今回のテーマは「自己消化」です。
自己消化という言葉を知っている人は少ないかもしれませんね。生物に詳しい人だと、細胞が自分自身を消化する仕組みである「オートファジー」を想像する人もいるかもしれない。しかしオートファジー(Autophagy)は「自食作用や自己貪食」と訳される「自己消化(autolysis)」とは別の現象です。
生物に詳しい現役理系大学院生ライターCaoriと一緒に解説していきます。

ライター/Caori

国立大学院の博士課程に在籍している現役の理系大学院生。とっても身近な現象である生命現象をわかりやすく解説する「楽しくわかりやすい生物の授業」が目標。

自己消化とは

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「自己消化」という言葉を聞いたことがある方は少ないかもしれません。自己消化とは、組織や細胞がもつ自身の酵素によってタンパク質、脂質、糖質などが分解され細胞が破壊される現象です。医学や生化学の世界では、自己分解自己融解と呼ばれ、消化器系に存在する消化酵素により消化されることを主に自己消化と呼んでいます。

この現象は生きている生物ではほとんど起こらず、細胞内の正常な活動の停止によって引き起こされる、つまり生物の死後に起こる現象です。生物の死後、時間経過と共に徐々に変化し、最終的には骨になる現象はこの「自己消化」によるものと言ってもいいでしょう。死後の肉体の変化というとなんだか気持ちの悪い話に感じる感じるかもしれませんね。ですが、ただ気持ち悪い話なのではなく、私たちはこの「自己消化」によって食品加工の分野で多くの恩恵も受けています

自己消化のメカニズム

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まずは自己消化のメカニズムから見ていきましょう。自己消化は、代謝が活発な細胞や消化酵素を作っている消化器系の分泌細胞からスタートします。通常の細胞内では酸素を使ってミトコンドリアでたくさんのエネルギー(ATP)を作り出しています(酸化的リン酸化)。生物が死を迎え、呼吸や心臓が止まるとすぐに細胞に酸素が行き届かなくなり、酸化的リン酸化によってエネルギーを作りだせなくなってしまいます。これが自己消化プロセスの引き金を引くのです。

ATPは細胞にとって非常に重要なエネルギーのため、酸化的リン酸化でATPを作れなくなってもエネルギーを作り出そうと、グルコースをピルビン酸に変換する嫌気性の解糖系へと代謝をシフトします。しかし、解糖系は細胞のpHを減少させる酸性副産物を生成してしまうのです。そして、解糖系によるATPの産生もいつまでも続きません。ATPが産生されなくなると、細胞膜に存在するイオンのポンプが機能しなくなり、電解質の異常や電解質によって維持されていた浸透圧も維持されなくなり、細胞内への水が移動します。

細胞内外のイオン変化、浸透圧異常と細胞内の酸性化によって、リソソームとペルオキシソームが損傷されてしまうのです。

リソソームとペルオキシソームの破壊による自己消化

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リソソームは、通常、多糖類、タンパク質、核酸、脂質、リン酸エステルなど様々な加水分解酵素が含まれた細胞内消化の場です。正常な条件下では、リソソームは膜につつまれている上に、リソソームの加水分解酵素の活性は酸性条件下(pH5)で効率良く働く性質を持っており、細胞質(pH7.2)では上手く働けないようになっていて、細胞はリソソームの分解酵素から保護されています。しかし、解糖系が細胞のpHを減少させているためこの保護効果を低下させて、リソソーム内の加水分解酵素が細胞内の物質を加水分解するのです。

ペルオキシソームも膜につつまれた細胞内小器官で脂質の代謝や活性酸素の一種である過酸化水素の分解に関わっています。ペルオキシソーム膜が壊れると、内部の脂肪酸の分解酵素や脂肪酸、有害な過酸化水素が放出され自己消化を加速させます

生物は細胞と細胞の作ったもので出来ているため、自己消化によって細胞が消化されると、次第に身体全体が消化されていくのです。

自己消化で起こる病気

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自己消化は主に死後に起こる現象ですが、生きている間にも「膵炎」という病気では起こることがあります。膵臓から分泌される膵液は炭水化物、タンパク質、脂質、3大栄養素をすべて消化する最強消化酵素です。生物の身体を構成している物質も三大栄養素からできているため、膵液はこれらも分解してしまいます。

健康な状態では自分自身を分解しないように、膵臓ではタンパク質消化酵素(プロテアーゼ)は不活性型で作り分泌、消化管に分泌されて初めて活性化される仕組みです。しかし「急性膵炎」では何らかの原因(主にアルコール摂取と高脂肪食)で膵臓内で活性化してしまい、活性化した消化液が膵臓そのものや、周りの脂肪、血管、他の臓器まで自己消化していまいます。急性膵炎は激しい痛みを伴い、重症例では死に至る病気です。

\次のページで「食品加工での自己消化の利用」を解説!/

食品加工での自己消化の利用

食品加工での自己消化の利用

image by Study-Z編集部

食品加工の現場では、屠殺(とさつ)後の肉類をほどよく自己消化をさせることで肉を柔らかくしています

魚や動物は死後のpHの低下に伴い、筋源繊維タンパク質が強く結合してアクトミオシンを生成し、筋肉は硬直して硬い状態になります(死後硬直)。死後硬直をしている肉は硬いうえに風味もなく、とても食べられないほどです。しかし、死後時間が経過すると自己消化が進み、死後硬直が解け(解硬)し、さらに自己消化によりタンパク質が分解されて少しずつ柔らかくなり、アミノ酸やイノシン酸などの「うま味」成分が増え、風味のあるおいしい食肉になります

しかし、死後には自己消化と同時に微生物による腐敗も進行してしまい、当然腐敗した肉は食べる事ができません。自己消化は酵素作用であるため、温度、pH、食塩など様々な条件によって影響を受けます。そのため細菌による腐敗を避け、自己消化を進行させるには、低温で貯蔵したり、塩蔵をしたりすることが多いです。食肉ではこの過程を「熟成」と呼びます。熟成に必要な期間は表の通りです。

自分自身を分解する「自己消化」

今回は「自己消化」をテーマに解説をしました。あまり聞いたことのない現象かもしれませんが、自己消化は食品の加工の現場で使われるだけでなく、死後硬直の進行状況から死亡推定時刻を割り出す場合など、法医学的に重要でもあります。

自己が起こる意義を問われると答えは難しいですが、生物は死後に自分で自分を消化する「自己消化」をすることで、ゆっくりと溶けて土に還って、有機物として土を潤し他の生命を育んでいく…若干、科学的ではないかもしれませんが、自己消化によって命は巡り廻っているのかもしれませんね。

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タンパク質と生物体の機能物質の状態・構成・変化理科生物生物の分類・進化

3分で簡単「自己消化」自分の細胞を消化してしまう?現役理系大学院生がわかりやすく解説!

食品加工での自己消化の利用

食品加工での自己消化の利用

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食品加工の現場では、屠殺(とさつ)後の肉類をほどよく自己消化をさせることで肉を柔らかくしています

魚や動物は死後のpHの低下に伴い、筋源繊維タンパク質が強く結合してアクトミオシンを生成し、筋肉は硬直して硬い状態になります(死後硬直)。死後硬直をしている肉は硬いうえに風味もなく、とても食べられないほどです。しかし、死後時間が経過すると自己消化が進み、死後硬直が解け(解硬)し、さらに自己消化によりタンパク質が分解されて少しずつ柔らかくなり、アミノ酸やイノシン酸などの「うま味」成分が増え、風味のあるおいしい食肉になります

しかし、死後には自己消化と同時に微生物による腐敗も進行してしまい、当然腐敗した肉は食べる事ができません。自己消化は酵素作用であるため、温度、pH、食塩など様々な条件によって影響を受けます。そのため細菌による腐敗を避け、自己消化を進行させるには、低温で貯蔵したり、塩蔵をしたりすることが多いです。食肉ではこの過程を「熟成」と呼びます。熟成に必要な期間は表の通りです。

自分自身を分解する「自己消化」

今回は「自己消化」をテーマに解説をしました。あまり聞いたことのない現象かもしれませんが、自己消化は食品の加工の現場で使われるだけでなく、死後硬直の進行状況から死亡推定時刻を割り出す場合など、法医学的に重要でもあります。

自己が起こる意義を問われると答えは難しいですが、生物は死後に自分で自分を消化する「自己消化」をすることで、ゆっくりと溶けて土に還って、有機物として土を潤し他の生命を育んでいく…若干、科学的ではないかもしれませんが、自己消化によって命は巡り廻っているのかもしれませんね。

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