この記事では「ジャンゼン・コンネル仮説」について学んでいこう。

聞きなれない用語かもしれないが、この仮説は森林にみられる多様性を理解するためのヒントになるものです。生態系や環境保護に興味のあるやつは知っておくといいぞ。

大学で生物学を学び、現在は講師としても活動しているオノヅカユウに解説してもらおう。

ライター/小野塚ユウ

生物学を中心に幅広く講義をする理系現役講師。大学時代の長い研究生活で得た知識をもとに日々奮闘中。「楽しくわかりやすい科学の授業」が目標。

ジャンゼン・コンネル仮説とは?

今回のテーマである「ジャンゼン・コンネル仮説(J-C仮説)」は、森林中の樹木の分布を左右するメカニズムに関する仮説の一つです。

ダニエル・ジャンゼン(Daniel Janzen)とジョセフ・コンネル(Joseph Connell)という二人の研究者がこの仮説にたどり着いたため、彼らの名前を冠した名称になりました。

ジャンゼン・コンネル仮説の内容を知るためには、実例や考え方の過程を追って見ていくのが一番です。

image by iStockphoto

さて、話を始める前に…皆さんの住まいの近くや身近なところに、森や林など、樹木がまとまって生えている場所はありますか?もしあれば、ぜひ今すぐにでも足を延ばして、確認してほしいことがあります。それは、”ある種の樹木の周りに、同じ種(樹木)の幼木が生えているか”です。

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公園のように人の手で植生が管理されているところでは、限られた樹木のみが生育しているかもしれませんが、あまり手入れされていないような森林では、多種多様な樹木を見ることができるでしょう。幼木も、生長の進んだ成木もすべて含め、ある1種の樹木がどのように分布しているか、確認してみてください。

\次のページで「1.ジャンゼンの観察」を解説!/

同じ種類の樹木が一か所に偏らず、まんべんなく分布しているようであれば、それはジャンゼン・コンネル仮説に当てはまる実例の一つかもしれません

では以下に、ジャンゼンとコンネル、二人の説を見ていきましょう。

1.ジャンゼンの観察

この仮説の提唱者の一人であるジャンゼンは、熱帯の生物を専門とする研究者です。彼は熱帯雨林で樹木を観察する中で、あることに気づきました。それが、「幼木は、その親である木の近くにはほとんど生えていない」という事実です。

ある種の樹木が生育していても、その子ども(もしくは同種の幼木)がすぐ近くに生えていないなんて、変だと思いませんか?

発想を転換すれば、これは「親木(もしくは同種の成木)の近くでは、その幼木が育ちにくい原因があるかもしれない」ということです。ジャンゼンは、同種の成木・親木に集まる病原体や捕食者が、幼木や実、種に影響を与えるのではないかと考えました。

そうですね。ある種の樹木に感染する細菌やウイルスがあり、すでにそれに感染した個体があった場合、その個体の近くほど感染しやすく、離れるほど感染確率は減少することがわかっています。この辺は、私たちの感染症対策につながるものがありますね。

特定の樹種に寄生する生物がいた場合も、やはり感染個体の近くにあるほど危険が及ぶでしょう。

捕食者についても似たようなことが言えます。ある種の樹木の葉が大好物な動物がいるとしましょう。背の高い成木の葉よりも、低いところに若々しい葉をつけた幼木があれば、そちらを先に食べてしまうかもしれません。あるいは、成木の葉を食べようとして幼木を踏みつけてしまうことも考えられます。

\次のページで「2.コンネルの観察」を解説!/

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色々と可能性は考えられますが…これらの要因が複雑に絡み合い、熱帯雨林では「幼木は、その親である木の近くにはほとんど生えていない」状態になるのではないか、とジャンゼンは考え、モデルを使って説明したのです。

2.コンネルの観察

一方、ほぼ同時期に同じような説明にたどり着いたのがコンネルでした。

コンネルはオーストラリアで熱帯雨林を観察し、同一種の小さな苗はひとかたまりになって生える傾向があることや、近くに同一種の個体があると小さな苗の致死率が高くなる傾向があることを見出します。

さらに実験では、成木が同じ種類の幼木近くに存在していることが、幼木の成長に影響をあたえることを示唆する結果や、成木の近くに散布された種子が遠くのものよりも捕食されやすいという結果も得ました。

そうです。コンネルも、「それぞれの樹木には、その樹に固有の捕食者・寄生者がおり、近くに生じた幼木にはその外敵が影響を及ぼす」という考えにたどり着きました。

3.「近くに同種が生えにくい」から「森林の多様性」へ

以上のように、ジャンゼンとコンネルはそれぞれ、「成木の近くでは同種の幼木が育ちにくい」という傾向をみいだしました。これは「成木によって来る捕食者や寄生者、病原体の影響を強く受けるため」というのが、要因の一つになっていると説明されていましたね。

森林においてこのような傾向が存在するのであれば、同種の樹木はある程度の間隔をあけてみられるようになるでしょう。

image by Study-Z編集部

一方で、ある樹木を特に好む(特異的な)捕食者や寄生者、病原体が同種の幼木に影響を与えるのだとすれば、別種の樹木は受ける影響は少ないと考えられますよね。異なる種の樹木同士であれば、近くに生育することによる悪影響も小さくなるとみられるのです。

つまり、自然に成立している森林においては、それぞれの樹木は比較的ばらばらになるよう分布し、同種ばかりがまとまって生えることは少なくなる。色々な樹種があちこちにみられるような、多様性が保たれる状態になると考えられます

\次のページで「植物の分布をよく見ること」を解説!/

はい、この考え方が「ジャンゼン・コンネル仮説」ということになります。

ただ、”仮説(hypothesis)”という呼称であることからもわかりますが、ジャンゼン・コンネル仮説には反対意見もあり、完全な結論に至っていないのが現状です。

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ジャンゼン・コンネル仮説の正確性を確かめるためには、地球上の様々な森林で、あらゆる樹種の分布や、各樹種の成木からの距離と生存率の関係、特定の樹種にとっての天敵(捕食者、病原体など)を除去したときに分布がどう変化するか…など、たくさんの検証をしなくてはいけません。

また、実験によってジャンゼン・コンネル仮説に沿うような結果が得られても、「ジャンゼン・コンネル仮説以外のメカニズムの影響を受けていないか」を確かめるのはとても難しいことです。

とはいえ、ジャンゼン・コンネル仮説を支持するような研究成果も多くでています。完全な立証は難しいかもしれませんが、森林の多様性維持においては決して無視できない”仮説”といえるでしょう。

植物の分布をよく見ること

「森にはいろいろな木が生えている」という認識は、当然のことのようにも思えます。ところが、「なぜそうなるの?」と聞かれれば、即答できない人がほとんどではないでしょうか。そんな”当たり前”がなぜ成立するのかを解き明かすことは、科学の研究における一つの醍醐味といえます。

みなさんも、身の回りの植物を眺めて「なぜそこに生えているのか」「どうしてそのような分布になっているのか」を考えてみましょう。何気ない光景でも、その裏にはまだ解明されていない自然のメカニズムが隠れているかもしれません。

イラスト使用元:いらすとや

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理科生態系生物

「ジャンゼン・コンネル仮説」とは?森林の多様性にかかわる仮説を現役講師がわかりやすく解説します

この記事では「ジャンゼン・コンネル仮説」について学んでいこう。

聞きなれない用語かもしれないが、この仮説は森林にみられる多様性を理解するためのヒントになるものです。生態系や環境保護に興味のあるやつは知っておくといいぞ。

大学で生物学を学び、現在は講師としても活動しているオノヅカユウに解説してもらおう。

ライター/小野塚ユウ

生物学を中心に幅広く講義をする理系現役講師。大学時代の長い研究生活で得た知識をもとに日々奮闘中。「楽しくわかりやすい科学の授業」が目標。

ジャンゼン・コンネル仮説とは?

今回のテーマである「ジャンゼン・コンネル仮説(J-C仮説)」は、森林中の樹木の分布を左右するメカニズムに関する仮説の一つです。

ダニエル・ジャンゼン(Daniel Janzen)とジョセフ・コンネル(Joseph Connell)という二人の研究者がこの仮説にたどり着いたため、彼らの名前を冠した名称になりました。

ジャンゼン・コンネル仮説の内容を知るためには、実例や考え方の過程を追って見ていくのが一番です。

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さて、話を始める前に…皆さんの住まいの近くや身近なところに、森や林など、樹木がまとまって生えている場所はありますか?もしあれば、ぜひ今すぐにでも足を延ばして、確認してほしいことがあります。それは、”ある種の樹木の周りに、同じ種(樹木)の幼木が生えているか”です。

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公園のように人の手で植生が管理されているところでは、限られた樹木のみが生育しているかもしれませんが、あまり手入れされていないような森林では、多種多様な樹木を見ることができるでしょう。幼木も、生長の進んだ成木もすべて含め、ある1種の樹木がどのように分布しているか、確認してみてください。

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