今回は「テロメラーゼ」をテーマに学んでいこう。

テロメラーゼや、テロメラーゼの関係する「テロメア」は、近年急速に研究が進んでいる。生物の”死”や”老化”、がんなどの病気にも関係しているとも考えられる、重要な物質です。これからの生命科学で大きな存在となるであろうテロメラーゼについて知っておくことは、決して無駄ではないぞ。

大学で生物学を学び、現在は講師としても活動しているオノヅカユウに解説してもらおう。

ライター/小野塚ユウ

生物学を中心に幅広く講義をする理系現役講師。大学時代の長い研究生活で得た知識をもとに日々奮闘中。「楽しくわかりやすい科学の授業」が目標。

テロメラーゼ

テロメラーゼ(telomerase)とは、真核生物の染色体末端に存在するテロメアとよばれる部分を伸長する酵素です。そのはたらきから、日本語では”テロメア合成酵素”と紹介してもよいでしょう。

テロメラーゼの役割や重要性を理解するためには、テロメラーゼがはたらくテロメアについて知っておかなくてはなりません。

テロメアとは

Telomere.png
CC 表示-継承 3.0, リンク

テロメア(telomea)とは、前述の通り染色体の末端に存在する特別な構造です。真核生物の染色体は、長いDNAの2本鎖とタンパク質によって構成されています。細胞分裂のおきるとき、それぞれの細胞がもつDNAは複製され、新しい細胞に分配されますよね。

2本鎖がほどけ、DNA合成酵素(DNAポリメラーゼ)によってDNA鎖がつくられていきますが…じつはこの時、DNAの末端部分の配列は、複製をすることができません。言い換えるなら、細胞分裂のためDNAが複製される度に、DNAは短くなっていってしまうのです。

それを防ぐのがテロメアの役割なんです!

テロメア部分のDNAの塩基配列は、何かのタンパク質をコードしているというわけではなく、とくに意味がありません。DNAの複製をするたびに短くなっていくのは、このテロメア部分であり、テロメアが短くなることで、生命に必要な遺伝情報に影響を与えないようになっているのです。

逆にいえば、テロメアが短くなり、その構造がなくなってしまった時こそが、DNA複製の限界であり、細胞分裂の限界ということができます。テロメアが失われてしまった細胞は回復せず、それ以上細胞分裂しない”細胞老化”とよばれる状態になるのです。

テロメラーゼの役割

ここまでくれば、テロメラーゼの存在する意味が理解できるでしょう。テロメラーゼは、短くなってしまったテロメアの塩基配列を伸長する酵素です。テロメアが伸びれば、細胞老化までの時間を引き延ばすことができます。

このため、テロメラーゼは「細胞を若返らせる」とか「細胞を不死にする酵素」などといって紹介されたりもするんです。

image by Study-Z編集部

\次のページで「ヒトの細胞のテロメラーゼは?」を解説!/

ヒトの細胞のテロメラーゼは?

「細胞の若返り」。なんとも魅力的な言葉ではないでしょうか?いつまでも若々しく健康な細胞でいられたら、私たちの寿命も延びるのかもしれませんが…残念ながら、ヒトの体内では、生殖細胞などの限られた細胞でしか、テロメラーゼが発現していないのです。皮膚や筋肉といった体細胞では、テロメラーゼの発現がほとんど見られません。

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テロメラーゼの有無と寿命の関係は、まだ研究段階。はっきりわかっていない点も少なくありません。テロメアやテロメラーゼについての理解が進めば、生物の生死や老化といった現象が解明に近づくでしょう。

テロメラーゼとがん

ヒトの体細胞では基本的にテロメラーゼがはたらきませんが、その例外といえるのががん細胞です。

がん(悪性腫瘍)は、DNAが傷つき、異常に増殖をするようになったがん細胞ができてしまう病気。がん細胞が正常な細胞の機能を阻害したり、栄養を奪ったりすることで、からだに様々な悪影響をあたえます。腫瘍が小さなうちに取り除いてしまえば、命が助かることも増えてきました。しかしながら、大きくなり、あちこちに転移したがんは治療も困難なものになります。日本人の死因の多くががんであることは、皆さんがご存じの通りです。

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無制限に増殖するがん細胞の多くでは、テロメラーゼを発現する遺伝子が活性化していることが分かっています。細胞分裂の限界を超えてなお増え続けるがん細胞は、まさに”不老不死”といったところです。

一方で、テロメラーゼを利用したがんの治療法も開発されています。テロメラーゼの合成を抑制したり、テロメラーゼがはたらけなくなるようにするテロメラーゼ阻害剤によって、がん細胞の無制限な増殖を止めてしまおうというのです。

まだ研究段階ではありますが、新しいがん治療法になるのではないかと期待されています。

テロメアとテロメラーゼの研究の歴史

テロメアは、1930年代にアメリカのハーマン・マラーおよびバーバラ・マクリントックによって発見されました。

\次のページで「テロメアの研究は応用段階へ…」を解説!/

1970年代、「テロメアが細胞分裂のたびに短くなってしまう」ということに、ロシアの生物学者アレクセイ・オロヴニコフが気付きます。テロメアの短縮が細胞分裂を止めてしまうことから、オロヴニコフは「生物には短くなったテロメアを修復する酵素があるだろう」と考えました。つまり、テロメラーゼの存在を予測したのです。

Telomerase.png
Boumphreyfr - 投稿者自身による作品, CC 表示-継承 3.0, リンクによる

そして1985年、アメリカの二人の研究者によって、とうとうテロメラーゼが単離されました。成功したのはキャロル・グライダーとエリザベス・ブラックバーン。実験にはテトラヒメナという、ちいさな原生生物が使われました。

グライダーとブラックバーンは、研究に関係したジャック・ショスタクとともに、2009年のノーベル生理学・医学賞を受賞しました。受賞理由は『テロメアとテロメラーゼ酵素が染色体を保護する機序の発見』です。

テロメアの研究は応用段階へ…

細胞の寿命を決める、テロメアという構造。そして、そのテロメアの長さを復活させてしまう、テロメラーゼの存在…今回は、生物の生死や老い、病気に深くかかわる内容でした。

テロメラーゼに関する知識が深まれば、がん治療だけでなく、老化を遅らせたり、寿命を延ばしたりじする技術が登場してくるかもしれません。これからの研究にも注目したいですね。

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理科生物細胞・生殖・遺伝

細胞の寿命を延ばす!?酵素「テロメラーゼ」について現役講師がわかりやすく解説します!

今回は「テロメラーゼ」をテーマに学んでいこう。

テロメラーゼや、テロメラーゼの関係する「テロメア」は、近年急速に研究が進んでいる。生物の”死”や”老化”、がんなどの病気にも関係しているとも考えられる、重要な物質です。これからの生命科学で大きな存在となるであろうテロメラーゼについて知っておくことは、決して無駄ではないぞ。

大学で生物学を学び、現在は講師としても活動しているオノヅカユウに解説してもらおう。

ライター/小野塚ユウ

生物学を中心に幅広く講義をする理系現役講師。大学時代の長い研究生活で得た知識をもとに日々奮闘中。「楽しくわかりやすい科学の授業」が目標。

テロメラーゼ

テロメラーゼ(telomerase)とは、真核生物の染色体末端に存在するテロメアとよばれる部分を伸長する酵素です。そのはたらきから、日本語では”テロメア合成酵素”と紹介してもよいでしょう。

テロメラーゼの役割や重要性を理解するためには、テロメラーゼがはたらくテロメアについて知っておかなくてはなりません。

テロメアとは

テロメア(telomea)とは、前述の通り染色体の末端に存在する特別な構造です。真核生物の染色体は、長いDNAの2本鎖とタンパク質によって構成されています。細胞分裂のおきるとき、それぞれの細胞がもつDNAは複製され、新しい細胞に分配されますよね。

2本鎖がほどけ、DNA合成酵素(DNAポリメラーゼ)によってDNA鎖がつくられていきますが…じつはこの時、DNAの末端部分の配列は、複製をすることができません。言い換えるなら、細胞分裂のためDNAが複製される度に、DNAは短くなっていってしまうのです。

それを防ぐのがテロメアの役割なんです!

テロメア部分のDNAの塩基配列は、何かのタンパク質をコードしているというわけではなく、とくに意味がありません。DNAの複製をするたびに短くなっていくのは、このテロメア部分であり、テロメアが短くなることで、生命に必要な遺伝情報に影響を与えないようになっているのです。

逆にいえば、テロメアが短くなり、その構造がなくなってしまった時こそが、DNA複製の限界であり、細胞分裂の限界ということができます。テロメアが失われてしまった細胞は回復せず、それ以上細胞分裂しない”細胞老化”とよばれる状態になるのです。

テロメラーゼの役割

ここまでくれば、テロメラーゼの存在する意味が理解できるでしょう。テロメラーゼは、短くなってしまったテロメアの塩基配列を伸長する酵素です。テロメアが伸びれば、細胞老化までの時間を引き延ばすことができます。

このため、テロメラーゼは「細胞を若返らせる」とか「細胞を不死にする酵素」などといって紹介されたりもするんです。

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