今回は「窒素循環」について解説していきます。

窒素は生物の体を構成する重要な元素です。窒素循環は、その窒素の流れを地球全体で捉えた概念です。大気中に存在する窒素は自然現象や生物の働きにより窒素酸化物等に変化する。さらに様々な微生物の働きによって生物が利用できる形へと変化して生物の食物連鎖に取り込まれて地球をめぐっている。その流れや最近の研究内容について触れていく。

大学院で遺伝子工学を専攻していたバイオ系ライターこざよしと一緒に解説していきます。

ライター/こざよし

遺伝子工学を中心にマリンバイオテクノロジーを大学院まで専攻したバイオ系ライター。バイオサイエンス、生化学、化学分野のトピックスをわかりやすく解説する。

窒素循環とは地球全体の流れ

image by iStockphoto

それではまず、窒素循環という言葉の意味について解説していきます。窒素循環とは、窒素原子が地球上において様々な化合物を変遷しながら、生物・無生物の間を巡って循環することを意味しており、生物地球化学的循環と呼ばれる地球全体における化学的循環のひとつです。窒素循環といえば特に、生き物がどのようにして無機窒素を取り入れて利用するのか、また、生き物の体から排出された窒素化合物がどの様にして食物連鎖を経て循環しているのかという点にフォーカスされて語られることの多い言葉でもあります。

そもそも窒素とは、生物の体ではタンパク質を構成するアミノ酸の構成元素であり、DNAやRNAといった遺伝情報の保存を担う核酸の構成元素でもあり、つまり生命にとって無くてはならない必須の元素です。その必須の窒素は、実は大気中の空気の78%をも占める普遍的に存在する元素ではありますが、大気窒素の状態は非常に安定度が高く、他の元素と反応しにくい(不活性)性質を持っています。

その性質から、化学的に安定している窒素ガスをほとんどの生物はそのまま利用することはできません。そこで必要となるのが窒素固定と呼ばれる大気窒素を生物が利用できる硝酸やアンモニウム等の窒素化合物に変換させる作用ですが、それには様々な生物が関わっています。

生物的窒素固定

image by iStockphoto

それでは、窒素固定がどの様に起こり生物の利用できる窒素化合物が生産されるのかを見ていきましょう。まず、大気窒素から窒素化合物が生成される現象として有名なものがカミナリです。カミナリが起こると、その放電現象により大気窒素から窒素酸化物が生じます。

実はカミナリは稲妻とも呼ばれますが、その語源についてご存知でしょうか。実はカミナリが起こると稲の収穫量が増えると昔の人は知っていたという説があるのです。これは、稲妻により窒素固定が起こり、大地の肥料となって稲の生育に役立ったのではないかと言われています。

窒素固定の流れと関わる生物

窒素固定の流れと関わる生物

image by Study-Z編集部

窒素固定はカミナリだけで起こる訳ではありません。生物による窒素固定の例としてはマメ科植物の根に存在する根粒細菌の働きが有名です。土壌細菌により固定された窒素は、生物の体を構成し、食物連鎖の輪の中に取り込まれます。生物の死骸や排泄物の一部として窒素は、腐食動物や分解者などによりアンモニアに姿を変えるのです。

アンモニアは土壌中の亜硝酸菌により亜硝酸塩に変化します。さらに、硝酸菌が亜硝酸塩を硝酸塩に変化させて生物が利用できる形となり再び生物に取り込まれるのです。この時、脱窒菌の働きにより窒素ガスに戻る窒素原子も存在します(脱窒)。

ちなみにヒトを含めた哺乳類のほとんどが余剰分の窒素を尿中に尿素の形で排泄しますが、トリや爬虫類などの卵生成物では、尿素では排泄をしません。尿素は毒性を持ちますが、硬い殻を持つ卵は外部に排出できないため尿酸の形で排泄する仕組みを備えています。尿酸の利点は、保管に大量の水を必要としない点も挙げられ、他にも尿素では卵殻中に保存することで浸透圧が高くなりすぎますが尿酸では水に溶けにくく浸透圧対策にも適しているのです。

\次のページで「初期地球での窒素固定はどのように行われたか」を解説!/

初期地球での窒素固定はどのように行われたか

image by iStockphoto

現在の地球上には、細菌類も含めた生物群がひしめき合っています。当然それら生物群の体を構成する一成分である窒素はすべて窒素循環の中で固定された窒素であるわけですが、固定された窒素の総量は想像もできないほど膨大な量です。陸上生物、水生生物、土壌中にも生き物は居ます。さらに植物の落ち葉などからできた腐葉土や海底に積もったマリンスノーなど、生物由来の有機物は地球を覆い尽くさんばかりです。

これら固定窒素は、生命が誕生してから脈々とつながっている循環の中で地球に蓄積された固定窒素と言えます。では生命誕生まで遡ると、初期地球にはどれほどの固定窒素が存在していたのでしょうか。自然現象であるカミナリによる放電から、窒素酸化物が生成されたのかもしれませんね。しかし、放電現象だけで地球全体に生命発生につながる量の固定窒素をばらまくことができるのかという疑問が湧きます

地球上のどこかで局所的に放電現象が起こりやすかった場所があったかも知れませんし、何らかの窒素酸化物を濃縮する自然現象があったかも知れません。が、こればかりは見てきた人はいないので、推測の域を出ません。複合的な要因も絡んでくることでしょう。そこで、一つ有力な説をご紹介します。

深海熱水環境下における古細菌

image by iStockphoto

初期地球においてどうやって生命が爆発的に増加するために十分な量の窒素が固定されたのか、その答えとなりえる有力な候補が、実は海の底にあります。生命の進化の過程から、生命ははじめは海で生まれ繁殖したというのが定説です。では、海底には生命が利用できる窒素がたくさんあったのではないかという仮説が成り立ちます。

実は、日本の独立行政法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)が、2014年のプレスリリースで、深海熱水環境下において窒素固定を行うメタン生成古細菌による微生物生態系について発表をしました。深海熱水環境というのは、海底火山の影響で、マグマにより高温に熱せられた海水が海底から吹き出して影響を与えている場所です。海底から吹き出した海水は、地下のミネラルや化合物が豊富に含まれており、それら環境下では現在でも地上とは異なる代謝経路による生態系が築き上げられています。

JAMSTECは深海探査機によりそれら生物を採取し分析することで、メタン生成古細菌が熱水環境下で窒素固定を担い、独自の微生物生態系を作っていることを解明したのです。初期地球においても同様の生態系が築き上げられていたことは想像に難くなく、海底において長い時間をかけて固定窒素が蓄積され、海における生命の爆発的繁殖に繋がっていったのではないかと言われています。

人工的な窒素固定

窒素が生物にとって必要不可欠な元素であり、様々な生物が関わって窒素を変化させて利用していることをご理解頂けたと思います。土壌や海底の微生物が窒素固定の隠れた主役であることは変わりないのですが、しかしながら現代では窒素固定源が昔とは異なっているのです。

それは人間が化学的知識を持ち、人工的に窒素を固定する方法を発見したことによります。「ハーバー・ボッシュ法」と呼ばれる反応では、窒素と水素からアンモニアを生成することができるようになりました。さらに「オスワルト法」では、アンモニアから硝酸を作り出すことができます。

これら手法を工業的に用いることで、人類は化学肥料を大量生産する道を切り開きました。農産物の収穫量は飛躍的に増大し、人類の人口は増加の一途をたどっています。現在では、生物学的な窒素固定よりも、化学的窒素固定が、地球上で最大の窒素固定源となっているのです。この急激な変化が今後の地球に与える影響はまだ分かっていません。

" /> 窒素循環とは?様々な生物が関わる循環を最新の研究とともにバイオ系ライターがわかりやすく解説 – Study-Z
理科生物

窒素循環とは?様々な生物が関わる循環を最新の研究とともにバイオ系ライターがわかりやすく解説

今回は「窒素循環」について解説していきます。

窒素は生物の体を構成する重要な元素です。窒素循環は、その窒素の流れを地球全体で捉えた概念です。大気中に存在する窒素は自然現象や生物の働きにより窒素酸化物等に変化する。さらに様々な微生物の働きによって生物が利用できる形へと変化して生物の食物連鎖に取り込まれて地球をめぐっている。その流れや最近の研究内容について触れていく。

大学院で遺伝子工学を専攻していたバイオ系ライターこざよしと一緒に解説していきます。

ライター/こざよし

遺伝子工学を中心にマリンバイオテクノロジーを大学院まで専攻したバイオ系ライター。バイオサイエンス、生化学、化学分野のトピックスをわかりやすく解説する。

窒素循環とは地球全体の流れ

image by iStockphoto

それではまず、窒素循環という言葉の意味について解説していきます。窒素循環とは、窒素原子が地球上において様々な化合物を変遷しながら、生物・無生物の間を巡って循環することを意味しており、生物地球化学的循環と呼ばれる地球全体における化学的循環のひとつです。窒素循環といえば特に、生き物がどのようにして無機窒素を取り入れて利用するのか、また、生き物の体から排出された窒素化合物がどの様にして食物連鎖を経て循環しているのかという点にフォーカスされて語られることの多い言葉でもあります。

そもそも窒素とは、生物の体ではタンパク質を構成するアミノ酸の構成元素であり、DNAやRNAといった遺伝情報の保存を担う核酸の構成元素でもあり、つまり生命にとって無くてはならない必須の元素です。その必須の窒素は、実は大気中の空気の78%をも占める普遍的に存在する元素ではありますが、大気窒素の状態は非常に安定度が高く、他の元素と反応しにくい(不活性)性質を持っています。

その性質から、化学的に安定している窒素ガスをほとんどの生物はそのまま利用することはできません。そこで必要となるのが窒素固定と呼ばれる大気窒素を生物が利用できる硝酸やアンモニウム等の窒素化合物に変換させる作用ですが、それには様々な生物が関わっています。

生物的窒素固定

image by iStockphoto

それでは、窒素固定がどの様に起こり生物の利用できる窒素化合物が生産されるのかを見ていきましょう。まず、大気窒素から窒素化合物が生成される現象として有名なものがカミナリです。カミナリが起こると、その放電現象により大気窒素から窒素酸化物が生じます。

実はカミナリは稲妻とも呼ばれますが、その語源についてご存知でしょうか。実はカミナリが起こると稲の収穫量が増えると昔の人は知っていたという説があるのです。これは、稲妻により窒素固定が起こり、大地の肥料となって稲の生育に役立ったのではないかと言われています。

窒素固定の流れと関わる生物

窒素固定の流れと関わる生物

image by Study-Z編集部

窒素固定はカミナリだけで起こる訳ではありません。生物による窒素固定の例としてはマメ科植物の根に存在する根粒細菌の働きが有名です。土壌細菌により固定された窒素は、生物の体を構成し、食物連鎖の輪の中に取り込まれます。生物の死骸や排泄物の一部として窒素は、腐食動物や分解者などによりアンモニアに姿を変えるのです。

アンモニアは土壌中の亜硝酸菌により亜硝酸塩に変化します。さらに、硝酸菌が亜硝酸塩を硝酸塩に変化させて生物が利用できる形となり再び生物に取り込まれるのです。この時、脱窒菌の働きにより窒素ガスに戻る窒素原子も存在します(脱窒)。

ちなみにヒトを含めた哺乳類のほとんどが余剰分の窒素を尿中に尿素の形で排泄しますが、トリや爬虫類などの卵生成物では、尿素では排泄をしません。尿素は毒性を持ちますが、硬い殻を持つ卵は外部に排出できないため尿酸の形で排泄する仕組みを備えています。尿酸の利点は、保管に大量の水を必要としない点も挙げられ、他にも尿素では卵殻中に保存することで浸透圧が高くなりすぎますが尿酸では水に溶けにくく浸透圧対策にも適しているのです。

\次のページで「初期地球での窒素固定はどのように行われたか」を解説!/

次のページを読む
1 2
Share: