この記事では「中庸」について解説する。

端的に言えば中庸の意味は「かたよっていない」ですが、もっと幅広い意味やニュアンスを理解すると、使いこなせるシーンが増えるぞ。

情報誌系のライターを10年経験した柊 雅子を呼んです。一緒に「中庸」の意味や例文、類語などを見ていきます。

ライター/柊 雅子

イベントの司会や雑誌の記事作成を仕事としてきたライター、柊 雅子。我が身を振り返ってみて「中庸とは言い難い人生を送って来たなぁ」と思ったらしい。年齢を重ねても「かたよらないことが苦手」な柊 雅子が「中庸」について解説する。

「中庸」の意味や語源・使い方まとめ

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それでは早速「中庸」の意味や語源・使い方を見ていきましょう。

「中庸」の意味は?

「中庸」には、次のような意味があります。

【名詞・形容動詞】

1.かたよることなく、常に変わらないこと。過不足がなく調和がとれていること。また、そのさま。

2.アリストテレスの倫理学で、徳の中心になる概念。過大と過小の両極端を悪徳とし、徳は正しい中間(中庸)を発見してこれを選ぶことにあるとした。

【書物】

中国、戦国時代の思想書。1巻。子思の著と伝えられる。「礼記(らいき)」中の一編であったが、朱熹(しゅき)が「中庸章句」を作ったことから、四書の一として儒教の根本書となった。天人合一の真理を説き、中庸の誠の域に達する修養法を述べる。

 

典:デジタル大辞泉(小学館)「中庸」

思想書「中庸」は中国の春秋時代の学者で孔子の孫である子思が記したと言われている書物。道徳を重んじる儒教の基本となる四書(大学・中庸・論語・孟子)の一つに数えられ、中庸に至る道筋が記されています。

「中庸の徳たるや、それ至れるかな」とは孔子の言葉。「中庸は最高の徳である」という意味です。中庸は「かたよることがないこと・調和がとれていること」。「かたよることがないこと・調和がとれていること」が何故「最高の徳」になるのでしょうか。

かたよった考え方をしていると正しい判断ができません。例えば自他とも認める腕利きの医師がいたとします。その医師は「自分の判断は正しい」と思っているので、患者の声や他の医師の声に耳を傾けるようなことはありません。しかし、もしこの医師が誤診をしていたらどうなるのでしょうか。「自分の判断は正しい」と思い込むことはかたよった考え。「中庸」は正しい判断をするために必要なものなのです。

アリストテレスは古代ギリシアの哲学者。「ニコマコス倫理学」で「中庸」の重要性を説きました。

「中庸」の語源は?

次に「中庸」の語源を確認しておきましょう。

「論語」(孔子の死後、弟子達がその言行を記録した書物)の中で孔子が「中庸の徳たるや、それ至れるかな(中庸は最高の徳である)と語ったことがその由来と言われています。

\次のページで「「中庸」の使い方・例文」を解説!/

「中庸」の使い方・例文

「中庸」の使い方を例文を使って見ていきましょう。この言葉は、たとえば以下のように用いられます。

1.「誰かこの件について中庸な立場の人に話を聞いてもらい、どちらの考えが正しいか判断してもらおう」と彼は私に言った。

2.そのタレントは「私の発言が切り取られています。これは偏向報道と言えるのではないですか?中庸な報道をして下さい」と、テレビカメラに向かって言った。

3.「中庸とどっちつかずは違うよ」と、彼女は言った。

例文1,2は「かたよっていない」という意味の「中庸」です。

例文1は「彼」と「私」の間に何かしらの意見の相違があり、「どちらにもかたよっていない人にどちらの考えが正しいかを判断してもらおう」という意味。例文2は最近よく耳にする「偏向報道」を用いた例文です。「偏向報道」とは報道する側の考えが強く反映された報道のこと。「発言が切り取られている」は「(報道する側にとって)都合のいいように編集されている」という意味です。

例文3の「どっちつかず」は「曖昧」「中途半端」という意味をもつ言葉で、あまり良い意味では使われません。

「中庸」の類義語は?違いは?

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「かたよっていない」という意味をもつ「中庸」にはどんな類義語があるのでしょう。

「中道」

「中庸」と「中道」は「偏らない」という点では同じですが、意味合い的には少し異なります。

中庸が儒教用語であるのに対し、中道は仏教用語

中庸は「かたよることなく、常に変わらないこと」という意味で、中道は「両極端を避けた考え」という意味です。これを色に例えて、中庸は常に変わらない「白」だとしましょう。これに対して中道は「片方の端が白、もう片方の端が赤…この場合中央はピンク」「片方の端が白、もう片方の端が黒…この場合中央はグレー」…というようにその対象によって中道が示すところは違ってきますね。

「中庸」と「中道」は「かたよらない」という点では同じですが、意味合い的には少し異なります。

\次のページで「「中道」の対義語は?」を解説!/

「中道」の対義語は?

続いて「中庸」の対義語をみていきましょう。「中庸」の対義語にはどんな言葉があるのでしょうか。

「極端」

極端は「著しくかたよっていること」。「極」は「これ以上ないこと」という意味で、「端」は「長く続いているものの先端、末端」という意味です。「極」と「端」で「これ以上にない末端」という意味になりますよね。「これ以上ない末端」は「中心から一番離れているということ」…つまり「著しくかたよっていること」。「かたよることがなく、常に変わらないこと」という意味の「中庸」とは真逆の言葉です。

「中庸」の英訳は?

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中国春秋時代に生まれた「中庸」は英語ではどのように表現されるのでしょうか。

英文1.It is easy to say, \"the moderation is important in all\", but it is difficult to carry it out.

「全てにおいて中庸は重要だ」と言うことは簡単だが、それを実行するのは難しい。

英文2. A state of balance in philosophy is called the golden mean.

哲学ではバランスがとれている状態を中庸という。

英語で「中庸」を表す言葉は一つではありません。表したい意味によって表現方法が異なります

英文1は「かたよることなく、常に変わらない」という意味の「中庸」。moderation」は「適度、節度」という意味です。「適度、節度」は極端ではない状態を指すので「中庸」と訳すことができます。

例文2は哲学的な意味で用いられる「中庸」。「the golden mean」が「中庸」という意味です。

\次のページで「「中庸」を使いこなそう」を解説!/

「中庸」を使いこなそう

この記事では「中庸」の意味・使い方・類語などを説明しました。

「中庸」という言葉は堅苦しくて、日常生活ではあまり使わない言葉。しかし、意味や使い方を理解すれば使いこなせる言葉です。

日々変化する現代社会において、かたよることなく、常に変わらないという「中庸」の状態を保つことは非常に難しいことと言えます。そうであるから「中庸の徳たるや、それ至れるかな」(中庸は最高の徳である)と言えるのですね。

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国語言葉の意味

「中庸」の意味や使い方は?例文や類語をWebライターがわかりやすく解説!

この記事では「中庸」について解説する。

端的に言えば中庸の意味は「かたよっていない」ですが、もっと幅広い意味やニュアンスを理解すると、使いこなせるシーンが増えるぞ。

情報誌系のライターを10年経験した柊 雅子を呼んです。一緒に「中庸」の意味や例文、類語などを見ていきます。

ライター/柊 雅子

イベントの司会や雑誌の記事作成を仕事としてきたライター、柊 雅子。我が身を振り返ってみて「中庸とは言い難い人生を送って来たなぁ」と思ったらしい。年齢を重ねても「かたよらないことが苦手」な柊 雅子が「中庸」について解説する。

「中庸」の意味や語源・使い方まとめ

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それでは早速「中庸」の意味や語源・使い方を見ていきましょう。

「中庸」の意味は?

「中庸」には、次のような意味があります。

【名詞・形容動詞】

1.かたよることなく、常に変わらないこと。過不足がなく調和がとれていること。また、そのさま。

2.アリストテレスの倫理学で、徳の中心になる概念。過大と過小の両極端を悪徳とし、徳は正しい中間(中庸)を発見してこれを選ぶことにあるとした。

【書物】

中国、戦国時代の思想書。1巻。子思の著と伝えられる。「礼記(らいき)」中の一編であったが、朱熹(しゅき)が「中庸章句」を作ったことから、四書の一として儒教の根本書となった。天人合一の真理を説き、中庸の誠の域に達する修養法を述べる。

 

典:デジタル大辞泉(小学館)「中庸」

思想書「中庸」は中国の春秋時代の学者で孔子の孫である子思が記したと言われている書物。道徳を重んじる儒教の基本となる四書(大学・中庸・論語・孟子)の一つに数えられ、中庸に至る道筋が記されています。

「中庸の徳たるや、それ至れるかな」とは孔子の言葉。「中庸は最高の徳である」という意味です。中庸は「かたよることがないこと・調和がとれていること」。「かたよることがないこと・調和がとれていること」が何故「最高の徳」になるのでしょうか。

かたよった考え方をしていると正しい判断ができません。例えば自他とも認める腕利きの医師がいたとします。その医師は「自分の判断は正しい」と思っているので、患者の声や他の医師の声に耳を傾けるようなことはありません。しかし、もしこの医師が誤診をしていたらどうなるのでしょうか。「自分の判断は正しい」と思い込むことはかたよった考え。「中庸」は正しい判断をするために必要なものなのです。

アリストテレスは古代ギリシアの哲学者。「ニコマコス倫理学」で「中庸」の重要性を説きました。

「中庸」の語源は?

次に「中庸」の語源を確認しておきましょう。

「論語」(孔子の死後、弟子達がその言行を記録した書物)の中で孔子が「中庸の徳たるや、それ至れるかな(中庸は最高の徳である)と語ったことがその由来と言われています。

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