この記事では「嗚咽」について解説する。

端的に言えば嗚咽の意味は「むせび泣く」ですが、そもそも「むせび泣く」とはどんな泣き方なのでしょうか。また、「嗚咽」は近年指摘されている有名な誤用がある。「嗚咽」の正確な意味やニュアンスを理解すると、使いこなせるシーンが増えるぞ。

博士(文学)で日本語研究家の船虫堂を呼んです。一緒に「嗚咽」の意味や例文、類語などを見ていきます。

ライター/船虫堂

博士(文学)。日頃から日本語と日本語教育に対して幅広く興味と探究心を持って生活している。生活の中で新しい言葉や発音を収集するのが趣味。新人の時に同期の同僚の「(緊張のあまり)昨夜は嗚咽が止まりませんでした」という発言を聞いたことがある。

「嗚咽」の意味や語源・使い方まとめ

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それでは早速「嗚咽(おえつ)」の意味や語源・使い方を見ていきましょう。「嗚咽」とは、端的に言うと「むせび泣く」という意味があると言われ、「嗚咽を漏らす」のように使います。泣き方を表す語はいろいろあって、「むせび泣く」もメディアや文学作品などでしばしば目にする言葉です。しかし、「むせび泣く」の正確な意味を理解している人は意外に少ないのではないでしょうか。

次項から「嗚咽」の意味と説明でよく使われる「むせび泣く」の意味についてまずは辞書の記載内容を確認してみましょう。

「嗚咽」の意味は?

「嗚咽」と「むせび泣く」の意味について、ニッコクこと『精選版 日本国語大辞典』(小学館)を引いてみましょう。以下のような説明と用例が載っています。

嗚咽(お-えつ)

〘名〙 むせびなくこと。すすりなき。

※日本往生極楽記(983‐987頃)聖徳太子「吾不久遊五濁。妃即反袂嗚咽」 〔蔡琰‐悲憤詩〕

噎泣(よみ)むせびなき

〘名〙 むせび泣くこと。
※うつせみ(1895)〈樋口一葉〉四「むせび泣(ナ)きの声聞え初めて断続の言葉その事とも聞わき難く」
〘自カ五(四)〙 喉(のど)をつまらせて泣く。しゃくりあげながら泣く。むせびかえって泣く。
※大慈恩寺三蔵法師伝承徳三年点(1099)七「侍臣及び僧、鯁(ムセ)ひ泣(ナ)か不といふこと無し」

『精選版 日本国語大辞典』の語釈を総合すると、「嗚咽」、「むせび泣く」とは悲しみのあまり声をを詰まらせて、流れる涙に鼻をすすって、しゃくりあげて泣くということになります。泣き方としてはかなり強い悲しみを表す部類でしょう。大声を上げてわめくというよりは、必死に声を殺して、それでも感情のあまり声にならない声が漏れ出てしまうという点が他の泣き方との違いを表す特徴です。

\次のページで「「嗚咽」の熟語の構成は?」を解説!/

「嗚咽」の熟語の構成は?

次に「嗚咽」を構成する漢字の意味を確認しておきましょう。

「嗚」は口へんに烏(からす)という作りの漢字で、「なげく」とか、感嘆の声を表す「ああ」という訓読みがあります。強く感動したときに使われる「嗚呼!(ああ!)」の1文字目としても知られている漢字です。

「咽」は口へんに困という作りの漢字で、訓読みとしては「のど」(耳鼻咽喉科の咽ですね)、とか「むせぶ」(感情で胸がふさがる)などがあります。

漢字の並びを見ても「嗚咽」の持つ、嘆き悲しみの感情の高まりと、それを抑えきれずに声が漏れてしまう様子を読み取ることができるでしょう。

「嗚咽」の使い方・例文

ではここで、「嗚咽」の使い方を例文を使って見ていきましょう。この言葉は、たとえば以下のように用いられます。

1.突然の訃報に周囲からは嗚咽の声が漏れた。
2.突っ伏した背中が震え、嗚咽が漏れるのが聞こえた。
3.嗚咽の声は次第に号泣へと変わっていった。
4.込み上げる嗚咽を必死にこらえたが、悲しみは尽きなかった。

1.の「嗚咽が漏れる」が最も一般的な用法と言えるでしょう。「突然の訃報」というショッキングな出来事に対して周囲の人物の感情が抑えきれないほど高まった結果、悲しみの声が漏れ出てきたという意味合いです。このように「嗚咽」はよく、「漏れる」と言う言葉と同時に使用します。

2.は原因は明らかにしていませんが、「嗚咽」の様子がわかる例文として作りました。悲しみに暮れたこの人物はさめざめと泣くのではなく、突っ伏した状態で泣く姿からは、込み上げる悲しみを見せない心情が読み取れます。しかし、肩を震わせて声にならない声を漏らすように、つまり「嗚咽」が漏れてくるわけです。

3.は、泣き方を対比的に理解できるように作った例文で、泣き方の変化を表しました。「号泣」とは、声を上げて大泣きすることですから、この例文は、始めは感情を押し殺して声を詰まらせて泣いていたが、次第に感情が高まって号泣へと変わっていく変化を描写しています。

4.は「漏れる」とともによく使われる「こらえる」という語を用いた例文です。また、例文にあるように感情の高ぶりとともに「嗚咽」が「込み上げてくる」という表現もあります。

「嗚咽」の類義語は?違いは?

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「嗚咽」の類義語として、辞書の解説にもあった「むせび泣く」と「すすり泣く」を紹介します。なお、類義語の選定については『使い方のわかる類義語例解辞典』(小学館)を参照しました。

\次のページで「1「むせび泣く」」を解説!/

1「むせび泣く」

「噎び泣く」や「咽び泣く」とも書きます。強い嘆きや悲しみの感情の中、声を詰まらせながら泣くという意味の言葉です。辞書の記述で「嗚咽」の意味が「むせび泣くこと」となっているように「嗚咽」と「むせび泣く」は非常に近いといえます。違いは文体によるところが大きく、「嗚咽」は書き言葉で主に使い、比較すると「むせび泣く」は話し言葉寄りです。

2「すすり泣く」

もう一つの類義語として挙げるのは「すすり泣く」です、。「すすり泣く」とは、声を抑えて泣くという点は共通していますが、「嗚咽」や「むせび泣く」が声を殺して泣くのに対して、「すすり泣く」は鼻をすするように小刻みに息を吸いながら泣く様子を表します。

「嗚咽」の注意すべき誤用とは?

当記事のライターはとある職場ではで、新人の同僚が以下のように発言していたのを聞き、違和感を覚えました。

「(初出勤を迎えて)昨夜は緊張のあまり嗚咽が止まりませんでした・・・・・・。」

この人は初出勤の前夜、緊張しすぎてうめき声を漏らしながら泣いていたのでしょうか。それは少し奇妙な何時がしますね。実際は、緊張のあまり吐き気が止まらなかったのだそうです。

このように、「嗚咽」はしばしば「吐き気」の意味で使われてしまうことがあります。一説には「嗚咽」の読み方の「おえつ」が嘔吐するときの擬音「おえっ」に似ているからという由来があるのですが、真偽の程は定かではありません。

また最近は「吐き気」を表す「嘔吐感」の代わりに「嗚咽感」という言葉が使われることがあるようですが、もちろん誤った使い方で「嗚咽感」ということばは存在しません

ただ、Googleなどのインターネットの検索サイトで「嗚咽感」をキーワードにして検索をかけると、医療機関や医療情報サイトの「吐き気」のページがヒットします。誤用を助長しているような感はありますが、この言葉で検索をかける人は大体が切羽詰まった状況でしょうから、検索した人が必要としている情報を得られるという点で、検索サイトの善意だと思うことにしましょう。

「嗚咽」の英訳は?

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「嗚咽」の英訳として英単語"sob"を紹介します。

「sob」

"sob"は英語の動詞で「すすり泣く」、もしくは名詞で「すすり泣き」という意味を持ってます。類義語で触れたように「嗚咽」・「むせび泣く」と「すすり泣く」は若干意味合いが異なりますが、一般的にはこの単語があてられることが多いようです。また、"sob"の意味の範疇として「泣きじゃくる」も含まれるので使用や読解にあたっては文脈を正確に把握する必要があります。

I hear sobbing coming from the next room.
隣の部屋から嗚咽の声がする。

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「嗚咽」を使いこなそう

この記事では「嗚咽」の意味・使い方・類語などを説明しました。「嗚咽」は「むせび泣き」という泣き方の1つです。泣き方ひとつをとっても微妙なニュアンスの差がある語があることに、言葉の持つ懐の深さを感じます。また、注意すべき誤用についても紹介しました。「言葉は生きもの」ですから、間違って使う人が大多数になれば「嗚咽」が「吐き気」の意味で定着するという可能性はゼロではありません。しかし、「吐き気」と「むせび泣く」では意味の違いが大きいのでそう簡単には慣用表現としても認められないのではないでしょうか。言葉に対しては変化に敏感でありつつも、「本来の意味は何であるか」という姿勢は常に持っていたいものです。

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国語言葉の意味

「嗚咽」の意味や使い方は?例文や類語を日本語研究家がわかりやすく解説!

この記事では「嗚咽」について解説する。

端的に言えば嗚咽の意味は「むせび泣く」ですが、そもそも「むせび泣く」とはどんな泣き方なのでしょうか。また、「嗚咽」は近年指摘されている有名な誤用がある。「嗚咽」の正確な意味やニュアンスを理解すると、使いこなせるシーンが増えるぞ。

博士(文学)で日本語研究家の船虫堂を呼んです。一緒に「嗚咽」の意味や例文、類語などを見ていきます。

ライター/船虫堂

博士(文学)。日頃から日本語と日本語教育に対して幅広く興味と探究心を持って生活している。生活の中で新しい言葉や発音を収集するのが趣味。新人の時に同期の同僚の「(緊張のあまり)昨夜は嗚咽が止まりませんでした」という発言を聞いたことがある。

「嗚咽」の意味や語源・使い方まとめ

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それでは早速「嗚咽(おえつ)」の意味や語源・使い方を見ていきましょう。「嗚咽」とは、端的に言うと「むせび泣く」という意味があると言われ、「嗚咽を漏らす」のように使います。泣き方を表す語はいろいろあって、「むせび泣く」もメディアや文学作品などでしばしば目にする言葉です。しかし、「むせび泣く」の正確な意味を理解している人は意外に少ないのではないでしょうか。

次項から「嗚咽」の意味と説明でよく使われる「むせび泣く」の意味についてまずは辞書の記載内容を確認してみましょう。

「嗚咽」の意味は?

「嗚咽」と「むせび泣く」の意味について、ニッコクこと『精選版 日本国語大辞典』(小学館)を引いてみましょう。以下のような説明と用例が載っています。

嗚咽(お-えつ)

〘名〙 むせびなくこと。すすりなき。

※日本往生極楽記(983‐987頃)聖徳太子「吾不久遊五濁。妃即反袂嗚咽」 〔蔡琰‐悲憤詩〕

噎泣(よみ)むせびなき

〘名〙 むせび泣くこと。
※うつせみ(1895)〈樋口一葉〉四「むせび泣(ナ)きの声聞え初めて断続の言葉その事とも聞わき難く」
〘自カ五(四)〙 喉(のど)をつまらせて泣く。しゃくりあげながら泣く。むせびかえって泣く。
※大慈恩寺三蔵法師伝承徳三年点(1099)七「侍臣及び僧、鯁(ムセ)ひ泣(ナ)か不といふこと無し」

『精選版 日本国語大辞典』の語釈を総合すると、「嗚咽」、「むせび泣く」とは悲しみのあまり声をを詰まらせて、流れる涙に鼻をすすって、しゃくりあげて泣くということになります。泣き方としてはかなり強い悲しみを表す部類でしょう。大声を上げてわめくというよりは、必死に声を殺して、それでも感情のあまり声にならない声が漏れ出てしまうという点が他の泣き方との違いを表す特徴です。

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