今日は化学平衡について学んでいきます。平衡とは例えばAからBに変化する化学反応において、Aの生成量とBの生成量が同じになる点のことです。AとBが生成する量が同じになるので、見かけ上反応が止まって見える。ではこの状態で圧力や温度などの条件を変えたらどうなるでしょうか。今回学習する「平衡移動」とはこのように条件を変えたときの平衡の変化のことです。
まずは化学平衡が成り立つ条件を学び、その後に平衡移動における重要な原理である「ルシャトリエの原理」を学んでいこう。化学に詳しいライター珈琲マニアと一緒に解説していきます。

ライター/珈琲マニア

京都大学で化学を学び、現在はメーカーの研究職として勤務。学生時代の専門である物理化学に関する知識が豊富なライター。

1.化学平衡とギブズエネルギー

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「平衡」という用語は化学反応における重要なキーワードの一つです。平衡を移動させることでより多くの生成物を得られることができるため、化学平衡に関する理論は工業的にも重要な役割を担っています。

一方で化学平衡は難しいというイメージがあるかもしれません。高校の参考書では各物質の濃度の分数で表される平衡定数(K)の式がいきなり出て、それを覚えたのではないでしょうか。私自身、高校時代に平衡定数の式の意味がよく理解できなかった経験がありました。

そこで今回は大学で学ぶ化学の知識を使って、まず平衡定数の式の意味を確認します。そして次に平衡移動について詳しく学んでいきましょう。

1-1.ギブズエネルギーと化学反応

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化学平衡は原子や分子の化学構造が変化する現象の一つであり、このような原子や分子の状態が変化するときに熱などの形でエネルギーの変換が生じます。このようなエネルギーの変換を議論するうえで有用な学問分野、それが熱力学です。

化学熱力学の中でも重要なキーワードの一つとして、ギブズエネルギーというものがあります。なぜ重要なのか、それはギブズエネルギーが化学反応の進みやすさと密接に関係しているためです。AからBへの化学変化、物理変化を考えてみましょう。もし温度、圧力が一定ならば「AよりもBのギブズエネルギーが小さいとき、AからBへの変化が自発的に起こる」という法則が成り立ちます。つまり反応前の系と反応後の系のギブズエネルギーの大きさから反応が進むかどうか判定できるというわけです。

1-2.ギブズエネルギーの変化と化学平衡

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ギブズエネルギー以外の重要なキーワードとして「化学ポテンシャル」というものがあります。これは「圧力、温度一定の条件で物質量(モル)が変化したときのギブズエネルギーの変化量」として定義される値です(数学的に言うと「物質量によるギブズエネルギーの偏微分」です)。

ここでA→Bというシンプルな変化を考えてみましょう。このとき、ギブズエネルギーの変化(反応ギブズエネルギー⊿rG)は化学ポテンシャルを用いて以下のように表されます。そして温度、圧力が一定ならば反応ギブズエネルギーの値を見ることで反応が進むか、逆反応が進むか、それとも平衡状態なのか判断することができるのです。つまり平衡状態とは「反応前後の化学ポテンシャルが等しく、反応ギブズエネルギーがゼロ」である状態と言えます。

1-3.ギブズエネルギーと平衡定数

先ほど反応ギブズエネルギーの値によって反応が進行するかどうか、もしくは平衡状態にあるかどうか予想できることを学びました。さて、詳細は割愛しますが反応ギブズエネルギーは以下のような式で表すことができます。

ここで平衡状態の条件、すなわち反応ギブズエネルギーにゼロを代入してみましょう。すると標準反応ギブズエネルギーは一定の値となることが分かります。そしてこの式で対数の中に入っている定数Kが平衡定数となるのです。つまり熱力学の原理から「反応ギブズエネルギーがゼロ」となる状態が「平衡状態」と定義されており、そのときの濃度や圧力を定数と結びつけたものが平衡定数と言えます。

\次のページで「2.平衡移動とルシャトリエの原理」を解説!/

2.平衡移動とルシャトリエの原理

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前の章では化学熱力学の考え方を用いてギブズエネルギーと化学反応について考え、最後に平衡定数の中身について確認しました。この章では温度や圧力など、外的条件が変化したときに平衡がどのように変化するか学んでいきます。

平衡の変化、すなわち平衡移動を学ぶ上で重要なのが「ルシャトリエの原理」です。外的条件の変化によって平衡定数がどのような影響を受けるか見ながら、ルシャトリエの原理についても学んでいきましょう。

2-1.ルシャトリエの原理

Lechatelier.jpg
http://en.wikipedia.org/wiki/Image:Lechatelier.jpg, パブリック・ドメイン, リンクによる

初めに平衡移動における重要な原理である「ルシャトリエの原理」を学びます。ルシャトリエの原理とは「平衡にある系の圧力、濃度、温度が変化すると、その変化量を少なくする方向に平衡が移動する」という原理です。

ただ、これだけではもしかしたらイメージがつきにくいかもしれません。この原理を単純化して説明すると、系の圧力が上がったら圧力を下げる方向に平衡が移動し、温度が上がったら温度が下がる方向に平衡が移動する、とも言えます。以下では圧力が変化したとき、温度が変化したときの平衡移動について実際に見ていきましょう。

2-2.圧力変化と平衡移動

圧力変化に対する平衡移動を考えていきます。ここでは気体の平衡A⇄2Bを考えてみましょう。ある圧力においてこの平衡が成り立つとき、平衡定数Kは以下の式で表すことができます。

さて、ここで系の体積を小さくする(圧縮する)と平衡はどのように変化するでしょうか。圧縮されると平衡定数のなかのpA,pBはいずれも大きくなります。しかし、平衡定数Kは圧力によらず一定の値にならないといけません。つまり、pAの増加量はpBの増加量の2乗になる必要があるのです。この要求を満たすには生成物Bの量を減らしてAを生成させなくてはなりません。すなわち初期状態に比べて2B→Aの反応が多くなり、平衡が移動するのです。

この現象をルシャトリエの原理に当てはめてみましょう。圧縮することによる系の圧力の増加を受けて、平衡は系の圧力をできるだけ小さくする方向に移動します。圧力を小さくするには系の分子数を減らすことが必要です。したがって2B→Aの反応が進む、と解釈することができます。

2-3.温度変化と平衡移動

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次に温度が変化したときの平衡移動について考えてみましょう。化学反応には反応が進むことによって熱が放出される発熱反応、反応が進むと熱が吸収される吸熱反応があります。

では系の温度を上げると平衡はどのように変化するでしょうか。このときの平衡移動は非常に単純で、系の温度を上昇させると発熱反応ならば反応物が増え、吸熱反応ならば生成物が増えます。

2-4.平衡移動の応用例

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最後に平衡移動の応用例について学んでいきましょう。ここでは窒素ガス、水素ガスからアンモニアを合成する反応について考えます。この反応を化学反応式で表すとN2+3H2→2NH3となりますね。

ここで系の圧力を増加させてみると平衡はどのように移動するでしょうか。ルシャトリエの原理から、圧力を増加させると圧力を下げる方に平衡は移動します。この反応においては左辺の水素、窒素の分子数は4、右辺のアンモニアの分子数は2であるため、アンモニアが生成したほうが系の圧力は下がるということがわかりますね。したがって圧力を上げることでより多くのアンモニアを生成することができるのです。このように圧力や温度などの反応条件を変えることでより多くの生成物を得る、という検討は化学産業で頻繁に行われています。

熱力学から化学平衡を理解すると平衡移動を深く理解できる

今回は化学熱力学から化学平衡が成り立つ条件を確認し、平衡定数の起源を学びました。そしてルシャトリエの原理を学び、系の圧力や温度などが変化したときに平衡がどのように移動するか学びました。

今回は一部割愛しましたが、ルシャトリエの原理もギブズエネルギーなどの熱力学の理論を使うことで説明することができます。平衡という現象は化学反応において非常に重要なものの一つであるため、もし余力がある方はご自身でも熱力学、溶液の物理化学を学んでみてはいかがでしょうか。高校化学では暗記するだけであった平衡定数の物理的な意味が理解できると化学反応に対する理解が更に深まるはずです。

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化学化学平衡熱力学物質の状態・構成・変化理科

5分で分かる「平衡移動」温度や圧力の変化で平衡はどう変わる?京大卒の研究員がわかりやすく解説!

2.平衡移動とルシャトリエの原理

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前の章では化学熱力学の考え方を用いてギブズエネルギーと化学反応について考え、最後に平衡定数の中身について確認しました。この章では温度や圧力など、外的条件が変化したときに平衡がどのように変化するか学んでいきます。

平衡の変化、すなわち平衡移動を学ぶ上で重要なのが「ルシャトリエの原理」です。外的条件の変化によって平衡定数がどのような影響を受けるか見ながら、ルシャトリエの原理についても学んでいきましょう。

2-1.ルシャトリエの原理

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http://en.wikipedia.org/wiki/Image:Lechatelier.jpg, パブリック・ドメイン, リンクによる

初めに平衡移動における重要な原理である「ルシャトリエの原理」を学びます。ルシャトリエの原理とは「平衡にある系の圧力、濃度、温度が変化すると、その変化量を少なくする方向に平衡が移動する」という原理です。

ただ、これだけではもしかしたらイメージがつきにくいかもしれません。この原理を単純化して説明すると、系の圧力が上がったら圧力を下げる方向に平衡が移動し、温度が上がったら温度が下がる方向に平衡が移動する、とも言えます。以下では圧力が変化したとき、温度が変化したときの平衡移動について実際に見ていきましょう。

2-2.圧力変化と平衡移動

圧力変化に対する平衡移動を考えていきます。ここでは気体の平衡A⇄2Bを考えてみましょう。ある圧力においてこの平衡が成り立つとき、平衡定数Kは以下の式で表すことができます。

さて、ここで系の体積を小さくする(圧縮する)と平衡はどのように変化するでしょうか。圧縮されると平衡定数のなかのpA,pBはいずれも大きくなります。しかし、平衡定数Kは圧力によらず一定の値にならないといけません。つまり、pAの増加量はpBの増加量の2乗になる必要があるのです。この要求を満たすには生成物Bの量を減らしてAを生成させなくてはなりません。すなわち初期状態に比べて2B→Aの反応が多くなり、平衡が移動するのです。

この現象をルシャトリエの原理に当てはめてみましょう。圧縮することによる系の圧力の増加を受けて、平衡は系の圧力をできるだけ小さくする方向に移動します。圧力を小さくするには系の分子数を減らすことが必要です。したがって2B→Aの反応が進む、と解釈することができます。

2-3.温度変化と平衡移動

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次に温度が変化したときの平衡移動について考えてみましょう。化学反応には反応が進むことによって熱が放出される発熱反応、反応が進むと熱が吸収される吸熱反応があります。

では系の温度を上げると平衡はどのように変化するでしょうか。このときの平衡移動は非常に単純で、系の温度を上昇させると発熱反応ならば反応物が増え、吸熱反応ならば生成物が増えます。

2-4.平衡移動の応用例

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最後に平衡移動の応用例について学んでいきましょう。ここでは窒素ガス、水素ガスからアンモニアを合成する反応について考えます。この反応を化学反応式で表すとN2+3H2→2NH3となりますね。

ここで系の圧力を増加させてみると平衡はどのように移動するでしょうか。ルシャトリエの原理から、圧力を増加させると圧力を下げる方に平衡は移動します。この反応においては左辺の水素、窒素の分子数は4、右辺のアンモニアの分子数は2であるため、アンモニアが生成したほうが系の圧力は下がるということがわかりますね。したがって圧力を上げることでより多くのアンモニアを生成することができるのです。このように圧力や温度などの反応条件を変えることでより多くの生成物を得る、という検討は化学産業で頻繁に行われています。

熱力学から化学平衡を理解すると平衡移動を深く理解できる

今回は化学熱力学から化学平衡が成り立つ条件を確認し、平衡定数の起源を学びました。そしてルシャトリエの原理を学び、系の圧力や温度などが変化したときに平衡がどのように移動するか学びました。

今回は一部割愛しましたが、ルシャトリエの原理もギブズエネルギーなどの熱力学の理論を使うことで説明することができます。平衡という現象は化学反応において非常に重要なものの一つであるため、もし余力がある方はご自身でも熱力学、溶液の物理化学を学んでみてはいかがでしょうか。高校化学では暗記するだけであった平衡定数の物理的な意味が理解できると化学反応に対する理解が更に深まるはずです。

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