国語言葉の意味

「所謂」の意味や使い方は?例文や類語をたくさんの文章に携わってきたライターがわかりやすく解説!

1.所以(ゆえん)    例文としては「この指紋があなたが犯人だと疑われる所以だ。」
2.所為(せい/しょい) 例文としては「私の所為をお詫びします。」
3.所詮(しょせん)     例文jとしては「あいつは所詮、役に立たない人物だった。」

1の「所以」は「理由」とか「いわれ」と言った意味です。「~する所以」といったように動詞につながります。

2の「所為」は、かつては「しょい」と読むのが正しかったのですが、「せい」と誤って読んだものがそのまま伝えられ、今日では双方の読み方とも誤りとされていません。「しわざ」「ふるまい」の意味で、結果を生んだことの原因や理由ということです。どちらかというとマイナスな出来事に対して使われます。

3の「所詮」は、「結局は」とか「最終的は」という意味です。会話でよく使われますが、文章の中ではあまり見かけません。「所謂」のように「一般的に言われていること」といった意味はなく、個人の主観的な考えで使われていることが多いです。

これらの言葉は漢字自体は「所謂」によく似ていますが、意味も使い方もまったく異なります。

「所謂」の語源は?

「所謂」はもともとは奈良時代の漢文に書かれた言葉にその起源をみることができます。漢文の「所謂」が、古来日本語の動詞「言う」の未然形「いは」に受け身の助詞「ゆ」を繋げた連体形の言葉として誕生しました。現代では「所謂」が常用漢字にないため、漢字で書かれることは少なく、「いわゆる」とひらがなで書かれることの方が多くなったのです。

「所謂」の使い方・例文

「所謂」の使い方を例文を使って見ていきましょう。この言葉は、たとえば以下のように用いられます。

1.今彼は、所謂糖尿病を患っている。
2.彼女の勉強する姿は所謂鬼人そのものです。
3.あいつは所謂ひきこもりだ。

1の例文は彼の病気は「糖尿病」であると端的に表現する目的で「所謂」が用いられています。

2の例文は鬼人という言葉が連想させるその人のイメージを聞き手にインパクトを与える目的で「所謂」が用いられているのです。

3の例文は本人としては言いたくないのだが、世間でいうところのひきこもりということで「所謂」が用いられています。

「所謂」と言ってから発言する人としては「本当はそのように言いたくないが世間でそう言われているのでそれに準じる」とか「聞き苦しい言葉かもしれないが世間でそう言われているのでそのように言う」といった言い訳的な気持ちが潜んでいますね。

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