この記事では「亀鳴く」について解説する。

端的に言えば亀鳴くは春の季語です。ニュアンスや使い方を理解すると、自分の表現の幅を広げることができるぞ。

日本語学者である船虫堂を呼んです。一緒に「亀鳴く」の意味や用例、類語などを見ていきます。

ライター/船虫堂

今回の記事を担当するのは文学博士で日本語学の研究者の船虫堂だ。言葉に対して幅広い興味を持つ船虫堂が、丹念な調査をもとに語句の解説をわかりやすくしていく。

「亀鳴く」の意味や語源・使い方まとめ

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それでは早速「亀鳴く」の意味や語源・使い方を見ていきましょう。犬は「わんわん」猫は「にゃんにゃん」、では亀は?

「亀鳴く」は俳句で用いられる春の季語の1つです。鎌倉時代の歌人で藤原定家の三男である藤原為家が和歌で初めて用いたと言われています。

生物学的には亀が声を出して鳴くということはまず無いというのが実際のところなのです。しかし、出典の和歌の遊び心や想像力が俳諧の世界で好まれ、そのうちに動物を対象にした春の季語の1つとして定着したと言われています。

「亀鳴く」の意味は?

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「亀鳴く」の概要について説明をします。「亀鳴く」は俳諧(俳句)の世界で用いられる春の季語です。実際の亀は声を出す器官を持っていないため鳴くことはありません。

しかし、古来より亀は春の恋の季節になると雄の亀が雌の亀を鳴き声で呼んだとか、呼吸する際の音だとか、いくつかのいわれがあります。この表現の初出は藤原為家の和歌「川越のをちの田中の夕闇に何ぞと聞けば亀のなくなり」というのが有力な説です。

その情緒やユーモアセンスが後年の俳諧の世界で好意的に取り上げられ、現在も俳句における春の季語として定着し、俳句の季語を収めた「歳時記」にも春の動物の季語として掲載されています。

亀が鳴くようにきこえるという、空想的な季語。水を含んで呼吸する音であるとか、シューシューとかすかに聞こえる息の音であるとか諸説あるが、根拠はなく、もともと用例の為家の和歌が典拠とされて春の季題とされてきたもの。《季・春》
※新撰六帖(1244頃)三「河ごしのをちの田中の夕やみに何ぞと聞けば亀ぞなくなる〈藤原為家〉」

出典:『精選版 日本国語大辞典』(小学館)「亀鳴く」

資料によっては、『夫木和歌抄』(ふぼくわかしょう。鎌倉時代後期に成立した和歌集)の「川越のみちのながぢの夕闇に何ぞと聞けば亀ぞなくなる」を参考にしている場合がありますが、いずれにしても、春の夕闇の「何か」の声(音)を亀の鳴き声だと見立てた藤原為家の想像力が見て取れます。

ちなみに余談ですが、日本の河川にいるようなカメが「シューシュー」だとか「キューキュー」「ピーピー」などのように鳴いているような音を出している場合、それは鳴き声ではなくて鼻炎など呼吸器官の不調による病気が原因である可能性もあるということです。ですから、飼育中、鳴き声を聞いてしまったカメの飼い主さんはパートナーにそのような症状がないかどうか、一度獣医さんに診てもらう必要があるかもしれません。

「亀鳴く」の語源は?

次に「亀鳴く」の語源を確認しておきましょう。春の季語として定着している「亀鳴く」ですが、その初出は藤原為家の和歌「川越のをちの田中の夕闇に何ぞと聞けば亀のなくなり」。

和歌の大意としては、「川の向こうの遠く田の夕闇に、何かと思って聞くとそれは亀が鳴いているのであった」というところで、夕闇に聞こえてきた「何か」の音に対して、藤原為家が「亀の鳴き声」であるとしているわけです。この和歌が後年、俳諧の世界で引用され、その想像力と面白さから、春の季語として用いられるようになったと言われています。これが「亀鳴く」のはじまりです。

\次のページで「「亀鳴く」の使い方・用例」を解説!/

「亀鳴く」の使い方・用例

「亀鳴く」の使い方を実際の俳句の用例を使って見ていきましょう。『角川俳句大歳時記』(角川学芸出版)で引用されている和歌から比較的わかりやすい俳句を抜粋して引用します。「亀鳴く」は、実際の俳句ではこのように用いられているのです。

1.亀なくや水田の上の朝の月 梅浜「みゆ遊び」
2.五十年待ちたれば亀鳴きにけり 藤田湘子「てんてん」
3.一日の眠き時間よ亀の鳴く 稲畑汀子「さゆらぎ」

出典:『角川俳句大歳時記』(角川学芸出版)「亀鳴く」の項より抜粋

以下、用例についてのコメントです。

例としてあげた俳句1.は、朝と夕闇で時間帯は異なりますが、水田で亀が鳴くという、藤原為家の和歌を根底にして作られています。

2.の俳句からは、亀がなかなか鳴かなくて、50年待ったらついに鳴いたという、遊び心が感じ取れるでしょう。

3.の俳句は、「春眠暁を覚えず」とあるように春は眠い季節でそこに春の季語である「亀のなく(亀が鳴く)」という表現を含めて呼んでいます。

もともと、求愛の声を根底にしつつ、鳴かない亀が鳴くという面白さから取り入れられた季語ですから、春の情緒を感じさせる内容のものから、クスッと笑ってしまうものまで採用される俳句のテイストは様々です。

「亀鳴く」の類義語は?違いは?

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ここで、関連知識として「亀鳴く」から派生した季語である「亀の診経」と、そのほかの亀の季語について触れておきましょう。

「亀の看経(かめのかんきん)」

「亀鳴く」の亀の鳴き声はどんな声なのでしょう。辞書には「シューシュー」とありますが、これは空気の流れる音であまり風情があるとは言えないでしょう。

ところで、「亀鳴く」から派生した言葉があります。それは「亀の看経(かめのかんきん)」という言葉です。亀の声をブツブツとお経を唱えるようだと見立てています。この言葉も同様に春の季語です。ますます、昔の人が亀の声をどのように想像していたのか知りたくなってきますね。

関連として鳴き声のないものが鳴く俳句の有名な例に「ミミズ」の俳句があります(実際はケラという虫の声だということですが)。

蚯蚓鳴く六波羅蜜寺しんのやみ   川端茅舎

\次のページで「「亀」の季語」を解説!/

「亀」の季語

『角川俳句大歳時記』によると「亀鳴く」以外に「亀」が登場する季語に「亀の子」があります。こちらは夏の季語で、一般的に、日本固有種のカメは夏に産卵し、2〜3か月で孵化するためです。

このほか、爬虫類でいうと、「トカゲ」や「ヘビ」は夏の季語とされています。ただし、越冬をする動物として知られているため、「蜥蜴(とかげ)穴に入る」は冬の季語、「蜥蜴(とかげ)穴を出づ」は春の季語です。

「亀鳴く」の英訳は?

「亀鳴く」の英訳は?

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春の季語「亀鳴く」を英語にするとどうなるでしょうか。

亀はturtleで良いでしょうが、問題はその声です。英語は犬が鳴くときは"bark"を使い、猫が鳴くときは"mew"を用いるなど、鳴く主体である動物によって特定の動詞を選択することができます。となると、元々鳴き声の無い亀の鳴き声を表現するのはなかなか難しいです。

"call of a turtle"

一般的な「鳴く」という動詞の直訳では"cry"がありますが、"cry"には「大声」、動物なら「吠え声」というニュアンスがあり、亀とは少し合いません。

ではどんな語が考えられるでしょうか。例えば、鳴き声という名詞の英訳で"call"という語がありますが、元々あった求愛という意味を踏まえると「亀鳴く」は"call of a turtle"の方が良いかもしれません。そのほか、鳴き声には"sing"という訳もあり、少しユーモラスに表現する意図で"sing"を使うことも考えられます。

「亀鳴く」を使いこなそう

この記事では「亀鳴く」の意味・由来・類語などを説明しました。中世の和歌のひとつの言葉が興がられ、現在まで季語として親しまれているという点は日本語の歴史の厚みを感じさせます。また、亀の声の捉え方も情趣を感じ取るものから面白みを感じるものまで様々です。何気ない春の日、もしくは特別な春の日に、「亀鳴く」を使って一句ひねってみるのも一興でしょう。

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国語言葉の意味

「亀鳴く」の意味や使い方は?用例や類語を日本語学者がわかりやすく解説!

この記事では「亀鳴く」について解説する。

端的に言えば亀鳴くは春の季語です。ニュアンスや使い方を理解すると、自分の表現の幅を広げることができるぞ。

日本語学者である船虫堂を呼んです。一緒に「亀鳴く」の意味や用例、類語などを見ていきます。

ライター/船虫堂

今回の記事を担当するのは文学博士で日本語学の研究者の船虫堂だ。言葉に対して幅広い興味を持つ船虫堂が、丹念な調査をもとに語句の解説をわかりやすくしていく。

「亀鳴く」の意味や語源・使い方まとめ

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それでは早速「亀鳴く」の意味や語源・使い方を見ていきましょう。犬は「わんわん」猫は「にゃんにゃん」、では亀は?

「亀鳴く」は俳句で用いられる春の季語の1つです。鎌倉時代の歌人で藤原定家の三男である藤原為家が和歌で初めて用いたと言われています。

生物学的には亀が声を出して鳴くということはまず無いというのが実際のところなのです。しかし、出典の和歌の遊び心や想像力が俳諧の世界で好まれ、そのうちに動物を対象にした春の季語の1つとして定着したと言われています。

「亀鳴く」の意味は?

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「亀鳴く」の概要について説明をします。「亀鳴く」は俳諧(俳句)の世界で用いられる春の季語です。実際の亀は声を出す器官を持っていないため鳴くことはありません。

しかし、古来より亀は春の恋の季節になると雄の亀が雌の亀を鳴き声で呼んだとか、呼吸する際の音だとか、いくつかのいわれがあります。この表現の初出は藤原為家の和歌「川越のをちの田中の夕闇に何ぞと聞けば亀のなくなり」というのが有力な説です。

その情緒やユーモアセンスが後年の俳諧の世界で好意的に取り上げられ、現在も俳句における春の季語として定着し、俳句の季語を収めた「歳時記」にも春の動物の季語として掲載されています。

亀が鳴くようにきこえるという、空想的な季語。水を含んで呼吸する音であるとか、シューシューとかすかに聞こえる息の音であるとか諸説あるが、根拠はなく、もともと用例の為家の和歌が典拠とされて春の季題とされてきたもの。《季・春》
※新撰六帖(1244頃)三「河ごしのをちの田中の夕やみに何ぞと聞けば亀ぞなくなる〈藤原為家〉」

出典:『精選版 日本国語大辞典』(小学館)「亀鳴く」

資料によっては、『夫木和歌抄』(ふぼくわかしょう。鎌倉時代後期に成立した和歌集)の「川越のみちのながぢの夕闇に何ぞと聞けば亀ぞなくなる」を参考にしている場合がありますが、いずれにしても、春の夕闇の「何か」の声(音)を亀の鳴き声だと見立てた藤原為家の想像力が見て取れます。

ちなみに余談ですが、日本の河川にいるようなカメが「シューシュー」だとか「キューキュー」「ピーピー」などのように鳴いているような音を出している場合、それは鳴き声ではなくて鼻炎など呼吸器官の不調による病気が原因である可能性もあるということです。ですから、飼育中、鳴き声を聞いてしまったカメの飼い主さんはパートナーにそのような症状がないかどうか、一度獣医さんに診てもらう必要があるかもしれません。

「亀鳴く」の語源は?

次に「亀鳴く」の語源を確認しておきましょう。春の季語として定着している「亀鳴く」ですが、その初出は藤原為家の和歌「川越のをちの田中の夕闇に何ぞと聞けば亀のなくなり」。

和歌の大意としては、「川の向こうの遠く田の夕闇に、何かと思って聞くとそれは亀が鳴いているのであった」というところで、夕闇に聞こえてきた「何か」の音に対して、藤原為家が「亀の鳴き声」であるとしているわけです。この和歌が後年、俳諧の世界で引用され、その想像力と面白さから、春の季語として用いられるようになったと言われています。これが「亀鳴く」のはじまりです。

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