2-2.マスタードガスが身体と起こす化学反応
マスタードガスがこのような恐ろしい症状を引き起こす理由を考えるため、マスタードガスが身体に入った後の様子を調べてみましょう。人の身体も原子、分子からできた化学物質であるためマスタードガスと人の身体で「化学反応」が起こります。この化学反応によって人の身体に被害が生じてしまうのです。
マスタードガスは炭素原子の割合が多く、油となじみやすい「疎水性」と呼ばれる性質を持っています。疎水性の物質は皮膚から吸収されやすい傾向があり、人の身体はマスタードガスが触れても弾くことはできません。そして身体に入ったマスタードガスは体内で末端の塩素を外します。この塩素が外れたマスタードガスの反応性は非常に高く、体内で細胞やタンパク質などを攻撃、その結果人体に大きな損傷を与えてしまうのです。
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2-3.マスタードガスは発がん性物質
マスタードガスが体内で攻撃する対象はタンパク質や細胞だけではなく、より小さい視点で見るとDNAやRNAなども攻撃します。DNAを攻撃することでがんが引き起こされることが確認されており、マスタードガスは発がん性物質の一つです。
海外では今でもマスタードガスによる皮膚や呼吸器、目の損傷の後遺症に苦しむ人やマスタードガスの接触によるがんの発症で苦しんでいる人は多くいます。
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3.マスタードガスをヒントに作られた初期の抗がん剤
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これまでマスタードガスが人体に取り込まれた後の化学反応を学び、マスタードガスは体内で塩素原子が外れてタンパク質などを攻撃するため有害であるということを学びました。この攻撃対象をがん細胞に絞ることができたらがんの治療になるのではないか、その考えのもとに生まれたのが初期の抗がん剤です。
薬学者の研究によってマスタードガスの硫黄原子を窒素に置き換えることで正常な細胞への攻撃力を下げて、かつがん細胞への攻撃力は維持できることがわかりました。この化合物は「ナイトロミン」という名前で販売され、初期の抗がん剤として利用されてきました。
一方でナイトロミンも正常な細胞を攻撃してしまうため、副作用はゼロではありません。そのため、今ではナイトロミンのような「アルキル化剤」と呼ばれる抗がん剤以外の、身体に掛かる負担が少ない薬の開発が進められています。
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毒ガスを作るのも薬を作るのも化学に携わる人や団体の倫理次第
マスタードガスは皮膚や肺などの体の組織を破壊する恐ろしい兵器です。このようなガスが生まれ、戦争で大量に使われてしまったことを私たちは忘れてはいけません。一方で抗がん剤のようにマスタードガスがなぜ身体に悪いのか、という毒性を理解することで身体にとって有益な薬を生み出すこともできます。
化学反応は毒も薬も生み出すことが可能です。だからこそ化学に携わる一人ひとりが適切な倫理観を持って研究、開発を行い、人々の生活をより豊かにしていくものを作り出していきたいものですね。
イラスト使用元:いらすとや