今回のテーマは「がん抑制遺伝子」です。 国立がん研究センターの発表では、悪性新生物(がん)による死亡は日本人の死因の第一位。そして生涯でがんに罹患する確率は男性で65.5%、女性で50.2%、つまり2人に1人はがんを罹患すると言われている。
これだけ多い病気ですが、「がん」とはどんな病気か知っている人は少ないんじゃないか?そして、本来ならば正常な細胞にはがんを抑制する遺伝子があり、この遺伝子が細胞ががん化をするのを防いでいるんです。ではなぜ人はがんになるのでしょう。大学院でガン抑制遺伝子の研究をしている、生物に詳しいライターcaoriと一緒に解説していきます。

ライター/Caori

国立大学院の博士課程に在籍している現役の理系大学院生。とっても身近な現象である生命現象をわかりやすく解説する「楽しくわかりやすい生物の授業」が目標。

「がん」とはなにか

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がんとはどんな病気なのでしょうか?「肺がん」、「胃がん」、「大腸がん」など、一言に「がん」と言ってもたくさん種類がありますよね。まずは「がん」の発生やどんな病気なのかについてご説明します。

ヒトの体は約37兆個の細胞からできており、これらの細胞は厳密にコントロールされ「必要な場所」で「必要な働き」をし、常に「必要な数が保たれて」、ヒトの身体の恒常性を保っているのです。しかし、なんらかの原因で遺伝子が変異すると、細胞は本来の働きを失い、不必要な場所で増え続けるようになります。つまり、「がん」とは普通の細胞から発生した異常な細胞が無秩序に増える病気です。

がん細胞は制御を失い、無秩序に増え続けます。勝手に増え続けて周囲の大切な組織を機能できないほどに壊したり、他の組織へと浸潤・転移したり、血管を詰まらせたり、血管を壊して大出血を起こさせたりするのです。そしてがんは多量に栄養を必要とするため、正常な組織もがん細胞に栄養を奪われ、身体は栄養失調に陥り、そして免疫力も低下します。このようなメカニズムで「がん」はヒトを死に至らしめるのです。

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「がん抑制遺伝子」とは

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こんな凶暴な「がん細胞」が簡単にできては困るので、「がん細胞」ができないようにするためのシステムが私達の身体には備わっています。そのシステムのひとつが「がん抑制遺伝子」です。

「がん抑制遺伝子」は、がんの発生を抑制する機能を持つタンパク質をコードする遺伝子で、がん細胞が出来ないように遺伝子を修復したり、細胞死(アポトーシス)を誘導したり、無秩序に増殖しようとする作用にブレーキをかける働きをします。具体的に言うと、DNA修復や細胞周期チェックポイント制御、転写因子制御などの働きをしていて、特に有名な「がん抑制遺伝子」はp53,Rb,BRCA1などです。また、「がん抑制遺伝子」とは逆にがんの発生や増悪を促進する「がん遺伝子」も存在します。

がん抑制遺伝子p53の働き

がん抑制遺伝子p53の働き

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ここでは最も研究が進んでいる「p53」について説明します。p53は1979年にアメリカの分子生物学者アーノルド・J・レビンによって発見されました。ヒトのp53遺伝子は第17番染色体上(17p13.1)に存在し、分子量53000、アミノ酸393個からできたタンパク質です。1989年にアメリカのがん研究者バート・フォーゲルシュタインにより「がん抑制遺伝子」として証明されて以降、今でも多くの研究者がp53の研究を進めています。

p53タンパク質は転写因子として働き、多くの遺伝子群の発現に関与しているため、対象となるタンパク質の種類は非常に多いことで有名です。p53は細胞周期の進行を阻害して増殖を止めたり、傷ついたDNAを修復したり、細胞ががん化してしまった際には細胞死(アポトーシス)を誘導する働きを持ちます。他にもp53の持つ機能は代謝経路の変更、抗酸化効果、抗血管新生、自食作用、細胞の老化などとても幅広いものです。

ガン抑制遺伝子の異常による発がん

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p53を始めとする「がん抑制遺伝子」が細胞を守っているはずなのに、なぜヒトは「がん」になるのでしょうか?その理由の一つが何らかの理由でがん抑制遺伝子が損傷し、その機能が低下したり失われるからです。現に「がん細胞」の遺伝子を調べると約50%という高頻度でp53遺伝子の異常が認められています

p53遺伝子に生じる異常は、主に点突然変異またはフレームシフト突然変異です。詳しく説明すると、DNAはA,T,G,Cの4種類の塩基の組み合わせでできています。さまざまな要因により、これらの塩基のうち、1つが別の塩基に置き変わるのが点突然変異です。もしくは1塩基の欠損または挿入により、アミノ酸を読み込む三つ組みの読み枠がずれることを「フレームシフト突然変異」と言います。がん抑制遺伝子のDNAに間違いが生じてしまうと、がん抑制遺伝子の機能が低下したり不活性化が起こり、「がん」へのブレーキが利かない状態になるのです。

がん抑制遺伝子に変異が生じる理由

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最初に、がん細胞は正常な細胞からできると説明しました。私たちの体内では、日々大量の新しい細胞が生まれているのです。人の体を構成する約37兆個の細胞のうち、1日に約2%の細胞が死に、細胞分裂によって新しい細胞と入れ替わっていると言われています。日々多くの細胞を作りだしているため、DNA複製時に自然にミスが生じてしまうことは実はよくある現象です。

さらに自然に発生する以外にも、さまざまな外的要因が遺伝子突然変異を引き起こすことがわかっています。これまでに、タバコ、飲酒、加工肉、塩蔵食品、さらに放射線や化学物質などは突然変異を誘発すると報告されました。

DNAの突然変異以外にも、加齢や胃がんの原因であるヘリコバクター・ピロリ(ピロリ菌)への感染はDNAをメチル化します。DNAのメチル化とは塩基のCやAへのメチル基が付加する反応で、重要なエピジェネティク修飾です。しかし、「がん抑制遺伝子」にメチル化が起こってしまうと、遺伝子の働きを抑制してまい、これが「がん抑制遺伝子」に起こると発がんの原因となります。 

「がん」にならないために

今回は「がん抑制遺伝子」というテーマで、そもそも「がん」とはどんな病気なのか。そのがんを抑制している遺伝子の「がん抑制遺伝子」の働きや異常について説明をしました。

がん研究は日々続けられ、効果的な治療法や副作用の少ない抗がん剤が開発され、患者さんの5年生存率も伸びています。しかし、基本的ながんの基本的なメカニズムさえ、まだまだ分からないことが多く、治療法の確立されていないがんも多数存在することも現実です。

少し意外かもしれませんが、がんは、生活習慣病の一つに分類されています。がんはさまざまな要因によって発症していると考えられており、がん抑制遺伝子の損傷の場合でも徐々にDNAに傷がついていき、それが蓄積されて起こるのです。生活習慣が原因ということは、がんの原因の中には予防できるものも多く含まれてるということ。たとえば、禁煙やピロリ菌の除菌はがん発症のリスクを下げます。ぜひ今回ご紹介した「がん抑制遺伝子に変異が生じる原因」を取り除くようにしてみてくださいね。

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タンパク質と生物体の機能理科生物細胞・生殖・遺伝

3分で簡単「がん抑制遺伝子」人体に備わるがんを予防する機能とは?現役理系大学院生がわかりやすく解説!

今回のテーマは「がん抑制遺伝子」です。 国立がん研究センターの発表では、悪性新生物(がん)による死亡は日本人の死因の第一位。そして生涯でがんに罹患する確率は男性で65.5%、女性で50.2%、つまり2人に1人はがんを罹患すると言われている。
これだけ多い病気ですが、「がん」とはどんな病気か知っている人は少ないんじゃないか?そして、本来ならば正常な細胞にはがんを抑制する遺伝子があり、この遺伝子が細胞ががん化をするのを防いでいるんです。ではなぜ人はがんになるのでしょう。大学院でガン抑制遺伝子の研究をしている、生物に詳しいライターcaoriと一緒に解説していきます。

ライター/Caori

国立大学院の博士課程に在籍している現役の理系大学院生。とっても身近な現象である生命現象をわかりやすく解説する「楽しくわかりやすい生物の授業」が目標。

「がん」とはなにか

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がんとはどんな病気なのでしょうか?「肺がん」、「胃がん」、「大腸がん」など、一言に「がん」と言ってもたくさん種類がありますよね。まずは「がん」の発生やどんな病気なのかについてご説明します。

ヒトの体は約37兆個の細胞からできており、これらの細胞は厳密にコントロールされ「必要な場所」で「必要な働き」をし、常に「必要な数が保たれて」、ヒトの身体の恒常性を保っているのです。しかし、なんらかの原因で遺伝子が変異すると、細胞は本来の働きを失い、不必要な場所で増え続けるようになります。つまり、「がん」とは普通の細胞から発生した異常な細胞が無秩序に増える病気です。

がん細胞は制御を失い、無秩序に増え続けます。勝手に増え続けて周囲の大切な組織を機能できないほどに壊したり、他の組織へと浸潤・転移したり、血管を詰まらせたり、血管を壊して大出血を起こさせたりするのです。そしてがんは多量に栄養を必要とするため、正常な組織もがん細胞に栄養を奪われ、身体は栄養失調に陥り、そして免疫力も低下します。このようなメカニズムで「がん」はヒトを死に至らしめるのです。

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