細胞老化研究の歴史とヘイフリック限界
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1960年代にアメリカの研究者レナード・ヘイフリックとポール・ムーアヘッドは、培養中の正常なヒト胎児線維芽細胞は約50回分裂をすると細胞分裂を停止することを発見しました。
ヘイフリックによる「細胞老化」発見以前にはフランスの外科医アレクシス・カレルが「培養細胞はすべて不滅であり、連続的な細胞複製の欠如は細胞を培養する最善の方法に関する無知によるもの」と述べており、細胞は無限に複製する可能性を秘めていると考えられていました。当時、多くの研究者はカレルの主張を信じていましたが、ヘイフリックは細胞分裂を重ねた細胞では増殖速度が減速していることに気付き、カレルの主張を疑うようになりました。その後、熟練した細胞遺伝学者であるムーアヘッドと共に、正常な細胞の複製能力の停止は細胞の汚染や技術的な誤りの結果ではなく、細胞は固有の分裂回数を持っていて、その回数に達すると増殖を停止することを証明したのです。
この細胞老化を「複製老化」、または発見者の名前から「ヘイフリック限界」と呼ばれています。
細胞老化とテロメア
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その後の研究でヘイフリック限界は染色体末端に存在する「テロメア」の長さと相関することが分かりました。
テロメアは染色体の末端領域を分解から保護する役割を持っていて、これは多くの真核生物に一般的に見られる遺伝的特徴の一つです。染色体のDNA複製の過程で、各テロメア内のDNAの小さな領域はコピーされずに失われていくため、細胞分裂のたびにテロメアは短くなります。細胞分裂を繰り返し、テロメアが臨界の長さに達すると、細胞はそれ以上分裂しないように「細胞老化」が誘導されるのです。
遺伝子組み換え動物に関する研究では、テロメア短縮と老化との因果関係を示唆していて、テロメア短縮は、老化、死亡率および老化関連疾患に関連していることが報告されています。しかし、テロメアが短いことが老化の症状なのか、短くなること自体が老化過程の進行に関与しているのかは分かっていません。つまり「個体の老化」と「細胞老化」の直接的な関連については分かっていないのです。
なぜ細胞老化が起こるのか
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なぜ細胞老化が起こるのでしょうか。その理由は細胞の自己防衛のためだと考えられています。
例えばテロメアは染色体を分解から保護しているため、短くなると染色体が不安定になり、細胞のがん化につながってしまうのです。このため、テロメアが一定以上短くなると細胞老化が誘導されて分裂を停止し、染色体が不安定な細胞が増えるのを防いでいます。
また、テロメアの短縮以外にもRas遺伝子などのがん遺伝子の活性化、酸化ストレス、放射線や遺伝子の変異などのDNA損傷が細胞老化を起こす大きな要因です。細胞はDNAが損傷すると細胞周期を止めてDNAの修復をします。しかし、DNA損傷が大きく、修復できないと判断すると細胞老化でそれ以上の分裂を止めたり、アポトーシスによって細胞死を選ぶのです。
テロメアの短縮による分裂寿命により生じた細胞老化はとくに「複製老化」、種々のストレスによって誘導される細胞老化は「ストレス性の細胞老化」などと呼ばれています。
細胞老化とがん
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「がん」とは細胞が不死化して秩序を失い無限に増殖をする病気です。がん細胞の「不死」とは、その細胞自体が死なないという意味ではなく、細胞が分裂回数の上限を持たない(複製老化をせず)際限なく分裂増殖し続けることを指します。
がん細胞は正常細胞と比較してより頻繁に分裂するため、本来ならばすぐにテロメア長の限界最小値に達し、細胞老化が誘導されて分裂の停止が起こるはずです。通常の成体幹細胞のテロメラーゼ活性は低く保たれていますが、しかしがん細胞の約90%は高いテロメラーゼ活性を示してテロメアの短縮を防いでいます。このため、ほとんどのがん細胞では、細胞老化が起こらず、無限の複製が可能になっているのです。
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