今日は「σ結合」について学んでいきます。化学では原子同士が結合して分子を形成することが常識になっているが、この結合がなぜ生まれるか、という点は量子化学が誕生した20世紀初めまで分かっていなかったんです。

今回は量子化学では原子の周りに存在する電子の表現方法を学んだ後に分子が結合を作る理由について考え、最後に水素がなぜ2つの原子から水素分子を作るのか、ヘリウムはなぜ分子を作ることができないのかを学んでいく。化学に詳しいライター珈琲マニアと一緒に解説していきます。

ライター/珈琲マニア

京都大学で化学を専攻し、今はメーカーの研究員として勤務。大学時代に物理化学に関する研究を行っており、量子化学の専門的な知識も豊富。

1.結合の源になる電子

image by iStockphoto

世の中の物質は何から作られているのか、古くから多くの科学者がこの問題に取り組んできました。そして生まれたのが「すべての物質は原子から作られている」という考え方です。原子や分子という考え方が生まれたのは1800年代の初頭で、その後に元素の周期表が発表されたり炭素を中心に分子同士を反応させて新しいものを作る有機化学という学問分野が大きく発展しました。

 

一方で原子同士の結合はどのように形成されるのか、安定な分子と安定ではない分子の違いは何か、このような根本的な疑問はまだ解明されていませんでした。これらの疑問が解消されたのは20世紀初頭に大きく発展した量子力学、量子化学のおかげです。今回紹介するσ(シグマ)結合とは分子同士が作り上げる結合の一種で、量子化学の考え方に基づいています。σ結合を理解するため、まずは1つの原子の中で電子がどのように存在しているか見ていきましょう。

\次のページで「1-1.波と粒の両方の性質を持つ電子」を解説!/

1-1.波と粒の両方の性質を持つ電子

image by iStockphoto

原子や電子のようなミクロの世界は我々の日常的な世界とは異なり、直感的には理解しにくい現象が度々起こります。そのような理解しにくいことであり、かつ重要な考え方の一つが「電子や原子は波としての性質と粒としての性質を持っている」ということです。高校化学では原子核の周りを電子が粒としてぐるぐると回っているという模式図で原子を勉強したかと思いますが、これは電子の性質を正確に表してません。

電子が粒として原子の周りをぐるぐると回る、この考え方は直感的には分かりやすいですね。しかし実際は波で強いところと弱いところがあるように、電子はある空間のなかで分布を持って存在しています。つまりどれだけ高性能なカメラや顕微鏡を使っても「ここに電子がいる」と特定することはできず、「このあたりに電子が存在する確率は〇〇%」といった確率でしか語ることができないのです。

1-2.電子の運動を表すシュレーディンガー方程式

Erwin Schrödinger (1933).jpg
Nobel foundation - http://nobelprize.org/nobel_prizes/physics/laureates/1933/schrodinger-bio.html, パブリック・ドメイン, リンクによる

このような電子が波と粒の性質を両方持っている、という考え方は様々な実験から観測された結果を説明するために生まれたものでした。そこで20世紀初めの科学者は次に「波と粒の二重性」を説明できる理論の構築にチャレンジし始めました。物理において「物事を理解する」というのは「数式を使って自然現象を適切に表す」という意味になります。このような理論の一つとして、オーストリアのシュレーディンガーという科学者は今ではシュレーディンガー方程式と呼ばれる電子の運動を記述した式を発表しました。

 

ここでは議論を簡単にするためにシュレーディンガー方程式の細かい話は省略します。大事なポイントはシュレーディンガー方程式を解くことで電子が原子の周りのどのあたりに存在しているか(空間分布)、各電子が持っているエネルギーの大きさはどれくらいか、という点がわかるということです。この電子のエネルギーと空間分布をまとめて電子軌道と呼びます。

1-3.原子の電子軌道

次に電子軌道をもう少し細かく見ていきましょう。上で述べたように電子軌道ごとにエネルギーの大きさは異なり、各軌道のエネルギーの高低差を表したものをエネルギー準位図と呼びます。ここで大事なポイントが2つあり、電子はエネルギーが深いところから順番に埋まっていくということ、一つの電子軌道の定員は2個ということです。

 

ちなみにこの電子軌道が高校化学で習う電子殻に対応します。K殻に入ることができる電子は2個、L殻に入る電子は8個、といった内容を習いませんでしたか。この電子殻はシュレーディンガー方程式を解くことによって得られる電子軌道に対応しており、同じエネルギーを持つ電子軌道をまとめてK殻やL殻などと呼んでいます。

2.原子の電子軌道と分子の結合の関係

image by iStockphoto

これからいよいよσ結合について考えていきます。前の章では電子は原子の周りのある空間のなかに存在しており、その空間分布とエネルギーをまとめて電子軌道と呼ぶことを学びました。σ結合を初めとする共有結合とは2つの原子の電子軌道が重なることによって生まれる結合です。この章ではσ結合に対する理解を深めるため、まずは一番シンプルな分子である水素分子を考え、その後になぜヘリウム分子は存在しないのか、という点を考えていきましょう。

2-1.原子の電子軌道の重なりとσ結合

分子の結合を考えるときもシュレーディンガー方程式からスタートします。ここでも細かい数学的な表現は省略して、代わりに直感的に考えていきましょう。水素の電子は1個であり、この電子はエネルギー的に最も深い電子軌道であるs軌道に入ります。ちなみにs軌道は原子の周りを球状に覆っている軌道です。

 

前の章では電子は波のような性質を持っている、というお話をしました。さて、波はお互いに強め合ったり弱め合う、干渉と呼ばれる現象を起こします。この干渉という現象は電子軌道でも起こり、2つの電子軌道が近づいたときにお互いに強め合ったり弱め合うのです。

水素分子の場合はそれぞれの軌道がお互いに強め合う場合、弱め合う場合に対応する2種類の結合が生まれます。強め合う軌道のことを結合軌道と呼んで1sσ軌道と表し、弱め合う軌道のことを反結合軌道と読んで1sσ*軌道と表し、これらの軌道をまとめた言葉がσ結合です。

\次のページで「2-2.σ軌道のエネルギーと電子の安定性」を解説!/

2-2.σ軌道のエネルギーと電子の安定性

次に原子同士が近づいて生まれたσ軌道に電子を入れていきましょう。σ軌道などの分子でも一つの軌道の定員は電子2つであり、低いエネルギーの軌道から順番に埋まるというルールも原子と同じです。水素原子はそれぞれ電子を1つずつ持っているので、水素分子の電子数は2つになりますね。さて結合軌道と反結合軌道のエネルギーは水素原子のエネルギーと異なっており、結合軌道のエネルギーはより安定な状態になり反結合軌道のエネルギーはより不安定な状態となります。

水素分子では電子が2つとも結合軌道に入ることができるため、原子一つで存在するときよりもエネルギー的にお得、つまりより安定な状態になるのです。そのため水素は原子一つで存在するのではなく、2つの原子が結合した分子として存在しているわけですね。

2-3.ヘリウムが分子を作らない理由

image by iStockphoto

最後にヘリウムについて水素と同じように考えてみましょう。ヘリウムとは原子番号2の元素であり、風船を膨らませるガスとして使われたり、吸うと声が一時的に変わるガスの原料として聞いたことがある人がいるかもしれません。さてヘリウムは自然界において分子を形成せず、単独の原子として存在しています。

 

ではなぜヘリウムは分子を作らないのでしょうか。この理由は先ほどのエネルギー準位図を用いて考えると簡単に理解できます。ヘリウム原子が持っている電子の数は2つであるため、仮に2つのヘリウムで分子を作った場合は電子の数は4つです。この4つの電子を先ほどの水素と同様に分子軌道に埋めていくと、結合軌道に電子が2つ、反結合軌道に電子が2つ入ります。つまり水素分子で得られていたエネルギーの安定性がヘリウム分子では失われてしまうのです。

量子化学によって原子や分子の結合を理解できるようになった

今回はσ結合の形成の仕組みについて、量子化学の理論に基づく原子の電子軌道を用いて説明しました。電子は波と粒の両方の性質を持っている、電子がどこに存在するか特定することはできない、といった量子化学の考え方は直感には反するかもしれません。

 

しかしこのような量子化学の考え方を用いることで分子の結合のような根本的な問題を理解することができるようになり、それが20世紀の化学の大きな発展に繋がっています。そう考えると、量子化学が進歩したおかげで今の私たちの生活があるとも言えるかもしれませんね。

" /> 5分で分かる「σ結合」分子が安定な理由とは?原子はなぜ結合を作る?京大卒研究者がわかりやすく解説! – Study-Z
化学原子・元素有機化合物物質の状態・構成・変化理科量子力学・原子物理学

5分で分かる「σ結合」分子が安定な理由とは?原子はなぜ結合を作る?京大卒研究者がわかりやすく解説!

今日は「σ結合」について学んでいきます。化学では原子同士が結合して分子を形成することが常識になっているが、この結合がなぜ生まれるか、という点は量子化学が誕生した20世紀初めまで分かっていなかったんです。

今回は量子化学では原子の周りに存在する電子の表現方法を学んだ後に分子が結合を作る理由について考え、最後に水素がなぜ2つの原子から水素分子を作るのか、ヘリウムはなぜ分子を作ることができないのかを学んでいく。化学に詳しいライター珈琲マニアと一緒に解説していきます。

ライター/珈琲マニア

京都大学で化学を専攻し、今はメーカーの研究員として勤務。大学時代に物理化学に関する研究を行っており、量子化学の専門的な知識も豊富。

1.結合の源になる電子

image by iStockphoto

世の中の物質は何から作られているのか、古くから多くの科学者がこの問題に取り組んできました。そして生まれたのが「すべての物質は原子から作られている」という考え方です。原子や分子という考え方が生まれたのは1800年代の初頭で、その後に元素の周期表が発表されたり炭素を中心に分子同士を反応させて新しいものを作る有機化学という学問分野が大きく発展しました。

 

一方で原子同士の結合はどのように形成されるのか、安定な分子と安定ではない分子の違いは何か、このような根本的な疑問はまだ解明されていませんでした。これらの疑問が解消されたのは20世紀初頭に大きく発展した量子力学、量子化学のおかげです。今回紹介するσ(シグマ)結合とは分子同士が作り上げる結合の一種で、量子化学の考え方に基づいています。σ結合を理解するため、まずは1つの原子の中で電子がどのように存在しているか見ていきましょう。

\次のページで「1-1.波と粒の両方の性質を持つ電子」を解説!/

次のページを読む
1 2 3
Share: