身の回りのものは温度を下げていくと液体、固体に変化していくことは知っているな。実は酸素や二酸化炭素、メタンガスのような普通の温度では気体である物質も温度を下げると液体、固体になるんです。ではなぜすべての物質は温度を下げると液体、固体になるのでしょうか。
今日勉強するロンドン分散力という力は多くの分子の間に働く引力の一つです。そしてロンドン分散力のおかげで液体や固体として分子が集まることができる化合物も数多くある。化学に詳しいライター珈琲マニアと一緒に学んでいこう。

ライター/珈琲マニア

京都大学で化学を学び、現在はメーカーで研究職として勤務。学生時代の専門は物理化学であり、量子化学、分子や原子に関する知識が豊富。

1.分子間に働く引力と分子の性質

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世の中のすべての物質は水素や炭素、酸素などの原子から構成されており、原子の組み合わせが変わることで物質の性質は大きく変わります。例えば都市ガスとして用いられるメタン、肥料の原料となるアンモニア、我々の生命活動に欠かせない水、これらの化合物の構造は中心の原子が違うだけです。しかしこれらの化合物の沸点、融点などの基本的な性質は全く異なります。

では化合物の性質の違いはなぜ生まれるのでしょうか。もちろん一つの理由で完璧な説明をすることはできませんが、一つのヒントになる考え方として「分子内に働く引力」を紹介します。分子に働く引力は様々であり、今回学ぶロンドン分散力もそのうちの一つです。

1-1.電子の偏りによる静電気的な引力

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水とアンモニア、メタンの沸点を比較してみましょう。すると、水の沸点が他の分子よりも100℃以上高いことがわかりますね。この沸点の差を考察する際に重要なのが「電気陰性度」という用語です。電気陰性度とは電子を引きつける力であり、周期表の右上になるほど強くなります(ただし希ガス元素は除きます)。

電気陰性度を踏まえて改めて分子構造を見てみましょう。水の酸素、アンモニアの窒素は水素よりも大きな電気陰性度を持っており、水素から電子を引っ張ります。電子はマイナスの電荷を持っているため、電子が偏ることで分子の中にプラスとマイナスの電荷が発生。ある分子のプラス電荷と別の分子のマイナス電荷の間で静電気的な引力が働きます。液体から気体になるためにはこの引力に打ち勝つ必要があるため、水やアンモニアはメタンよりも沸点が高くなるのです。

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1-2.ファンデルワールス力

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次にメタンについて考えてみましょう。炭素の電気陰性度は水素とほぼ同じであるため、水やアンモニアのように電子の偏りは生まれません。しかしメタンも低温まで冷やすことで液体や固体に変化することから、分子間で弱い引力が働いていることがわかります。

この力は「ファンデルワールス力」と呼ばれる引力であり、多くの分子で発生する引力です。そしてファンデルワールス力によって形成される結晶を分子結晶と呼び、代表例としてドライアイスなどが挙げられます。実はロンドン分散力とはファンデルワールス力の源となる力であり、その原理を理解するためには量子化学の理論が必要です。次の章からロンドン分散力について詳しく見ていきましょう。

2.原子や分子に存在する電子の動きとロンドン分散力

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前の章で、ファンデルワールス力とは多くの分子で生じる引力であり、その源はロンドン分散力であると説明しました。ではロンドン分散力はなぜ多くの分子で生じるのでしょうか。

ポイントは「瞬間的な電子の偏り」です。分子の中で電子は常に動き回っており、ある瞬間を切り取ると電子の偏りが生じます。この電子の偏りによって生まれる引力がロンドン分散力です。そこでロンドン分散力を理解するためにまずは分子の中の電子の運動について学んでいきましょう。

2-1.原子の電子存在確率

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高校の化学で電子、陽子、原子核という言葉を勉強したときに原子核の周りを球状の電子が運動するというモデルを学んだのではないでしょうか。このモデルは直感的には理解しやすいですが、量子化学の理論から見ると正しいモデルではありません。

量子化学の発展により、電子は粒と波の両方の性質を持っていることがわかりました。そして電子が「どの位置に存在して、どのような動きをしているか」同時に正確に特定することはできないこともわかりました。そこで量子化学では電子の動きを考えるとき、電子の位置を確率として表します。そのような電子の存在確率を3次元で表したものが電子軌道です。

2-2.分子の電子存在確率と誘起双極子

次に分子の中に存在する電子の動きを考えてみましょう。詳細な理論を省略して簡潔に説明すると、分子の電子軌道は原子の電子軌道の足し合わせで書くことができます。前の章で電子は波の性質を持っていると説明しました。そのため2つの電子軌道を足し合わせたときに軌道の強め合い、弱め合いが起こります。

新たに生まれた分子軌道の中を動き回っている電子を対象に、ある瞬間の電子の分布を見てみましょう。長い時間で見た場合、電子は分子軌道の中を偏りなく飛び回っていますが、ある瞬間を切り取ると電子の偏りが起こり、分子の中でプラスとマイナスの電荷が存在しています。このプラスとマイナスの電荷は誘起双極子と呼ばれており、この誘起双極子同士の引力がロンドン分散力の源です。

2-3.誘起双極子とロンドン分散力

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最後にロンドン分散力について見ていきましょう。先程説明したように多くの分子では、ある瞬間を切り取ると電子の偏りが生じており、プラスとマイナスの電荷を持った誘起双極子が生まれます。この誘起双極子を持った分子が別の分子に近づくと何が起こるでしょうか。

誘起双極子を持った分子に近づいた分子もプラスとマイナスの電荷を持つようになり、結果的に誘起双極子が生まれ、ある分子のプラスと隣の分子のマイナス部分が引き合うことで電気的な引力が生まれます。この引力がロンドンの分散力です。

なお、ロンドンの分散力に由来するエネルギーは誘起双極子同士の距離、すなわち分子同士の距離の6乗に逆比例します。つまり距離が離れると急激に分散力が弱まるというわけです。また、ロンドン分散力は水のように常に電荷の偏りが生じている化合物の静電気的な引力に比べると非常に弱い力となります。そのため、ロンドン分散力(ファンデルワールス力)でつながった分子は低温でも引力を乗り越えて気体になることができるのです。

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原子や分子内の電子の動きは身近な自然現象と繋がっている

多くの分子、化合物にも働く「ファンデルワールス力」の源が今回紹介した「ロンドンの分散力」であり、この力は量子化学の特徴の一つである電子分布の瞬間的な偏りによって生まれます。電子の位置と動きを確率で表すというのは量子化学特有の考え方であり、イメージしにくいかもしれません。

しかし量子化学の考え方を取り入れることで分子や原子の動きの理解が進み、化合物の沸点といった身近な現象を説明できるようになりました。量子化学のような基礎的な学問が身近な自然現象とリンクする、それこそが化学の面白さの一つかもしれませんね。

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化学原子・元素物質の状態・構成・変化理科量子力学・原子物理学

5分で分かる「ロンドン分散力」多くの分子に働く引力の正体とは?京大卒の研究者がわかりやすく解説!

身の回りのものは温度を下げていくと液体、固体に変化していくことは知っているな。実は酸素や二酸化炭素、メタンガスのような普通の温度では気体である物質も温度を下げると液体、固体になるんです。ではなぜすべての物質は温度を下げると液体、固体になるのでしょうか。
今日勉強するロンドン分散力という力は多くの分子の間に働く引力の一つです。そしてロンドン分散力のおかげで液体や固体として分子が集まることができる化合物も数多くある。化学に詳しいライター珈琲マニアと一緒に学んでいこう。

ライター/珈琲マニア

京都大学で化学を学び、現在はメーカーで研究職として勤務。学生時代の専門は物理化学であり、量子化学、分子や原子に関する知識が豊富。

1.分子間に働く引力と分子の性質

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世の中のすべての物質は水素や炭素、酸素などの原子から構成されており、原子の組み合わせが変わることで物質の性質は大きく変わります。例えば都市ガスとして用いられるメタン、肥料の原料となるアンモニア、我々の生命活動に欠かせない水、これらの化合物の構造は中心の原子が違うだけです。しかしこれらの化合物の沸点、融点などの基本的な性質は全く異なります。

では化合物の性質の違いはなぜ生まれるのでしょうか。もちろん一つの理由で完璧な説明をすることはできませんが、一つのヒントになる考え方として「分子内に働く引力」を紹介します。分子に働く引力は様々であり、今回学ぶロンドン分散力もそのうちの一つです。

1-1.電子の偏りによる静電気的な引力

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水とアンモニア、メタンの沸点を比較してみましょう。すると、水の沸点が他の分子よりも100℃以上高いことがわかりますね。この沸点の差を考察する際に重要なのが「電気陰性度」という用語です。電気陰性度とは電子を引きつける力であり、周期表の右上になるほど強くなります(ただし希ガス元素は除きます)。

電気陰性度を踏まえて改めて分子構造を見てみましょう。水の酸素、アンモニアの窒素は水素よりも大きな電気陰性度を持っており、水素から電子を引っ張ります。電子はマイナスの電荷を持っているため、電子が偏ることで分子の中にプラスとマイナスの電荷が発生。ある分子のプラス電荷と別の分子のマイナス電荷の間で静電気的な引力が働きます。液体から気体になるためにはこの引力に打ち勝つ必要があるため、水やアンモニアはメタンよりも沸点が高くなるのです。

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