5分で分かる「理想溶液」溶液で成り立つ法則と背景に潜む物理現象とは?京大卒の研究者が丁寧にわかりやすく解説!
2.理想溶液とは
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前の章ではエントロピー、ギブズエネルギー、化学ポテンシャルといった溶液の物理化学を学ぶ上で重要なキーワードを学びました。次にこれらの用語を使って理想溶液について学んでいきましょう。
この章では「理想溶液」と「理想希薄溶液」というよく似た二つの用語を学びます。後者は「希薄」という言葉から分かるように溶媒に溶けている成分(溶質)の濃度が薄いときに当てはまる式です。この章でも数式が出てきますが、一つ一つの式の意味も説明するので一歩ずつ学んでいきましょう。
2-1.理想溶液とラウールの法則
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最初に学ぶのは「理想溶液」、そして理想溶液で成り立つ「ラウールの法則」です。まずはシンプルな系として単一の化合物である液体(純物質)を考えてみましょう。ある空間に液体がある場合、一部は蒸気として気体に変化します。このとき気体と液体が平衡状態、すなわち「気体→液体」に変化する量と「液体→気体」に変化する量が同じ状態ならば液体の化学ポテンシャルと気体の化学ポテンシャルは同一の値です。
さて、ここで純物質Aにもう一つの物質Bが混ざった場合を考えてみましょう。この場合、純物質の蒸気圧はpA*からpAに変化しており、以下の式で表されます。ここで上の式、下の式を組み合わせることで得られる液体中のAの化学ポテンシャルは以下の通りです。
この式でAのモル分率(物質量で表したAの比率)xAを用いてpA=xApA*と表される溶液を「理想溶液」と呼び、pA=xApA*の関係式を「ラウールの法則」と呼びます。つまり蒸気圧がモル分率に比例する液体が「理想溶液」と呼ばれるわけです。
2-2.理想溶液の解釈
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理想溶液では混合溶液に含まれる各成分の蒸気圧(分圧)がモル分率に比例すると説明しました。では、この式はどのような状態を反映しているのでしょうか。ポイントは「モル分率に比例する」という点です。「比例する」ということは混合溶液に含まれる化合物の性質が似ているということを反映しています。
Aのモル分率が0に近いとき、ほぼ1のときの溶液中の分子を考えてみましょう。モル分率がほぼ0ならば溶液中の分子Aの周りには分子Bが大量に存在し、Aのモル分率がほぼ1ならば分子Aの周りには別の分子Aが大量に存在します。このように全く異なる環境の溶液を同一の式で表すことができるということは「AとBの性質が似ている」、つまり「AとBの相互作用の大きさがほぼ同じ」ことを反映しているのです。
ちなみに理想溶液に似た挙動を示す溶液の例としてベンゼンとトルエンの混合溶液が挙げられます。ほぼ同じ化学構造をしているため、相互作用が同じになり、理想溶液に近い挙動を示すわけですね。
2-3.理想希薄溶液とヘンリーの法則
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ところで理想溶液の式に従わない溶液もたくさんあります。このような溶液ではモル分率に対する分圧が直線にはなりません。しかし溶質のモル分率がほぼ0、すなわち濃度が小さい領域においては溶質の分圧はモル分率に比例するという法則がイギリスの化学者ヘンリーによって見いだされました。これを「ヘンリーの法則」と呼び、溶質がヘンリーの法則に従い、溶媒がラウールの法則に従う混合物を「理想希薄溶液」と呼びます。
理想溶液は溶液の化学を理解するための第一歩
今回学習した「理想溶液」は実在の溶液を記述できるシンプルな考え方の一つです。もちろん実際の溶液では理想溶液の式に従わないものもありますが、大量の分子が存在する「溶液」を適切に表せる理想溶液の考え方は溶液を理解するための第一歩とも言えます。
溶液を理解するためにはエントロピーなどの熱力学の知識が必要です。熱力学は数式を用いた記述が中心であり、もしかしたら取っ付きにくいかもしれません。しかし熱力学を理解することで溶液や気体などを詳しく理解することができます。理想溶液を入り口として、熱力学、溶液の化学を学んでみると身近な物質の深い理解につながっていくことでしょう。