今回は「細胞老化」をテーマに勉強していこう。よく混同されているが、加齢 (aging) と細胞老化 (cell senescence) は異なる現象です。
細胞レベルで「老化」を理解することはさまざまな老化、加齢に伴う病態を解明することだけでなく、がん、神経変性疾患、代謝疾患、循環器疾患のメカニズムの解明や治療に応用できるため大変注目されている。生物に詳しいライターCaoriと一緒に解説していきます。

ライター/Caori

国立大学院の博士課程に在籍している現役の理系大学院生。とっても身近な現象である生命現象をわかりやすく解説する「楽しくわかりやすい生物の授業」が目標。

細胞老化とは

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一般に「老化」というと、加齢により生理機能が減退し、身体の恒常性が時の経過とともに変化し、ついには崩壊してしまう一連の過程である老化(aging)を想像するかもしれません。しかし「個体の老化」と「細胞の老化」は異なるもので、細胞老化(cell senescence)とは、不可逆的に細胞の分裂や成長が停止した状態のこと。細胞老化は発生の段階や子どもでも全生存期間中に起こり得る現象です。

細胞老化は二種類に分けられます。一つ目は細胞はそれぞれに固有の分裂回数の上限を持っていて、分裂を重ねるごとに機能が衰退し、やがて分裂が停止する場合。もう一つは分裂回数の上限に至っていなくても、種々のストレスによっても細胞老化が誘導され細胞分裂を停止する場合です。

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細胞老化研究の歴史とヘイフリック限界

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1960年代にアメリカの研究者レナード・ヘイフリックとポール・ムーアヘッドは、培養中の正常なヒト胎児線維芽細胞は約50回分裂をすると細胞分裂を停止することを発見しました。

ヘイフリックによる「細胞老化」発見以前にはフランスの外科医アレクシス・カレルが「培養細胞はすべて不滅であり、連続的な細胞複製の欠如は細胞を培養する最善の方法に関する無知によるもの」と述べており、細胞は無限に複製する可能性を秘めていると考えられていました。当時、多くの研究者はカレルの主張を信じていましたが、ヘイフリックは細胞分裂を重ねた細胞では増殖速度が減速していることに気付き、カレルの主張を疑うようになりました。その後、熟練した細胞遺伝学者であるムーアヘッドと共に、正常な細胞の複製能力の停止は細胞の汚染や技術的な誤りの結果ではなく、細胞は固有の分裂回数を持っていて、その回数に達すると増殖を停止することを証明したのです。

この細胞老化を「複製老化」、または発見者の名前から「ヘイフリック限界」と呼ばれています。

細胞老化とテロメア

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その後の研究でヘイフリック限界は染色体末端に存在する「テロメア」の長さと相関することが分かりました。

テロメアは染色体の末端領域を分解から保護する役割を持っていて、これは多くの真核生物に一般的に見られる遺伝的特徴の一つです。染色体のDNA複製の過程で、各テロメア内のDNAの小さな領域はコピーされずに失われていくため、細胞分裂のたびにテロメアは短くなります。細胞分裂を繰り返し、テロメアが臨界の長さに達すると、細胞はそれ以上分裂しないように「細胞老化」が誘導されるのです。

遺伝子組み換え動物に関する研究では、テロメア短縮と老化との因果関係を示唆していて、テロメア短縮は、老化、死亡率および老化関連疾患に関連していることが報告されています。しかし、テロメアが短いことが老化の症状なのか、短くなること自体が老化過程の進行に関与しているのかは分かっていません。つまり「個体の老化」と「細胞老化」の直接的な関連については分かっていないのです

なぜ細胞老化が起こるのか

なぜ細胞老化が起こるのか

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なぜ細胞老化が起こるのでしょうか。その理由は細胞の自己防衛のためだと考えられています。

例えばテロメアは染色体を分解から保護しているため、短くなると染色体が不安定になり、細胞のがん化につながってしまうのです。このため、テロメアが一定以上短くなると細胞老化が誘導されて分裂を停止し、染色体が不安定な細胞が増えるのを防いでいます。

また、テロメアの短縮以外にもRas遺伝子などのがん遺伝子の活性化、酸化ストレス、放射線や遺伝子の変異などのDNA損傷が細胞老化を起こす大きな要因です細胞はDNAが損傷すると細胞周期を止めてDNAの修復をします。しかし、DNA損傷が大きく、修復できないと判断すると細胞老化でそれ以上の分裂を止めたり、アポトーシスによって細胞死を選ぶのです。

テロメアの短縮による分裂寿命により生じた細胞老化はとくに「複製老化」、種々のストレスによって誘導される細胞老化は「ストレス性の細胞老化」などと呼ばれています。

細胞老化とがん

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「がん」とは細胞が不死化して秩序を失い無限に増殖をする病気です。がん細胞の「不死」とは、その細胞自体が死なないという意味ではなく、細胞が分裂回数の上限を持たない(複製老化をせず)際限なく分裂増殖し続けることを指します。

がん細胞は正常細胞と比較してより頻繁に分裂するため、本来ならばすぐにテロメア長の限界最小値に達し、細胞老化が誘導されて分裂の停止が起こるはずです。通常の成体幹細胞のテロメラーゼ活性は低く保たれていますが、しかしがん細胞の約90%は高いテロメラーゼ活性を示してテロメアの短縮を防いでいます。このため、ほとんどのがん細胞では、細胞老化が起こらず、無限の複製が可能になっているのです。

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老化細胞と炎症

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老化細胞はもう複製することはできませんが、代謝活性は維持していることが特徴の一つです。老化細胞は、SASP (Senescence-associated secretory phenotype) と呼ばれる炎症促進性の表現型を獲得し、炎症性サイトカインなどを分泌していることが近年明らかになりました。

SASPは免疫細胞を誘導して老化細胞を排除するため腫瘍に抑制的な機能を持ちますが、老化細胞が誘導する慢性的炎症は組織の損傷や変性を進行させ、がんを促進している可能性も指摘されているのです。加齢や各種ストレスによって蓄積された老化細胞が、臓器や組織の機能低下を引き起こし、さまざまな加齢性の疾患をもたらす誘因となっていることが考えられています。

細胞老化は有益?有害?

今回は「細胞老化」をテーマに解説しました。

細胞老化の生物学的な役割は非常に複雑で、前述したように細胞老化は細胞ががん化するのを防ぐ機構であると考えられている一方で、様々な加齢に関連した炎症性疾患に関与するという報告もあります。つまり、有益な効果と有害な効果の両方が報告されているのです。

今後研究が進み、さらなるメカニズムが解明されれば「がん」の発症を防いだり、「加齢」による疾患を治療したりできる日が来るかもしれません。

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理科生物細胞・生殖・遺伝

【3分で簡単】ヘイフリック限界って何?老化や不老不死との関係は?現役理系大学院生がわかりやすく解説!

今回は「細胞老化」をテーマに勉強していこう。よく混同されているが、加齢 (aging) と細胞老化 (cell senescence) は異なる現象です。
細胞レベルで「老化」を理解することはさまざまな老化、加齢に伴う病態を解明することだけでなく、がん、神経変性疾患、代謝疾患、循環器疾患のメカニズムの解明や治療に応用できるため大変注目されている。生物に詳しいライターCaoriと一緒に解説していきます。

ライター/Caori

国立大学院の博士課程に在籍している現役の理系大学院生。とっても身近な現象である生命現象をわかりやすく解説する「楽しくわかりやすい生物の授業」が目標。

細胞老化とは

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一般に「老化」というと、加齢により生理機能が減退し、身体の恒常性が時の経過とともに変化し、ついには崩壊してしまう一連の過程である老化(aging)を想像するかもしれません。しかし「個体の老化」と「細胞の老化」は異なるもので、細胞老化(cell senescence)とは、不可逆的に細胞の分裂や成長が停止した状態のこと。細胞老化は発生の段階や子どもでも全生存期間中に起こり得る現象です。

細胞老化は二種類に分けられます。一つ目は細胞はそれぞれに固有の分裂回数の上限を持っていて、分裂を重ねるごとに機能が衰退し、やがて分裂が停止する場合。もう一つは分裂回数の上限に至っていなくても、種々のストレスによっても細胞老化が誘導され細胞分裂を停止する場合です。

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