
1.近年SNSで有名人の中傷コメントをすることが問題となっているが、自分の愚かさに気づいていないか見ぬふりをしているだけの非常におこがましい行為であり、その人も同じように中傷される経験を持ったほうがいいと思った。
2.ビジネスの場面でおこがましいと思われたら嫌だと弱気になると、かえって上司とのコミュニケーション不足になるのでここぞという状況のときには遠慮なく生意気なことを言って注意したほうがよい。
3.中国の時代劇ドラマ作品を大げさでストーリーも一辺倒だとおこがましく思っていたが、観てみると豪華絢爛でスケールが大きく、時代により男性と女性の扮装も違っていて人気コンテンツなのも納得だ。
先程の意味の解説で触れたとおり、すべての例文で相手またはものごとを否定するような言い方になっています。しかし例文3は自分のことを「おこがましい」と謙遜している場合で、例文1・2は明らかな否定もしくは否定されたらどうしようというネガティブな思考です。
例文1は人を陥れる行為は馬鹿げたことであり、同じような経験をしたほうがいいということで、例文2は上司に生意気だと思われたくないと言いたいことを我慢しているのは良くないということになります。例文3は中国ドラマを生意気にも大げさでワンパターンだと思っていたが、人気のコンテンツというのも納得だという面白さだったという文です。
「さしでがましい」
「さしでがましい」(差し出がましい)はでしゃばって余計なことをするように感じる、または感じさせるようなことをする様子のことをいいます。「さしでがましいことを言うようですが…」のように、目上の人に対して自分はでしゃばっていると自覚がある場合に一言断ってから本題に入るというのは社会人の基本ですね。例文として「新人が予算の決定をするのはさしでがましいことだ」のような使い方をします。
「僭越」
「僭越」(僭越)は自分の地位や立場をわきまえず出過ぎたことをすることです。「僭越な言い方」は立場をわきまえない偉そうな言い方のことで、「まことに僭越ながら…」という言い回しは私のようなものがというような、挨拶のなどでの謙遜した言い方をします。どちらも「おこがましい」と同じ意味ですね、使い方も同じです。「僭越ながら私が今回の株主総会の司会をいたします」のように使います。
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