地震が頻発する日本では、少しでも被害を防ごうとと「緊急地震速報」という仕組みが作られている、これはP波とS波2種類の地震波の伝達速度の違いを利用したもので、震源からの距離があるほど早めに警報を出すことができる。この記事では、この仕組みに関する基礎的な解説と、そもそもなぜ2種類の地震波で速度が違ってくるかについても触れたい。理科教員免許を持ったライターR175と解説していく。

ライター/R175

とある国立大の理系出身。理科の教員免許持ち。共通テストでも重視される「日常の身近な現象との結びつけ」を重視して分かりやすい解説を強みとする。

1.緊急地震速報とP波S波

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日本列島は環太平洋造山帯の一部で、小さな地震も含めると年間2000回程度も発生しており、非常に地震が多い国です。巨大地震を予測出来ればかなりの被害を防ぐことができます。早い段階で正確に予測出来ればそれに越したことはありませんが、技術的なハードルが高いです。せめて数分、いや数十秒前に予測出来ればかなりの被害が防げます。そこで登場したのが緊急地震速報です。地震のエネルギーのうち地盤中を伝わるのは主にP波とS波2種類の地震波によって伝わりますが、このP波とS波の到達時間の違いを利用します。P波はS波より伝達が速いため、最初にP波による揺れを検知した段階で、S波が到達して主要動が起きるのを予測するシステムです。

地震波(実体波)

地震波(実体波)

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まずは、地震の衝撃を伝える地震波には、地球内部を伝わるP波S波などの「実体波」と地表面を伝わるラブ波やレイリー波などの「表面波」があります。ここでは揺れの予測に関係する実体波のP波とS波についてまとめておきましょう。

P波

地球内部を伝わり、地盤を伝播するのが速い(短時間で到達する)縦波で、「ドン」と縦揺れ(初期微動)を引き起こすもの。震源が近い直下型地震の場合は、この縦揺れが強く大きな被害を引き起こします。例えば、1995年に発生した阪神淡路大震災では、縦揺れによって停車中の列車が浮かび上がる(列車がジャンプする)ほどでした。縦揺れによる加速度が重力加速度gを上回ったということで、かなり大きな揺れです。

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\次のページで「S波」を解説!/

S波

地盤を伝わるのが遅い(到達に時間がかかる)横波です。「グラグラ」と横湯れ(主要動)を引き起こします。

初期微動継続時間

P波による揺れ(縦揺れ)が初期微動であり、初期微動継続時間はP波が来てからS波が来るまでの間の時間のことです。ちなみに初期微動という名前がついていますが、先述のとおり震源が直下の場合は大きな揺れとなります。

主要動(横揺れ)を予測

直下型地震ではP波による揺れも大きな被害となりますが、家屋倒壊の観点からすると問題になってくるのは横揺れの方です。横揺れを引き起こすのがS波ですから、P波による揺れを観測した段階でS波の到達を予測出来れば大きな揺れが来るのを事前に知ることが出来ますね。S波が到達に要する時間は、P波の約1.7倍であるため、その到達時間の差分だけ猶予が生まれますが、その間に少しでも対策をしようというのが緊急地震速報です。

 

しかし、震源に近い場所では猶予が小さいため緊急地震速報は間に合いません。震源から離れた地域だけでも何とか被害を小さくしようとするのが狙い。

なぜ地震波の伝わる速さが違うのか?

そもそもなぜP波とS波は伝達する速度が違うのか?また、前述にてP波の速度はS波の約1.7倍としていますがこれはどこから出てくる数値なのでしょうか。

3.振動の伝わり方

まずは物体に振動が伝わる速さは何が関係してくるのかみておきましょう。質量mの物体に繋がっているバネ定数kのバネが繋がっているとして、バネの振動の伝わり方を見ていきましょう。

まずはつり合い式

物体と地面には摩擦がない物として、力のつり合い式を立てます。 物体の加速度をa、バネの変位をxとすると、

ma=-kx

変位が右向きの時(バネが伸びている時)はバネが元に戻ろうとして左向きの力が、変位が左向きなら(バネが縮んでいる時)は元に戻ろうとして右向きの力が働きますね。つまり、バネの変位と力の向きは逆に向きになるので右辺に-が付いているわけです。

加速度と変位の関係から振動の伝わる速さを求める

上記のつり合い式から、振動=波の伝わる速さを導くことができるのです。前提として、振動=波は一定範囲の振幅を一定周期で繰り返し、一般的に時刻tにおける変位xは以下のように表せます。

x=A sin(ωt)

ωは角振動数と呼ばれるパラメータで、1秒当たりに何ラジアン進むかを表すものです。つまり、このωが求まれば波の進む速さを知ることが出来ますね。次に加速度aですが、これは物理的な定義から変位xを時間tで2回微分すれば求まります。

 

a=- A ω^2  sin(ωt)=-ω^2 X

これをつり合いの式に代入すると、

-m ω^2 X= -k X

よってω=√(k/m)

振動の伝わる速さに関係するのは物体の質量とバネ定数。地震波が伝わる地盤に置き換えると、密度と弾性係数になります。

P波とS波の伝わり方

P波とS波で伝達速度が違うのは、伝わり方が違うからです。

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\次のページで「S波の伝播と弾性係数」を解説!/

S波の伝播と弾性係数

S波は横波として伝わり、横波とは進行方向と振幅の方向が垂直な波のことで、震源からイラストのようなイメージで伝わり横揺れを引き起こします。

ここで出てくるμは剛性率と呼ばれるもので、せん断力による変形のしやすさを示すもの。せん断力とは、ある断面に対して垂直な方向に力を加わわる力で、せん断ひずみはイラストのような定義です。
S波は横波なので、振幅の方向にせん断力がかかっているものとして考え、kに当たる部分にはμが入ります。

P波の伝播と弾性係数

P波は縦波として伝わる振動です。縦波とは、進行方向と振幅の方向が一致している波ののこと。長いバネの一端を固定してもう一端から縮めると、その歪みが次々と伝わっていき、伸びている部分と縮んでいる部分が交互にできることでしょう。伸びているところは「」になっていて、縮んでいるところは「」になっていることから疎密波とも呼ばれます。P波は震央からイラストのようなイメージで伝わり縦揺れを引き起こすもの。


P波の式ではkにあたる部分が3μになっていますね。これは縦波の場合は1方向のせん断力ではなく、3方向とも関係してくるからです。地盤を縦方向に伸ばすと、左右方向や奥行き方向にてスリムになろうとします。と言うことは、その方向のせん断も考慮する必要があり、3方向のせん断とも関係してくるから3μになっているとイメージしましょう。

P波はS波の1.7倍速い

P波はkに当たる値がS波の3倍になることから、伝播速度は3≒1.7倍になることが分かります。

等方性とは、どの方向で見ても性質が等しい様のこと。今回は弾性率がどの方向でも等しい、つまり左右方向に押しても、上下方向に押しても、前後方向に押しても「硬さ」は変わらない状態を仮定しています。

また、上下方向だけ硬く、左右方向は柔らかいと言うように方向によって異なる場合が「異方性」です。硬さだけではなく、例えば温度の伝わり方、液体の浸透の速さなど、光の透過の仕方などでも同様です。

 

きちんと導き出すためには、応力テンソル、弾性係数テンソルたる記述をする必要があり、テンソルとは簡単に言うと「行列」のようなもので、各断面の各方向に働く力と変形の関係(スカラー場で言うf=kx)をまとめて表示したものですが、これらの詳細説明は割愛します。

地震波の速度はどれくらいか?

そもそも、地震波の速度はどの程度なのでしょうか。例えば、P波が光速度と同じくらいであればP波であろうとS波であろうとほぼタイムラグは生まれませんね。

 

地震波の速度はP波でおよそ5〜7km/s。S波は3〜4km/sです。ここではP波が7km/s、S波が4km/sだったとしましょう。

P波到達からS波到達までの猶予は?

P波到達からS波到達までの猶予は?

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阪神淡路大震災を起こした兵庫県南部地震において、震源の深さが16kmでした。震源地から神戸市の中心部までの距離は約16kmとすると震源から市街地地表面までは約22.7km。P波の到達まで3.2秒、S波の到達まで5.7秒、その差はわずか2.5秒です。大都市に近い地点を震源とする直下型地震では猶予が短くなります。これだと緊急地震速報を使っても原理的に間に合わないわけです。

東日本大震災での緊急地震速報

東日本大震災の震源は宮城県沖130km、震源の深さは24kmです。P波の速度を7km/s、S波を4km/sとした時、P波が到達してからS波到達するまでのタイムラグは、震源に最も近い海岸の地点で何秒になるでしょうか。

 

水平距離が130km、鉛直距離が24kmで震源からの距離は132km。P波到達までは18.9秒、S波到達までは33秒、その差は14.1秒です。僅かな時間ではありますが、火を消したり安全な姿勢を取ったりすることは出来るかもしれません。実際、東日本大震災の時はテレビ等で緊急地震速報が流れ番組が中断、すぐに速報ニュースへと切り替わったことは記憶に新しいですね。ただし、震源が陸地から遠くプレートのずれが原因での「海溝型」地震は「津波」への警戒が必要です。

S波がP波より遅い理由

地盤中を伝わる地震波には主にP波とS波があり、P波はS波より伝達が速いが、この理由は波の伝わり方が異なるから。P波は地盤中を縦波として、S波は横波として伝わります。波の伝播速度は「弾性係数」に依存しますが、横波は1方向のせん断が、縦波は3方向のせん断が影響するため「弾性係数」に相当する数値が異なり伝播速度が異なるわけです。

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地学地球理科

P波S波とは?緊急地震速報の仕組みと関連付けながら理科教員免許持ちのライターがわかりやすく解説

地震が頻発する日本では、少しでも被害を防ごうとと「緊急地震速報」という仕組みが作られている、これはP波とS波2種類の地震波の伝達速度の違いを利用したもので、震源からの距離があるほど早めに警報を出すことができる。この記事では、この仕組みに関する基礎的な解説と、そもそもなぜ2種類の地震波で速度が違ってくるかについても触れたい。理科教員免許を持ったライターR175と解説していく。

ライター/R175

とある国立大の理系出身。理科の教員免許持ち。共通テストでも重視される「日常の身近な現象との結びつけ」を重視して分かりやすい解説を強みとする。

1.緊急地震速報とP波S波

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日本列島は環太平洋造山帯の一部で、小さな地震も含めると年間2000回程度も発生しており、非常に地震が多い国です。巨大地震を予測出来ればかなりの被害を防ぐことができます。早い段階で正確に予測出来ればそれに越したことはありませんが、技術的なハードルが高いです。せめて数分、いや数十秒前に予測出来ればかなりの被害が防げます。そこで登場したのが緊急地震速報です。地震のエネルギーのうち地盤中を伝わるのは主にP波とS波2種類の地震波によって伝わりますが、このP波とS波の到達時間の違いを利用します。P波はS波より伝達が速いため、最初にP波による揺れを検知した段階で、S波が到達して主要動が起きるのを予測するシステムです。

地震波(実体波)

地震波(実体波)

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まずは、地震の衝撃を伝える地震波には、地球内部を伝わるP波S波などの「実体波」と地表面を伝わるラブ波やレイリー波などの「表面波」があります。ここでは揺れの予測に関係する実体波のP波とS波についてまとめておきましょう。

P波

地球内部を伝わり、地盤を伝播するのが速い(短時間で到達する)縦波で、「ドン」と縦揺れ(初期微動)を引き起こすもの。震源が近い直下型地震の場合は、この縦揺れが強く大きな被害を引き起こします。例えば、1995年に発生した阪神淡路大震災では、縦揺れによって停車中の列車が浮かび上がる(列車がジャンプする)ほどでした。縦揺れによる加速度が重力加速度gを上回ったということで、かなり大きな揺れです。

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