みんなは芳香族化合物という物質を知っているか。ベンゼンやトルエンなどの油類が芳香族化合物であり、これらの物質は非常に安定性が高のです。このような安定な芳香族化合物は満たしている規則である「芳香族性」について今日は学んでいこう。

芳香族性とは分子の結合に関係した性質です。今日は単純な分子の結合について学んだ後にキーワードの一つであるπ電子について学び、最後に芳香族性を勉強する。化学に詳しいライター珈琲マニアと一緒に解説していきます。

ライター/珈琲マニア

京都大学で化学を学び、現在はメーカーで研究職として勤務。企業で芳香族系の化合物を専門に扱っていたこともあり、分子の性質についても詳しい。

1.分子の電子軌道と結合

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芳香族性とはベンゼンに代表される芳香族化合物が持っている大きな特徴の一つであり、キーワードはπ電子と呼ばれる電子です。芳香族化合物は他の分子とは異なる安定性や反応性を持っており、エチレンのような単純な二重結合を持つ分子とは異なる性質を示します。ではこのような芳香族特有の性質はどのような理論のもとで説明されるのでしょうか。

この章でははじめにベンゼンの歴史や特徴について簡単に紹介したあと、芳香族性を理解するためにまずエチレンというシンプルな分子で単結合や二重結合の源について見ていきましょう。

1-1.ベンゼンの化学構造

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不明 - https://www.gettyimages.ie/detail/news-photo/german-organic-chemist-friedrich-august-kekule-von-news-photo/72242781, パブリック・ドメイン, リンクによる

ベンゼンという化合物は炭素が正六角形状につながった化合物で、亀の甲とも言われる分子です。名前は知らなくても以下の構造を見たことがある人はいるのではないでしょうか。

このベンゼンという化合物の構造は謎に包まれていましたが、ドイツのケクレという化学者がベンゼンの構造を明らかにしました。ちなみにケクレ本人が残した講演の記録によると、ケクレは教科書を書いている途中でうたた寝してしまい、そのときに見た夢をもとにベンゼンの構造を思いついたそうです。その夢では3本の蛇がお互いのしっぽに噛み付いて、蛇が正六角形を作っていたとか。本当に夢から思いついたのかはわかりませんが、夢からひらめきが生まれるというのは面白いエピソードですね。

さて先ほど紹介したベンゼンの化学構造を改めて見てみると正六角形の真ん中に点線で円が描かれていますね。この点線はどのような意味なのでしょうか。実はこのような書き方をするのはベンゼンの結合は通常の単結合、二重結合と異なる性質を持っているためです。この結合が「芳香族性」に関係しています。

1-2.シュレーディンガー方程式で分かる電子軌道

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ベンゼンの芳香族性を考えるためには最初に通常の共有結合を理解しなければなりません。そもそもなぜ原子同士で結合を作ることができるのでしょうか。原子同士が結合を形成して分子になるためには原子同士の電子の受け渡しが必要です。ここからは電子の受け渡しについて炭素2つと水素4つから作られているエチレン分子を題材にして量子化学的に考えていきます。

さて結合の形成や電子の受け渡しを量子化学的に考えるにはシュレーディンガー方程式と呼ばれる式を解かなければなりません。今回はシュレーディンガー方程式の数学的な話を割愛して結論だけお伝えしますが、この式を解くことで電子のエネルギー、空間分布(これらをまとめて電子軌道と呼びます)がわかります

1-3.エチレンの電子軌道とπ電子

分子の軌道、結合とはシュレーディンガー方程式を解くことで得られる各原子の電子軌道の足し合わせのことです。例えばエチレンでは炭素が持つ3つの電子軌道と水素が1つ持つ電子軌道が重なり合ってsp2混成軌道と呼ばれる軌道ができます。

 

ところで結合に関与する炭素の電子軌道は全部で4つであり、sp2混成軌道では全ての軌道を使い切ってはいません。では2つの炭素それぞれに1つ余った電子軌道はどのように結合に関与するのでしょうか。余った電子軌道はそれぞれの炭素を中心にsp2混成軌道の面に対して垂直に存在しており、これをp軌道と呼んでいます。そして隣り合う原子にp軌道が存在するとp軌道同士の重なりによる新たにπ軌道と呼ばれる結合が形成され、実はこれがエチレンの二重結合のうちの一つの結合になるのです。

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2.ベンゼンが示す芳香族性

前の章ではエチレンを例に、隣り合うp軌道同士が重なり合ってπ軌道という新しい軌道が生まれることを確認しました。ベンゼンでもエチレンと同じようにp軌道が重なり合ってπ軌道が生まれ、このπ軌道が芳香族性の源になっています。一方、ベンゼンとエチレンで異なる点はp軌道を持つ炭素の数で、エチレンは2つ、ベンゼンは6つです。

このように3つ以上の原子でπ軌道が形成されると軌道は広がっていき、電子の非局在化が起こります。この章ではベンゼンのπ軌道の形成メカニズムを学び、そこから芳香族性について学んでいきましょう。

2-1.ベンゼンのπ軌道と電子の安定性

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ベンゼンには6つの炭素があり、それぞれの炭素はエチレンと同様に3つのsp2混成軌道と1つのp軌道を持っています。そして6つのp軌道がお互いに重なるとπ軌道も6つの炭素に広がる、すなわちπ軌道に存在する電子は6つの炭素全体に広がって存在するのです。このような電子の広がりを電子の非局在化と呼びます。

ではなぜベンゼンは広がったπ軌道を形成するのでしょうか。これを理解するためには電子のエネルギーを考えることが重要です。2つの原子の軌道が重なると分子は2つの軌道を作ります。一つは元々の軌道よりもエネルギーが低い、すなわち安定な軌道で、もう一つは元々の軌道よりもエネルギーが高く不安定な軌道です。そして電子は低いエネルギーの軌道から順番に埋まっていきます。ベンゼンのπ軌道の数は6つで3つが安定、3つは不安定な軌道ですがπ電子6つは元々の炭素のp軌道よりも安定な軌道に入ることができるため、ベンゼンは元の炭素よりも安定になるのです。

2-2.芳香族性の定義と当てはまる分子

ドイツの化学者であるヒュッケルはベンゼンなどの芳香族の特徴をまとめて芳香族性と名付けました。芳香族性とは以下の3つの条件を満たす分子であると定義されています。

1.π電子系に含まれる電子の数が4n+2(n=0,1,2,3・・・)個である

2.環状の化合物は平面構造を持っている

3.環の原子はsp2混成軌道を持っている

早速ベンゼンでこの芳香族性が当てはまるか確認してみましょう。ベンゼンはπ電子の数が6つであり、4×1+2=6となるため1の条件を満たします。そしてベンゼンの炭素はいずれもsp2混成軌道を作っており、その構造は平面である、従ってベンゼンは芳香族性化合物です。

この芳香族性は炭素以外の原子が環を構成する原子に含まれていても成立します。例えばベンゼンの炭素一つが窒素に変化したピリジン、こちらもπ電子の数は6個、sp2混成軌道から作られる平面分子なので条件を満たすのです。ちなみに芳香族性とは逆に安定して存在することができない分子の性質を表現した反芳香族性という用語もあります。これは条件1の代わりに「π電子の数が4nとなる」という条件を満たす分子であり、反芳香族性の分子は名前の通り芳香族性を持たない、それどころかほとんど安定に存在することができません。

2-3.芳香族性を示す分子の応用例

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芳香族性を満たす分子のなかには太陽電池などに応用できる材料もあります。例えばベンゼン環が5つつながったペンタセンという化合物は太陽電池の材料として20年以上前から研究されてきました。ペンタセンは可視光と呼ばれる人間の目に見える波長の光を吸収しますが、このような可視光は太陽光に含まれているため太陽電池として使うことができます。ペンタセンを初めとする有機太陽電池は最近でも熱心に研究されている分野の一つです。

ちなみにペンタセンが可視光を吸収する背景には先に説明した電子の非局在化という現象が関係しており、電子がより広い範囲に非局在化すると分子が吸収する光の波長は長くなります。ペンタセンはベンゼンに比べて非局在化できる距離が約5倍になるため、より長い波長の光、すなわち可視光を吸収できるようになっているわけですね。

\次のページで「芳香族性は分子の安定性を説明する重要な規則」を解説!/

芳香族性は分子の安定性を説明する重要な規則

今回は分子の電子軌道の中でもπ電子、π軌道に着目したのちにベンゼン環における電子の非局在化を説明しました。そしてベンゼンなどの芳香族化合物に共通する芳香族性という規則を紹介しました。

ベンゼンやトルエンなど電子が非局在化する芳香族性の化合物は太陽電池などに応用することが期待されています。これからも芳香族性の化合物が次々と合成され、我々の生活をより豊かにしていくかもしれませんね。

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化学有機化合物理科量子力学・原子物理学

3分で簡単「芳香族性」ベンゼン環の安定性に潜む法則とは?京大卒の研究者が分かりやすくわかりやすく解説!

みんなは芳香族化合物という物質を知っているか。ベンゼンやトルエンなどの油類が芳香族化合物であり、これらの物質は非常に安定性が高のです。このような安定な芳香族化合物は満たしている規則である「芳香族性」について今日は学んでいこう。

芳香族性とは分子の結合に関係した性質です。今日は単純な分子の結合について学んだ後にキーワードの一つであるπ電子について学び、最後に芳香族性を勉強する。化学に詳しいライター珈琲マニアと一緒に解説していきます。

ライター/珈琲マニア

京都大学で化学を学び、現在はメーカーで研究職として勤務。企業で芳香族系の化合物を専門に扱っていたこともあり、分子の性質についても詳しい。

1.分子の電子軌道と結合

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芳香族性とはベンゼンに代表される芳香族化合物が持っている大きな特徴の一つであり、キーワードはπ電子と呼ばれる電子です。芳香族化合物は他の分子とは異なる安定性や反応性を持っており、エチレンのような単純な二重結合を持つ分子とは異なる性質を示します。ではこのような芳香族特有の性質はどのような理論のもとで説明されるのでしょうか。

この章でははじめにベンゼンの歴史や特徴について簡単に紹介したあと、芳香族性を理解するためにまずエチレンというシンプルな分子で単結合や二重結合の源について見ていきましょう。

1-1.ベンゼンの化学構造

ベンゼンという化合物は炭素が正六角形状につながった化合物で、亀の甲とも言われる分子です。名前は知らなくても以下の構造を見たことがある人はいるのではないでしょうか。

このベンゼンという化合物の構造は謎に包まれていましたが、ドイツのケクレという化学者がベンゼンの構造を明らかにしました。ちなみにケクレ本人が残した講演の記録によると、ケクレは教科書を書いている途中でうたた寝してしまい、そのときに見た夢をもとにベンゼンの構造を思いついたそうです。その夢では3本の蛇がお互いのしっぽに噛み付いて、蛇が正六角形を作っていたとか。本当に夢から思いついたのかはわかりませんが、夢からひらめきが生まれるというのは面白いエピソードですね。

さて先ほど紹介したベンゼンの化学構造を改めて見てみると正六角形の真ん中に点線で円が描かれていますね。この点線はどのような意味なのでしょうか。実はこのような書き方をするのはベンゼンの結合は通常の単結合、二重結合と異なる性質を持っているためです。この結合が「芳香族性」に関係しています。

1-2.シュレーディンガー方程式で分かる電子軌道

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ベンゼンの芳香族性を考えるためには最初に通常の共有結合を理解しなければなりません。そもそもなぜ原子同士で結合を作ることができるのでしょうか。原子同士が結合を形成して分子になるためには原子同士の電子の受け渡しが必要です。ここからは電子の受け渡しについて炭素2つと水素4つから作られているエチレン分子を題材にして量子化学的に考えていきます。

さて結合の形成や電子の受け渡しを量子化学的に考えるにはシュレーディンガー方程式と呼ばれる式を解かなければなりません。今回はシュレーディンガー方程式の数学的な話を割愛して結論だけお伝えしますが、この式を解くことで電子のエネルギー、空間分布(これらをまとめて電子軌道と呼びます)がわかります

1-3.エチレンの電子軌道とπ電子

分子の軌道、結合とはシュレーディンガー方程式を解くことで得られる各原子の電子軌道の足し合わせのことです。例えばエチレンでは炭素が持つ3つの電子軌道と水素が1つ持つ電子軌道が重なり合ってsp2混成軌道と呼ばれる軌道ができます。

 

ところで結合に関与する炭素の電子軌道は全部で4つであり、sp2混成軌道では全ての軌道を使い切ってはいません。では2つの炭素それぞれに1つ余った電子軌道はどのように結合に関与するのでしょうか。余った電子軌道はそれぞれの炭素を中心にsp2混成軌道の面に対して垂直に存在しており、これをp軌道と呼んでいます。そして隣り合う原子にp軌道が存在するとp軌道同士の重なりによる新たにπ軌道と呼ばれる結合が形成され、実はこれがエチレンの二重結合のうちの一つの結合になるのです。

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