化学有機化合物理科

3分で簡単にわかる「マスタードガス」毒性や症状も京大卒の研究者がわかりやすく解説!

マスタードガスという毒ガスを聞いたことがあるか。マスタードガスは第一次世界大戦で初めて使用された毒ガスで、戦争で数多くの人の命を奪った恐ろしい化学兵器です。
今日はマスタードガスの歴史、そしてマスタードガスがなぜ人の身体を傷つけるのかという点を学んでいこう。説明するのは化学メーカーで化学物質の安全性、毒性を調査した経験もある珈琲マニアです。

ライター/珈琲マニア

京都大学で化学を学び、今はメーカーの研究員として勤務。企業で化学品の安全性、毒性を調査した経験もあり、化学物質の毒性に関する知見も豊富。

1.マスタードガスの歴史と人々に与えた被害とは

マスタードガスは第一次世界大戦で初めて使用された毒ガスであり、これまで戦争で数多くの命を奪った恐ろしい化学兵器です。マスタードガスの恐ろしさとして、口や鼻、皮膚から吸収されやすい上に回復しても後遺症が残る可能性があるという点が挙げられます。

ではなぜこのような恐ろしい兵器が誕生したのでしょうか。最初にマスタードガスの歴史や毒ガスが人々に与えた被害を学び、その後に毒ガス、化学兵器は今でも使用されているのか見ていきましょう。

1-1.マスタードガスが大量に使われた第一次世界大戦

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マスタードガスが初めて使われたのは第一次世界大戦中の1915年、ベルギーのイーペルという場所でした。ちなみにマスタードガスはイーペルという場所に由来する「イペリット」という別名を持っています。

イーペルはドイツ軍と連合国軍の最前線の戦場であり、毎日激しい戦闘が行われていました。そのように膠着した戦況を打破するためにドイツ軍は当時の最新の産業である化学工業を利用して毒ガスを工場で大量に生産、戦場へ投入するようになりました。毒ガスの種類としてはマスタードガスのほか、塩素やホスゲンなどがあり、第一次世界大戦だけでも100トン以上の毒ガスが使われたようです。

1-2.マスタードガスが人々に与えた被害

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マスタードガスの「戦果」は非常に大きなものであり、マスタードガスに触れたり、吸い込んだ兵士は次々と倒れて、連合国軍は壊滅状態になりました。マスタードガスなどの毒ガスは直接的な被害だけではなく、「目に見えないガスに殺されるかもしれない」という精神的なストレスも兵士たちに与えました。

その後、連合国軍側もドイツ軍に対抗してマスタードガスを大量に生産して戦場で使用し続けました。この毒ガス攻撃の応酬は第一次世界大戦中に何度も繰り返され、噴射された毒ガスは風に流されて戦場の近くに住んでいる一般市民の命も奪いました。戦争中に毒ガスが使われた地域では今でも毒ガスが入った不発弾が発見されることもあり、戦争から100年経った現在でも市民に恐怖を与えています。

1-3.マスタードガスの規制の歴史

第一次世界大戦では毒ガスは重要な兵器の一つとして使われましたが、非人道的な兵器は規制する必要があるという声も各国から上がりました。そこで1925年のジュネーブ議定書で化学兵器の使用を禁止する議定書が作成されました。しかしこの議定書では化学兵器の開発や所有を禁止する項目は設けられておらず、実際は規制としての役割を果たしていませんでした。

その結果、第二次世界大戦やイラン・イラク戦争などでもマスタードガスなどの化学兵器は使用され続けました。しかし、1997年に制定された化学兵器禁止条約によって化学兵器の開発、生産、所持などが禁じられてようやく化学兵器の全面撤廃に向けた流れが作られました。

一方で化学兵器は別名「弱者の核兵器」とも言われており、核兵器などの大量破壊兵器に比べて製造コストが安く、化学に関する知識があれば作ることが可能です。そのため、最近ではテロリストがマスタードガスなどの毒ガスを開発、使用する危険性も指摘されています。

2.マスタードガスが身体を壊すメカニズム

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Ben Mills – 投稿者自身による作品, パブリック・ドメイン, リンクによる

マスタードガスの主な成分は正式にはビス(2-クロロエチル)スルフィドと呼ばれる硫化物の一種であり、化学構造は上記の通りです。硫黄を含むことからサルファマスタードとも言われています。

このような単純な化学構造を持ったマスタードガスがなぜ人の身体に大きな被害を与えるのでしょうか。この章ではマスタードガスが身体に入ると人はどうなるのか、吸い込んだ直後の障害、そして後遺症などの時間が経過した後の障害を学んでいきましょう。

2-1.マスタードガスに触れた人はどうなる?

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マスタードガスは皮膚などの身体の組織を壊してしまう毒ガスであり、びらん剤と呼ばれる毒ガスの一種です。ちなみに「びらん」とは皮膚がただれること、すなわち皮膚の表面が破壊された状態を意味しており、想像するだけで痛そうですね…。マスタードガスが触れた皮膚は水疱を生じた後に破壊されて激しい痛みを引き起こすうえ、特効薬は存在せず痛みを軽くする薬しかありません。

マスタードガスを吸引した場合、皮膚と同じように呼吸器や肺が大きく損傷を受けてしまい、呼吸を行うことができなくなります。実際にマスタードガスを吸引して亡くなる人の主な死因は呼吸器の損傷による呼吸困難のようです。

\次のページで「2-2.マスタードガスが身体と起こす化学反応」を解説!/

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