現代社会

「阪神間モダニズム」とは?鉄道がつくった近代的な文化について元大学教員が3分でわかりやすく解説

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阪神間モダニズムは、郊外で健康的に暮らしたいと思う女性の支持を得ることでさらに広がった。そのため、高級感だけではなく暮らしやすさを大切にすることも、このエリアの地域開発の課題となった。

阪神間モダニズムの建築物1 甲子園会館

image by PIXTA / 42473989

もともとホテルとして開館したのが甲子園会館。モダンなデザインによる最新のホテルとしてオープンするものの、第二次世界大戦の影響もありホテルとしての歴史はほとんどありません。しかしながら現在は、阪神間モダニズムを象徴する建物のひとつとして地域の人々の愛されています。

遠藤新が設計したホテル

阪神間モダニズム建築のひとつとされる甲子園会館があるのは兵庫県西宮市。フランク・ロイド・ライトの愛弟子の一人である遠藤新が設計したものです。1930年に甲子園ホテルとして建てられましたが、太平洋戦争の影響により、ほとんど使用されずに軍に接収されました。

遠藤新は、帝国ホテルに設計を担当していたフランク・ロイド・ライトの建築設計事務所に勤務。予算を大幅に上回ったことで対立を深めたライトは帝国ホテルの担当を解雇。遠藤が引き継ぐことになりました。その後も遠藤はライトの影響を受けた建築物を作り続けます。

現在は武庫川学院大学建築学科の建物

太平洋戦争が終わった後、甲子園ホテルはアメリカ進駐軍の将校宿舎として使われます。10年後、旧大蔵省が管理していたものの、1965年に武庫川学院が文化遺産を保護するために国から譲り受けました。歴史的に貴重な建物であるため、それを保存するべきだと学院は判断したからです。

そして甲子園ホテルは甲子園会館と名を改め、学生が授業を受ける教室として利用。さらには、由緒ある建物のため見学者も受け入れるようになりました。さらに最近は、市民向けのオープンカレッジとして一般公開しています。戦争によりほとんど使われなかった甲子園ホテルは、地域の人々が気軽に出入りできる、地元密着型の場所に生まれ変わりました。

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甲子園会館は、兵庫県の景観形成重要建造物に指定され、さらにはDOCOMOMO JAPANによる「日本におけるモダン・ムーブメントの建築」にも選ばれた。機会があったら見学してみたい建物だ。

阪神間モダニズムの建築物2 ヨドコウ迎賓館

旧山邑家住宅(ヨドコウ迎賓館)
663highland投稿者自身による作品, CC 表示 2.5, リンクによる

ヨコドウ迎賓館は、もともとの名前は旧山邑家住宅。フランク・ロイド・ライトが日本で設計した個人住宅です。1989年からヨコドウ迎賓館という名前で一般公開されるようになりました。

フランク・ロイド・ライトが設計

ライトが設計した住宅とされていますが、1922年にアメリカに帰国しているため、建てる作業はライトの弟子である遠藤新と南信によるものです。酒屋である櫻正宗の八代目当主である山邑太左衛門の別邸として建てられました。

ライトによる設計で、完全なかたちで残っている住宅は、このヨコドウ迎賓館が唯一とされています。歴史的な貴重さもあり、大正時代よりあとに作られた、鉄筋コンクリート造り建造物として、はじめて重要文化財に指定されました。

自然と調和した近代的なデザインが特徴

ヨコドウ迎賓館は、丘のうえの急斜面に立っているため、自然と建物を絶妙に調和させていることが特徴。窓から見る景色は相当の絶景です。建物は近代的なデザインの鉄筋コンクリート造り。自然と人工を調和させるライトの狙いが表現されています。

個人の別邸として使用されていましたが、1947年から淀川製鋼所が所有するように。社長邸や独身寮として使用されたのち、現在は淀川製鋼所迎賓館として一般に公開されています。内部の部屋や食堂を見学したあと、忘れずに立ち寄りたいのがバルコニー。海や市街の風景を一望できます。

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