今回のテーマは「アレーニウス」と「ブレンステッド」です。

小学生の時のリトマス試験紙の実験から身近な酸や塩基(アルカリ)ですが、高校生になるとより高度な酸と塩基の定義を学んでいくことになるよな。しかし高校化学の授業で学ぶアレーニウスの定義やブレンステッド・ローリーの定義をしっかりと理解した上で説明できる人はどれくらいいるでしょうか。

高校化学の中でも曖昧なままになりがちな酸・塩基の定義を国立大学の理系出身で、環境科学を専攻し電位-pH図を駆使してきたライターNaohiroと一緒に解説していきます。

ライター/Naohiro

国立大学の理系出身で塾講師として数学、理科を担当した経験をもつ。理論的基礎から身近な話まで、化学を身近に感じてもらえるようアレーニウスの定義とブレンステッド・ローリーの定義を解説していく。

1. 酸と塩基・定義変遷の歴史

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アレーニウスとブレンステッドによる定義の話に入る前に、まず酸と塩基について確認をしていきましょう。そもそも酸、塩基とはどういうものだったでしょうか?

酸を意味する英語acidはラテン語のacidusに由来しており、これは「すっぱい」という感覚を表している言葉です。一方alkaliはアラビア語で、アラビア人が植物を燃焼させた後に発生する植物の灰をアルカリと呼ぶことがもとになっており、その後ギリシア語で「基礎」を意味するbasisからbase=塩基と名付けられたのですね。

塩基とアルカリは同じような意味で用いられている場合も多くなってきていますが、実際には塩基の中でも「塩基が水に溶けたもの」のことをアルカリと呼ぶのです。思えば中学校までのアルカリは全て水溶性の塩基を示す意味で使われていたことが分かると思います。

そしてこの酸と塩基17世紀に入るまで酸の性質としてはすっぱさを感じること。一方で塩基は苦みを感じることということくらいしか認識されていませんでいた。

\次のページで「1-1. 17世紀の酸・塩基:ロバート・ボイル」を解説!/

1-1. 17世紀の酸・塩基:ロバート・ボイル

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酸と塩基を感覚的なものではなく、初めて化学的なアプローチで定義したのはアイルランド出身のイギリス人化学者ロバート・ボイル(Robert Boyle、1627-1691)です。1662年に温度一定の条件下において気体の体積と圧力が反比例にある(例えば体積を半分にするためには2倍の圧力が必要である)ことを表現した、ボイルの法則を示した物理学者としても有名な人ですよね。

彼は1664年色に関する実験と考察という論文でそれまでに分かっている全ての酸が植物性の青色色素(リトマス)やスミレ花汁を赤く変え、アルカリはそれらを青色や緑色に変化させることに気が付きました。そこから植物色素を赤くするものが酸で青もしくは緑色にするものがアルカリである、という定義を与えることになったのです。

小学生のときに理科で学ぶ酸とアルカリの話は、17世紀の研究がもとになっているのですね。

1-2. 18世紀の酸・塩基:ラボアジエ

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18世紀、化学が原子・分子論的な観点から飛躍的な進歩を遂げたこの世紀に酸・塩基の定義の歴史を語るうえで外せないのが、フランス人で「近代化学の父」とも呼ばれるアントワーヌ=ローラン・ド・ラボアジエ(Antoine-Laurent de Lavoisier、1743-1794)です。

18世紀ラボアジエは、炭素や窒素、リン、硫黄等が燃焼した後に発生する二酸化炭素(CO2)や二酸化窒素(NO2)、十酸化四リン(P4O10) 、二酸化硫黄(SO2)等の水溶液が全て酸性を示していたことから酸素を含むものが全て酸になると結論付けました。ただこれは例えば酸化ナトリウム(Na2O)、酸化カリウム(K2O)、酸化カルシウム(CaO)等の水溶液が塩基性を示すことに加えて塩化水素(HCl)とその水溶液は酸素を含まないにも関わらず酸性を示すことから間違いであることが分かりますよね。

ちなみにラボアジエは酸素(オキシジェーヌ、oxygène)の名付け親で、酸素が酸の基であると考えたことに起因しています。その後酸の原因が何なのかについて研究が進められていくことになるのです。

1-3. 19世紀前半:リービッヒ

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CC 表示-継承 3.0, リンク

ラボアジエに続く19世紀初頭、酸素による酸の定義付けに関する矛盾に気付き新たな酸の定義を行った人がいました。その人の名はユストゥス・フォン・リービッヒ(Justus Freiherr von Liebig、1803-1873)。ドイツ人科学者で、筒を二重にしたリービッヒ冷却管の発明者であり、有機化学の確立に大きな貢献を残した人です。

リービッヒは、有機酸の研究を行う中で酸の水素が金属で置換されることで酸性がなくなったり弱くなったりすることから「金属元素で置換される水素がある化合物」として、酸性は水素によってもたらされるという酸のプロトン説を初めて提唱しました。

そこから酸・塩基に関する化学は大きな進歩を遂げていくこととなります。

2. スヴァンテ・アウグスト・アレーニウス

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Photogravure Meisenbach Riffarth & Co. Leipzig. - Zeitschrift für Physikalische Chemie, Band 69, 1909., パブリック・ドメイン, リンクによる

スヴァンテ・アウグスト・アレーニウス(Svante August Arrhenius、1859-1927)はスウェーデン人化学者で、物理化学と呼ばれる分野の第一人者であり1884年に酸・塩基の定義、1887年に電離説を発表した他、化学反応速度を求めるアレニウスの式にも名前が残っています。

1903年にノーベル化学賞を受賞しており、これはファントホッフ、フィッシャーに続く3人目の受賞です。

2-1. アレーニウスの定義

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アレーニウスは前述した通りスウェーデンの化学者で、1884年に酸・塩基に関する定義、アレーニウスの定義を発表しました。

水溶液中で水素イオンH+を出す物質を酸、OHを放出する物質を塩基とするというのがアレーニウスの定義です。詳しく見ていってみましょう。

ちなみにここで水素イオンH+というのはオキソニウムイオンH3O+を意味します水溶液中に水素イオンH+は単独で存在できないからです。

\次のページで「2-2. アレーニウスの定義に残された課題」を解説!/

酸 :水溶液中で電離して水素イオン(H+)を生じる物質(A)
 一般式:HA  →  H+  +  A
  例 :HCl  →  H+  +  Cl

塩基:水溶液中で電離して水酸化物イオン(OH)を放出する物質(B)
 一般式:BOH  →  B+  →  OH
  例 :NaOH  →  Na+  →  OH

2-2. アレーニウスの定義に残された課題

アレーニウスの定義は多くの水溶液の酸・塩基について論理的に説明できるため画期的なものでしたが、それでもまだ大きく3つの欠点が残されていました。

1. 対象が水溶液中に限定されており、溶媒が水以外では定義ができない。

2. ほとんど水に溶けない、例えばFe(OH)3・Al(OH)3の塩基性が定義できない。

3. ヒドロキシ基(OH)もたないアンモニア(NH3の塩基性が定義できない。

それらの欠点を補うために提唱されたのが、ブレンステッド・ローリーの定義です。

3. ブレンステッドとローリー

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Peter Elfelt - Britannica, パブリック・ドメイン, リンクによる

ヨハンス・ニコラウス・ブレンステッド(Johannes Nicolaus Brønsted、1879-1947)はデンマークの物理化学者で、コペンハーゲン大学で無機化学と物理化学の教授をしていました。触媒の研究でも実績を残した人物です。

一方トマス・マーティン・ローリー(Thomas Martin Lowry、1874-1936)はイギリスの物理化学者で、ケンブリッジ大学で物理化学の教授をしていました。

\次のページで「3-1. ブレンステッド・ローリーの定義」を解説!/

3-1. ブレンステッド・ローリーの定義

1923年、ブレンステッドとローリーがそれぞれが独自にプロトンH+を出す物質を酸、プロトンH+を受け取る物質を塩基と定義しました。これがブレンステッド・ローリーの定義です。

水のないところでは水素イオンH+は単独に存在することができるため、ここでのH+をプロトンと呼びオキソニウムイオンH3O+と区別しています。

酸 :プロトンH+供与体
塩基:プロトンH+受容体

一般式:HA  +  H2O  ⇄  H3O+  + A
     酸    塩基     酸     塩基

3-2. ブレンステッド・ローリーの定義の特徴

3-2. ブレンステッド・ローリーの定義の特徴

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「水溶液」と限定していないため、上記の欠点を解決することができます

ブレンステッド・ローリーの定義の最大の特徴は化学反応を起こす相手によって酸もしくは塩基どちらの立場をとるのかが分かるという点にあります。例えば水は塩酸HClに対しては塩基となりますが、アンモニアNH3に対しては酸になりますよね。

以上のことからブレンステッド・ローリーの定義では「物質Aは酸で物質Bは塩基である」という表現ではなく「物質Aは本反応において酸としてはたらく」といった表現をすることになります

酸と塩基の定義はシンプルに理解しよう

「定義」という風に言われるとどうしても難しく考えてしまいますが、そうなるに至ったストーリーを抑えていけば答えは非常にシンプルです。アレーニウスの定義では説明しきることができないアンモニアの塩基性を説明するためにブレンステッドとローリーがプロトンの受け渡しで酸・塩基を再定義したのですね。

ただ勉強を進めていると分からなくなってきますが、古来酸はすっぱいもので塩基はにがいものを表してきました。理論だけで考えるのではなく、実感を伴って学習していけば化学をもっと楽しく学べるようになるはずです。

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化学有機化合物無機物質理科

3分で簡単「アレーニウス」と「ブレンステッド」!酸・塩基の定義変遷の歴史を理系ライターがわかりやすく解説

1-1. 17世紀の酸・塩基:ロバート・ボイル

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酸と塩基を感覚的なものではなく、初めて化学的なアプローチで定義したのはアイルランド出身のイギリス人化学者ロバート・ボイル(Robert Boyle、1627-1691)です。1662年に温度一定の条件下において気体の体積と圧力が反比例にある(例えば体積を半分にするためには2倍の圧力が必要である)ことを表現した、ボイルの法則を示した物理学者としても有名な人ですよね。

彼は1664年色に関する実験と考察という論文でそれまでに分かっている全ての酸が植物性の青色色素(リトマス)やスミレ花汁を赤く変え、アルカリはそれらを青色や緑色に変化させることに気が付きました。そこから植物色素を赤くするものが酸で青もしくは緑色にするものがアルカリである、という定義を与えることになったのです。

小学生のときに理科で学ぶ酸とアルカリの話は、17世紀の研究がもとになっているのですね。

1-2. 18世紀の酸・塩基:ラボアジエ

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18世紀、化学が原子・分子論的な観点から飛躍的な進歩を遂げたこの世紀に酸・塩基の定義の歴史を語るうえで外せないのが、フランス人で「近代化学の父」とも呼ばれるアントワーヌ=ローラン・ド・ラボアジエ(Antoine-Laurent de Lavoisier、1743-1794)です。

18世紀ラボアジエは、炭素や窒素、リン、硫黄等が燃焼した後に発生する二酸化炭素(CO2)や二酸化窒素(NO2)、十酸化四リン(P4O10) 、二酸化硫黄(SO2)等の水溶液が全て酸性を示していたことから酸素を含むものが全て酸になると結論付けました。ただこれは例えば酸化ナトリウム(Na2O)、酸化カリウム(K2O)、酸化カルシウム(CaO)等の水溶液が塩基性を示すことに加えて塩化水素(HCl)とその水溶液は酸素を含まないにも関わらず酸性を示すことから間違いであることが分かりますよね。

ちなみにラボアジエは酸素(オキシジェーヌ、oxygène)の名付け親で、酸素が酸の基であると考えたことに起因しています。その後酸の原因が何なのかについて研究が進められていくことになるのです。

1-3. 19世紀前半:リービッヒ

ラボアジエに続く19世紀初頭、酸素による酸の定義付けに関する矛盾に気付き新たな酸の定義を行った人がいました。その人の名はユストゥス・フォン・リービッヒ(Justus Freiherr von Liebig、1803-1873)。ドイツ人科学者で、筒を二重にしたリービッヒ冷却管の発明者であり、有機化学の確立に大きな貢献を残した人です。

リービッヒは、有機酸の研究を行う中で酸の水素が金属で置換されることで酸性がなくなったり弱くなったりすることから「金属元素で置換される水素がある化合物」として、酸性は水素によってもたらされるという酸のプロトン説を初めて提唱しました。

そこから酸・塩基に関する化学は大きな進歩を遂げていくこととなります。

2. スヴァンテ・アウグスト・アレーニウス

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Photogravure Meisenbach Riffarth & Co. Leipzig. – Zeitschrift für Physikalische Chemie, Band 69, 1909., パブリック・ドメイン, リンクによる

スヴァンテ・アウグスト・アレーニウス(Svante August Arrhenius、1859-1927)はスウェーデン人化学者で、物理化学と呼ばれる分野の第一人者であり1884年に酸・塩基の定義、1887年に電離説を発表した他、化学反応速度を求めるアレニウスの式にも名前が残っています。

1903年にノーベル化学賞を受賞しており、これはファントホッフ、フィッシャーに続く3人目の受賞です。

2-1. アレーニウスの定義

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アレーニウスは前述した通りスウェーデンの化学者で、1884年に酸・塩基に関する定義、アレーニウスの定義を発表しました。

水溶液中で水素イオンH+を出す物質を酸、OHを放出する物質を塩基とするというのがアレーニウスの定義です。詳しく見ていってみましょう。

ちなみにここで水素イオンH+というのはオキソニウムイオンH3O+を意味します水溶液中に水素イオンH+は単独で存在できないからです。

\次のページで「2-2. アレーニウスの定義に残された課題」を解説!/

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