世の中の物質が炭素や水素、酸素などの原子から作られていることがみんなも知っているでしょう。このような物質は原子が一つ変わるだけで沸点などの様々な性質が変化する。では、このような性質の変化はなぜ起こるのでしょうか。
今日学ぶ「双極子-双極子相互作用」は酸素や塩素などの原子が含まれる分子で働く引力です。この相互作用のおかげで酸素や塩素を含む分子は沸点が高くなる。化学に詳しいライター珈琲マニアと一緒に学んでいこう。

ライター/珈琲マニア

京都大学で化学を学び、現在はメーカー研究職として勤務。学生時代に物理化学、量子化学を専門として学んでおり、分子に関する知識が豊富なライター。

1.分子の双極子

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本日学習するのは双極子-双極子相互作用です。この相互作用は非常に弱い力で、水素結合などに比べてあまり注目される力ではありません。高校の化学でも「水素結合」や「ファンデルワールス力」などは勉強しますが、双極子-双極子相互作用は学習しなかったのではないでしょうか。しかし実は双極子-双極子相互作用はファンデルワールス力の由来となる重要な相互作用の一つです。

双極子-双極子相互作用を学ぶためにこの章ではまず「双極子」について学んでいきましょう。そして次にどのような分子が双極子を生成するか見ていきましょう。

1-1.双極子

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双極子(ダイポール)とは二つの極、すなわちプラスの電荷とマイナスの電荷を両方持ったもののことです。以下に示す模式図に沿って説明しますね。ある場所にプラスの電荷(正電荷)qが存在し、距離dだけ離れた場所にマイナスの電荷(負電荷)-qが存在するとします。

ここである点Pに電荷を置いたときに正電荷、負電荷から受ける力を考えてみましょう。点Pは負電荷よりも正電荷のほうが近いため、正電荷の力をより強く受けます。つまり電荷の大きさが等しい正電荷、負電荷が短い距離を隔てて存在するとき、周りに電気的な力を及ぼすのです。そこでこの正電荷/負電荷のセットを「双極子」と呼んでいます。ちなみに双極子の大小は「双極子モーメント」で表され、その大きさは電荷の間の距離dと電荷の大きさqの積です。

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1-2.極性分子と双極子

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読者の方々の中には「双極子がどのように化学に関係しているのか」と感じた人もいるかもしれません。ところが水や塩化水素、アンモニアなど様々な分子が実は双極子になっているのです。

原子同士が共有結合を形成したとき、高校化学では原子の間に2つの丸を書いて2つの電子を共有していると表現します。しかし実際の電子は2つの原子の中間に存在しているわけではありません。電気陰性度と呼ばれる電子を引っ張る力は原子によって異なるため、電気陰性度に差がある場合、電子は片方の原子に偏るのです。

例えば塩化水素では塩素の電気陰性度が大きいため、塩素側に電子が偏った状態となります。このとき、塩素原子は電子が多いため負に帯電し、水素原子は正に帯電する、つまり塩化水素は双極子を形成しているのです。

2.分子間に働く様々な相互作用

前の章では双極子について学んだ後に塩化水素などの極性分子は双極子を形成していることを学びました。この章では分子の双極子同士がどのように相互作用、つまりお互いにどんな影響を与えているかを考えていきます。

初めに分子間の相互作用として代表的なものである「ファンデルワールス力」について学び、その後にファンデルワールス力の源の一つである双極子-双極子相互作用を学んでいきましょう。そして最後に双極子よりも大きな電荷を持つ「イオン」が双極子の近くにあった場合について考えていきます。

2-1.ファンデルワールス力

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ファンデルワールス力は分子の間に働く力である「分子間力」の一つであり、すべての分子に働く弱い引力です。ファンデルワールス力が主な引力となっている例として、二酸化炭素が固体になったドライアイスが挙げられます。ドライアイスは分子間に弱い引力が働いているため、固体として存在することができるのです。

ファンデルワールス力の源となる相互作用はいくつかあります。ロンドン分散力、双極子-誘起双極子相互作用、そして双極子-双極子相互作用。これらの相互作用はいずれも弱く、分子間の距離が非常に近いときにしか働きません。しかし、ロンドン分散力は全ての分子で、双極子-誘起双極子相互作用や双極子-双極子相互作用も多くの分子で働きます。ファンデルワールス力が働くからこそ全ての分子は冷やすと液体や固体になることができるのです。

2-2.双極子-双極子相互作用

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ではここから本題の双極子-双極子相互作用を学んでいきましょう。双極子とは正負、互いに反対の電荷を持っていることを説明しました。そして塩化水素などの極性分子は電子の偏りによって双極子を形成することも説明しました。では、双極子となった分子同士が近づくとどんな現象が起こるでしょうか。

ここでは極性分子としてジメチルエーテルを考えます。ジメチルエーテルは炭素と炭素の間に酸素が含まれた構造です。そして酸素のほうが炭素よりも電気陰性度が大きいため、この分子は酸素がマイナス、炭素がプラスになる双極子となり、分子のプラスと別の分子のマイナスが引き合います。これが双極子-双極子相互作用です。

当然ですが、双極子-双極子相互作用は双極子を形成する極性分子でしか生じません。従って極性分子は無極性分子よりも互いに強く引かれ合うということです。この引力の違いは物質の沸点の違いとして現れます。例えばジメチルエーテルとプロパンを比較してみましょう。これらの分子は似た構造を持っていますが、ジメチルエーテルの沸点のほうが約20℃高めです。これは双極子-双極子相互作用による引力による効果を表しています。

2-3.双極子-イオン相互作用

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最後に双極子とイオンの相互作用を考えてみましょう。先ほど双極子-双極子相互作用はプラスとマイナスの電気的な引力によるものと説明しました。それならば、電荷を持っているイオンとも双極子は相互作用してもおかしくないですよね。実際、双極子を形成している極性分子がイオンに近づくと、双極子-イオン相互作用によって引き合います。

塩(塩化ナトリウム)が水に溶ける、という現象を考えてみましょう。塩はプラスの電荷を持つナトリウムイオンとマイナスの電荷を持つ塩素イオンから成る物質であり、一方、水は酸素がマイナス、水素がプラスとなった双極子です。そのため塩を水に入れるとプラスのナトリウムイオンは水の酸素に、マイナスの塩素イオンは水の水素にそれぞれ近づき、結果的に水分子に囲まれます。一つ一つのイオンが水分子に囲まれるため、塩の結晶は消失、つまり「水に溶ける」という現象が起こるのです。

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双極子-双極子相互作用は様々な分子に働く小さな引力

今回紹介した「双極子-双極子相互作用」は分子の間に働く引力のなかでは弱い力です。ですが、酸素や塩素、窒素などが含まれる分子は双極子となるため、様々な分子で双極子-双極子相互作用が働きます。そしてこの相互作用によって沸点が高くなる、などの物性の変化が起こるのです。

双極子-双極子相互作用の他にも、水素結合や分散力、イオン結合など分子間には様々な相互作用が働いています。これらの相互作用は電子の偏りや電気的な引力で説明できることが多いので、今回学習した「双極子」や「電気陰性度」を軸に様々な相互作用を学んでみると分子に対する理解が深まることでしょう。

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化学有機化合物無機物質物質の状態・構成・変化理科量子力学・原子物理学

5分で分かる「双極子-双極子相互作用」分子に働く弱い電気の引力の正体は?京大卒の研究員がわかりやすく解説!

世の中の物質が炭素や水素、酸素などの原子から作られていることがみんなも知っているでしょう。このような物質は原子が一つ変わるだけで沸点などの様々な性質が変化する。では、このような性質の変化はなぜ起こるのでしょうか。
今日学ぶ「双極子-双極子相互作用」は酸素や塩素などの原子が含まれる分子で働く引力です。この相互作用のおかげで酸素や塩素を含む分子は沸点が高くなる。化学に詳しいライター珈琲マニアと一緒に学んでいこう。

ライター/珈琲マニア

京都大学で化学を学び、現在はメーカー研究職として勤務。学生時代に物理化学、量子化学を専門として学んでおり、分子に関する知識が豊富なライター。

1.分子の双極子

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本日学習するのは双極子-双極子相互作用です。この相互作用は非常に弱い力で、水素結合などに比べてあまり注目される力ではありません。高校の化学でも「水素結合」や「ファンデルワールス力」などは勉強しますが、双極子-双極子相互作用は学習しなかったのではないでしょうか。しかし実は双極子-双極子相互作用はファンデルワールス力の由来となる重要な相互作用の一つです。

双極子-双極子相互作用を学ぶためにこの章ではまず「双極子」について学んでいきましょう。そして次にどのような分子が双極子を生成するか見ていきましょう。

1-1.双極子

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双極子(ダイポール)とは二つの極、すなわちプラスの電荷とマイナスの電荷を両方持ったもののことです。以下に示す模式図に沿って説明しますね。ある場所にプラスの電荷(正電荷)qが存在し、距離dだけ離れた場所にマイナスの電荷(負電荷)-qが存在するとします。

ここである点Pに電荷を置いたときに正電荷、負電荷から受ける力を考えてみましょう。点Pは負電荷よりも正電荷のほうが近いため、正電荷の力をより強く受けます。つまり電荷の大きさが等しい正電荷、負電荷が短い距離を隔てて存在するとき、周りに電気的な力を及ぼすのです。そこでこの正電荷/負電荷のセットを「双極子」と呼んでいます。ちなみに双極子の大小は「双極子モーメント」で表され、その大きさは電荷の間の距離dと電荷の大きさqの積です。

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