化学において当たり前のように登場する「分子」ですが、みんなは分子が結合を作る理由を知っているか。分子が作られる理由を説明するためには量子化学の理論が必要です。
今日は最も単純な分子である「二原子分子」が作られる理由について量子化学の原理から一緒に学んでいこう。化学に詳しいライター珈琲マニアと一緒に解説していきます。

ライター/珈琲マニア

京都大学で化学を学び、現在はメーカーの研究職として勤務。学生時代の専門である物理化学、量子化学に関する知識が豊富なライター。

1.原子における電子の運動

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化学という学問は「原子や分子同士を反応させて新しいものを合成する学問」であり、「原子や分子の構造や性質を調べる学問」でもあります。では、そもそもなぜ原子は結合を形成して分子になるのでしょうか。この根本的な問題は量子化学が登場する20世紀初頭まで解消されていませんでした。

今回学習する「二原子分子」とは最もシンプルな分子であり、二原子分子の結合形成の仕組みを理解することは量子化学の入門となります。まずは分子の形成を学ぶ前に、結合形成に重要な役割を担う電子について学んでいきましょう。

1-1.電子の波動関数と電子軌道

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原子の中で陽子と中性子から構成される原子核の周りを電子は飛び回る、そのような原子モデルを高校で勉強された方々もいるのではないでしょうか。このモデルは直感的にはわかりやすいですが、電子の動きを正確に表しているわけではありません。このモデルでは「太陽の周りを回る地球」のように電子を球と見立てて考えています。しかし、実際の電子はこのような「球(粒子)としての性質」だけではなく、「波の性質」もあることが分かりました。

量子化学ではこのような電子の動きを「波動関数」と呼ばれる関数で表現します。波の性質を持つ電子の運動を表すので「波動」という言葉が入っているわけですね。そしてオーストリアの科学者であるシュレーディンガーは電子の運動を記述するために「シュレーディンガー方程式」を提案しました。この方程式を満たす波動関数を基にして描かれる電子の空間的な分布を「電子軌道」と呼び、量子化学では電子の動きを表すときに電子軌道や波動関数を用いています。

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1-2.電子の数と軌道のエネルギー

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次に各原子における電子軌道を考えてみましょう。炭素や酸素などの原子は原子番号と同じ数の電子を持っています。ではそれぞれの原子に存在する電子はどの電子軌道に入るのでしょうか。ここで重要になるのが各電子軌道のエネルギーの大きさです。

電子軌道のエネルギーは「エネルギー準位図」というエネルギーの高低を表した図で表現され、この図では原子の電子は低いエネルギーの電子軌道から順番に入ります。例題として、電子が少ない原子で考えてみましょう。電子数が1個の水素原子では最もエネルギーが低い1s軌道に入り、電子数が6個の炭素原子では最もエネルギーが低い軌道から順番に1s、2s軌道に2個ずつ、2p軌道に1つずつ入ります。

2.二原子分子の形成

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前の章では1つの原子に着目して電子の運動、エネルギーを考えました。次に原子の波動関数、電子軌道を用いて分子が作られるメカニズムを考えていきましょう。分子の形成を考えるときは「分子の波動関数は原子の波動関数を足し合わせることで得られる」という近似を使います。簡単に言うと、原子の電子軌道を足し合わせたら分子の電子軌道になるというわけです。

分子が作られるときにも「電子は低いエネルギーの電子軌道に入る」というルールが適用されます。つまり「原子の電子軌道に比べて分子の電子軌道のエネルギーが低いかどうか」という点が分子を作るかどうかの判断基準になるのです。この章では様々な二原子分子の形成メカニズムについて考えていきましょう。

2-1.水素分子の形成

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初めに最もシンプルな分子である水素分子を考えてみましょう。電子を1つ持っている2つの水素原子が近づくと、それぞれの電子軌道の重なりが起こります。ここでは理解しやすいように詳細な計算を省略して電子軌道の重なりについて説明しますね。

電子は波の性質も持っていると前の章で説明しました。波の性質を持った電子軌道が重なると、波の干渉のように軌道の強め合いや弱め合いが起こり、2つの新たな分子軌道が生まれます。このうち、片方の電子軌道のエネルギーは元の水素原子よりも低く、もう片方はエネルギーが高いです。そして水素は分子になることで合計2つの電子が元の水素原子よりも低いエネルギーの電子軌道に入ることができます。これは「分子を作ったほうが結果的にエネルギーがお得」な状態なので、水素は分子を形成するのです。

2-2.窒素分子の形成

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次に水素よりは電子が多い窒素分子について考えてみましょう。考え方は水素と同様で、原子の軌道を重ねて得られる電子軌道のエネルギーが原子の電子軌道に比べて低いかどうかがポイントです。ただし窒素原子は様々な電子軌道に電子が存在しているのが水素と異なります。

電子軌道を重ねた様子を以下の図で見てみましょう。2つの窒素原子が並んでいる方向(結合軸)と同じ電子軌道同士が重なると水素原子と近い分子の電子軌道が生まれます。次に結合軸とは別の方向を向いた電子軌道同士を重ねてみましょう。このとき、電子軌道の側面同士が重なった新たな電子軌道であるπ軌道が生成します。なお、結合軸と別方向を向いた軌道は2つずつあるため、生成するπ軌道も2種類です。

このような電子軌道の重なりによって原子の電子軌道よりもエネルギーが低い軌道が3つ、エネルギーが高い軌道が3つ生まれ、分子の結合形成に寄与した6個の電子はすべてエネルギーが低い電子軌道に入ることができます。これはエネルギー的にお得なので窒素も分子を形成するのです。

2-3.異なる原子の結合形成

最後に異なる原子の結合形成として、フッ素と水素が結合したフッ化水素を考えてみましょう。フッ素の2p電子軌道と水素の1s電子軌道が重なることで二つの分子軌道が生まれ、一つの分子軌道は原子のエネルギーよりも安定、もう一つの分子軌道は不安定になります。ここで分子軌道のエネルギーについて考えてみましょう。重要なポイントは「原子の電子軌道のエネルギーの大小関係が分子軌道のエネルギーに影響する」という点です。

以下の図を基にフッ化水素の電子軌道のエネルギーを考えていきましょう。結合形成に関与する水素の1s軌道はフッ素の2p軌道よりもエネルギーが高いため、分子軌道のうち、不安定なσ*軌道のエネルギーに近いのは水素の1s軌道、安定なσ軌道のエネルギーに近いのはフッ素の2p軌道になります。これは言い換えると、σ*軌道は水素の1s軌道に近い性質を示し、σ軌道はフッ素の2p軌道に近い性質を示すということです。このように、生成する分子の電子軌道の性質が原子の電子軌道のエネルギーの大小関係で決まるという点が異なる原子から成る二原子分子の特徴と言えます。

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二原子分子の形成を知ることは量子化学を理解する第一歩

原子間の距離が近づいて電子軌道が重なって分子が作られる、このメカニズムは量子化学が無ければ発見されなかったでしょう。そして分子形成の起源が分からなければ、この100年間で様々な材料が生まれなかったでしょうし、コンピューターなどの半導体も誕生しなかったかもしれません。つまり量子化学は私達の生活を大きく変えたとも言えます。

一方で量子化学を深く理解するのは簡単なことではありません。だからこそ量子化学を学ぶときは、まず二原子分子のような簡単なモデルから考えるのがおすすめです。そして更に深く理解したい場合はノートに数式を書きながら、数式の意味まで考察してみましょう。数式の意味がわかると理解がきっと深まるはずです。

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化学原子・元素有機化合物無機物質物質の状態・構成・変化理科量子力学・原子物理学

5分で分かる「二原子分子」量子化学を使って分子が作られる理由を考えよう!京大卒の研究者がわかりやすく解説!

化学において当たり前のように登場する「分子」ですが、みんなは分子が結合を作る理由を知っているか。分子が作られる理由を説明するためには量子化学の理論が必要です。
今日は最も単純な分子である「二原子分子」が作られる理由について量子化学の原理から一緒に学んでいこう。化学に詳しいライター珈琲マニアと一緒に解説していきます。

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京都大学で化学を学び、現在はメーカーの研究職として勤務。学生時代の専門である物理化学、量子化学に関する知識が豊富なライター。

1.原子における電子の運動

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化学という学問は「原子や分子同士を反応させて新しいものを合成する学問」であり、「原子や分子の構造や性質を調べる学問」でもあります。では、そもそもなぜ原子は結合を形成して分子になるのでしょうか。この根本的な問題は量子化学が登場する20世紀初頭まで解消されていませんでした。

今回学習する「二原子分子」とは最もシンプルな分子であり、二原子分子の結合形成の仕組みを理解することは量子化学の入門となります。まずは分子の形成を学ぶ前に、結合形成に重要な役割を担う電子について学んでいきましょう。

1-1.電子の波動関数と電子軌道

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原子の中で陽子と中性子から構成される原子核の周りを電子は飛び回る、そのような原子モデルを高校で勉強された方々もいるのではないでしょうか。このモデルは直感的にはわかりやすいですが、電子の動きを正確に表しているわけではありません。このモデルでは「太陽の周りを回る地球」のように電子を球と見立てて考えています。しかし、実際の電子はこのような「球(粒子)としての性質」だけではなく、「波の性質」もあることが分かりました。

量子化学ではこのような電子の動きを「波動関数」と呼ばれる関数で表現します。波の性質を持つ電子の運動を表すので「波動」という言葉が入っているわけですね。そしてオーストリアの科学者であるシュレーディンガーは電子の運動を記述するために「シュレーディンガー方程式」を提案しました。この方程式を満たす波動関数を基にして描かれる電子の空間的な分布を「電子軌道」と呼び、量子化学では電子の動きを表すときに電子軌道や波動関数を用いています。

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