がほとんど移動せず、静電気の引力で結合しているわけですね。一方で柔らかい酸、塩基は電子が動く、つまり分極が起こりやすいため錯体で形成される結合は「共有結合」の性質を持っています。結合を形成する相手に電子を渡しているイメージです。

HSAB原理は錯体形成における重要な理論の一つ

今回は酸と塩基について、ブレンステッド-ロウリーの定義とルイスの定義を学習しました。電子対の授受で酸と塩基を説明するルイスの定義はやや専門的で難しいかもしれませんが、様々な領域に適用できる重要な定義です。

またルイス酸とルイス塩基に関連して、今回HSAB原理も学習しました。硬い酸と塩基、柔らかい酸と塩基というグループ分けはあまりイメージしにくいかもしれません。しかし、金属錯体を理解するためにはHSAB原理は非常に重要です。多種多様な元素を扱う無機化学という分野を理解するためにはHSAB原理は学んで損はない用語と言えるでしょう。

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化学有機化合物無機物質物質の状態・構成・変化理科

5分で分かる「HSAB原理」酸と塩基が硬いとはどういうこと?京大卒の研究者が分かりやすくわかりやすく解説!

酸と塩基という言葉は聞いたことがあるでしょう。では酸と塩基を区別するための定義を知っているか。実は「酸と塩基」の定義にはいくつかの種類があるんです。今回はその中でもブレンステッド-ロウリーの定義とルイスの定義について学んでいきます。
酸と塩基の定義の中でもルイスの定義は応用範囲が広く、よく使われる定義です。ただしルイスの定義は応用範囲が広いがゆえに、酸と塩基のグループ分けが必要となる。そこで登場するのが今回学習する「HSAB原理」なんです。化学に詳しいライター珈琲マニアと一緒に解説していきます。

ライター/珈琲マニア

京都大学で化学を学び、現在はメーカーの研究職として勤務。学生時代の専門である物理化学を中心として化学全般の知見が豊富なライター。

1.酸と塩基

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今回学習する「HSAB原理」とは酸と塩基に関する用語の一つです。酸と塩基にはいくつかの定義がありますが、「ルイス酸」「ルイス塩基」という定義にHSAB原理は関係しています。

この章では、はじめに酸と塩基の定義で一般的な「ブレンステッド-ロウリーの定義」を学んだ後にルイス酸とルイス塩基について学んでいきましょう。その後にルイス酸とルイス塩基が形成する「錯体」についても学習していきましょう。

1-1.ブレンステッド-ロウリーの酸塩基

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酸と塩基の定義で比較的一般的なものとして「ブレンステッド-ロウリーの定義」が挙げられます。これは「酸は水素イオン(プロトン)を供与する」、「塩基はプロトンを受容する」という定義です。この定義は高校化学で勉強した人もいるかもしれません。

例えばフッ化水素HFなどのハロゲン化水素は水と接触すると水にプロトンを渡すため酸であると言えます。同様にアンモニアNH3は水と接触するとプロトンを受け取るため塩基です。ちなみに塩基が水に溶けるとOH基(水酸化物イオン)が生成しますが、これは塩基が水からプロトンを受け取るために生成します。

ブレンステッド-ロウリーの酸と塩基の定義はプロトンの受け渡しで説明できるため理解が容易で、かつ重要な定義です。今回のHSAB原理とは直接関係はありませんが、しっかり理解しておきましょう。

1-2.ルイス酸とルイス塩基

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ブレンステッド-ロウリーの酸と塩基の定義は理解しやすい酸と塩基の定義です。しかし、この定義はプロトンが存在する系にしか適用することができず、金属化合物などの酸と塩基の性質を考えることはできません。そこで登場するのがルイス酸、ルイス塩基です。

ルイス酸とは「電子対を受け取る物質」で、ルイス塩基とは「電子対を渡す物質」と定義されます。この定義は先ほど学んだブレンステッド-ロウリーの定義と矛盾するわけではありません。むしろより広い定義であると言えます。

ルイス塩基を考えるためにアンモニアと水の反応をもう一度見てみましょう。先ほどはアンモニアが水からプロトンを受け取ったと説明しました。これは見方を変えるとアンモニアに存在する二つの電子(電子対)を水に渡すことで水素イオンを受け取ったとも読み取れます。つまりアンモニアは電子対を渡す物質として機能しているのです。

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