今回のテーマは「水銀柱」です。

1水銀柱ミリメートル(1mmHg)が何パスカル(Pa)か知ってるか?受験で勉強したら終わりのように思われているが実は私たちの身の回りの、しかも意外と大切なところの単位として使われていたりするんです。

水銀柱が使われるようになった背景から計算まで、国立大学の理系出身で、重工メーカーの技術者として様々な単位にも詳しいライターNaohiroと一緒に解説していきます。

ライター/Naohiro

国立大学の理系出身で、卒業後重工メーカーの技術者として様々な単位を駆使して問題解決を試みてきた。SI基本単位が大好きで、組立単位は大体分解して考えている。

1. 水銀柱と圧力の歴史

image by iStockphoto

それでは最初になぜ水銀柱の実験が行われたのか、そしてその意義について歴史を辿ってみましょう。

1-1. 知の巨人アリストテレス

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After リュシッポス - Jastrow (2006), パブリック・ドメイン, リンクによる

紀元前4世紀古代ギリシア時代を生きた哲学者アリストテレス。哲学のみならず自然学、生物学、論理学、政治学、形而上学(けいじじょうがく)といったあらゆる学問を分類体系化した万学の祖と呼ばれる偉人ですよね。

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Quistnix, CC 表示-継承 3.0, リンクによる

彼は当時例えば火に風を送り出すふいごで、風の出口となる穴をふさいだ状態で取っ手部分を広げられないといった現象から「自然は真空を嫌う」と結論づけていました。これを真空嫌悪説(しんくうけんおせつ)といいます。この考え方、なんとそれから2000年近く科学者の間で一般的な考え方となっていたのです。

1-2. 10m以上水が組み上げられないことに疑問を抱いたガリレイ

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ユストゥス・サステルマンス - scan of 2D image as in notes below, パブリック・ドメイン, リンクによる

そしてその約2000年後、17世紀初頭鉱山の発展に伴い揚水ポンプを使って水を汲み上げようとすると大体10mよりも深くなると、上部を真空にしてもなぜか水が汲み上げられなくなるという現象がよく知られるようになっていきました。

職人からこの話を聞いた近代科学の父ともよばれるかのガリレオ・ガリレイは、アリストテレスの言う通り本当に「自然が真空を嫌う」ならば水はどこまでも汲み上げられるはずだが現実ではそうなっていない。”自然が真空を嫌う限界があるはずだ”と推定したのです。

1-3. ガリレオの弟子トリチェリの水銀柱実験

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Photographer: Archival Photograph by Mr. Steve Nicklas, NOS, NGS - Image ID: libr0367, Treasures of the NOAA Library Collection Secondary source: NOAA Central Library National Oceanic & Atmospheric Adminstration (NOAA), USA http://www.photolib.noaa.gov/library/libr0367.htm, パブリック・ドメイン, リンクによる

そこで1643年、ガリレオ・ガリレイの弟子エヴァンジェリスタ・トリチェリ液体金属であり高い密度をもつ水銀を使ってとある実験を行います。それは1mほどのガラス管に水銀を満たし、同じく水銀を満たした容器にこれを立てると常に76cmの高さになるというものです。ガラス容器を上に引き上げても76cm、下に突き出しても76cmになるのですね。

\次のページで「1-4. パスカルの活躍」を解説!/

image by Study-Z編集部

前述した通り約10メートルよりも深い井戸から水を吸い上げることができないということが知られていました(水柱の高さは約10メートル)ので、それと比べると水銀は水の約13分の1の高さにしかならないことがわかります。水の密度は1g/cm3、水銀の密度は13.5g/cm3ですから、このことから高さの比と密度の比が概ね逆比になるということがここから推測できますよね。”概ね”というのは水を使用した場合真空部に水蒸気と溶解していた空気が放出され、圧力が発生することによります。

これにより”自然が真空を嫌う限界がある”ことを証明。さらには大気の重さ(大気圧)を求めたのです。

1-4. パスカルの活躍

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http://www.thocp.net/biographies/pascal_blaise.html (file), パブリック・ドメイン, リンクによる

以上トリチェリの水銀柱実験を受け、同時代を生きたフランスの天才物理学者ブレーズ・パスカルはガラス管の断面積を変えてみたり、斜めにしてみたり、形状を変えてみるといった水銀柱実験を実施。それに加えて、パスカルは義兄のペリエにお願いをし故郷クレルモンの近くにあるピュイドドーム山(標高1463m)の山頂で水銀柱の高さが約73cmになることを確認。それらの結果をまとめて1648年に『流体の平衡に関する大実験』という論文を発表。更には水銀の変わりにぶどう酒を使うと13.8mもの長さの管が必要であることを確認しました。

これらの功績はパスカルが1654年に『流体平衡論』で密閉した容器内で静止している流体のある点に圧力を加えると、流体内のすべての点の圧力が同じだけ増えるというかの有名な「パスカルの原理」を発表することにつながっていくのです。

2. 水銀柱ミリメートル(mmHg)の計算

それでは水銀柱を使って大気圧の計算や圧力の換算を行ってみましょう。

2-1. 大気圧を計算してみよう

水銀柱の密度を使った簡単な大気圧の計算です。

・ガラス管の断面積A(m2)←任意

・水銀柱高さ h = 760(mm) = 0.76(m)

・水銀Hgの密度 c = 13.5(g/cm3) = 13.5×103 (kg/m3

・重力加速度 g = 9.8(m/s2

・大気圧 X(N/m2

X × A = c × h × A × g 

⇒ X = 1.0 × 105 (N/m2

\次のページで「2-2. 1mmHgはどれくらいの圧力?」を解説!/

簡単に説明すると任意断面積×高さで体積を出し、そこに水銀の密度をかけることで水銀柱の質量。水銀柱の質量に重力加速度をかけて力の単位N(ニュートン)を導出、比較することで大気圧X(N/m2)しています。

つまり1平方メートルの面に対して大気から10ton(トン)もの力がかかっていることが計算から導き出されるわけです。目に見えない気体からそんなにも強力な力がかかっているということを発見した当初、それがどれほどの驚きであったかは想像に難くありませんね。

2-2. 1mmHgはどれくらいの圧力?

先ほどは簡単に計算しましたが、皆さんご存じの通り大気圧は正式には101,325Pa。通常100を意味するh(ヘクト)を使って1013hPa(ヘクトパスカル)と表現されますね。

さて、1mmHgは?101,325Paを760で割ると1mmHg = 133.3Paということがわかりました。イメージしやすいように先ほどと同じく重量に換算すると1mmHgというのが1平方メートルの面に対して13.6kgの圧力に相当するということがわかりましたね。

3. 今でも使われるmmHg

image by iStockphoto

世界的なSI単位系統一が進んでいますが、唯一水銀柱ミリメートル(mmHg)が使われる場面があります。それは血圧の測定です。

今では電子式の血圧計が普及してはいるものの、表示として古くからmmHgが使われているという歴史と、パスカル(Pa)に変えた場合数値が大きく変わることによる混乱の予測。以上の経緯から血圧には国際単位系の例外としてmmHgがそのまま適用され続けているのです。

実際に水銀血圧計は精密機器でないため故障が少なく、電源が不要なためどこでも使用することができるというメリットがあり今でも使用されています。最高血圧の目安として140mmHg、最低血圧の目安として90mmHgが定められていますから、先ほどの換算式を使ってそれぞれ何Pa、1平方メートルあたり何kgの圧力に相当するのか計算してみると面白いですね。

初めて真空をつくり圧力研究の発展に貢献した水銀柱

2000年近く信じられていた「真空は作り出せない」という思い込みがが3人の科学者たちのリレーにより打ち破られることとなりました。それはガリレオ、トリチェリそしてパスカルです。トリチェリは水よりも比重が重く唯一常温で液体である水銀を使うことで真空を作りだし、そこから圧力の研究は大きな発展を遂げたのですね。

水銀の密度を用いて大気圧の計算を行ってみましたが、この計算は基礎的なものとなります。理解できなかった場合は自分で、何も見ないで導出できるようになるまでやってみて下さい。密度がかわると柱の高さがどれくらいになるのかというのも計算してみると楽しいですよ。

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3分で簡単「水銀柱」1mmHgは何Pa?理系ライターがわかりやすく解説

今回のテーマは「水銀柱」です。

1水銀柱ミリメートル(1mmHg)が何パスカル(Pa)か知ってるか?受験で勉強したら終わりのように思われているが実は私たちの身の回りの、しかも意外と大切なところの単位として使われていたりするんです。

水銀柱が使われるようになった背景から計算まで、国立大学の理系出身で、重工メーカーの技術者として様々な単位にも詳しいライターNaohiroと一緒に解説していきます。

ライター/Naohiro

国立大学の理系出身で、卒業後重工メーカーの技術者として様々な単位を駆使して問題解決を試みてきた。SI基本単位が大好きで、組立単位は大体分解して考えている。

1. 水銀柱と圧力の歴史

image by iStockphoto

それでは最初になぜ水銀柱の実験が行われたのか、そしてその意義について歴史を辿ってみましょう。

1-1. 知の巨人アリストテレス

Aristotle Altemps Inv8575.jpg
After リュシッポスJastrow (2006), パブリック・ドメイン, リンクによる

紀元前4世紀古代ギリシア時代を生きた哲学者アリストテレス。哲学のみならず自然学、生物学、論理学、政治学、形而上学(けいじじょうがく)といったあらゆる学問を分類体系化した万学の祖と呼ばれる偉人ですよね。

彼は当時例えば火に風を送り出すふいごで、風の出口となる穴をふさいだ状態で取っ手部分を広げられないといった現象から「自然は真空を嫌う」と結論づけていました。これを真空嫌悪説(しんくうけんおせつ)といいます。この考え方、なんとそれから2000年近く科学者の間で一般的な考え方となっていたのです。

1-2. 10m以上水が組み上げられないことに疑問を抱いたガリレイ

Galileo-sustermans2.jpg
ユストゥス・サステルマンス – scan of 2D image as in notes below, パブリック・ドメイン, リンクによる

そしてその約2000年後、17世紀初頭鉱山の発展に伴い揚水ポンプを使って水を汲み上げようとすると大体10mよりも深くなると、上部を真空にしてもなぜか水が汲み上げられなくなるという現象がよく知られるようになっていきました。

職人からこの話を聞いた近代科学の父ともよばれるかのガリレオ・ガリレイは、アリストテレスの言う通り本当に「自然が真空を嫌う」ならば水はどこまでも汲み上げられるはずだが現実ではそうなっていない。”自然が真空を嫌う限界があるはずだ”と推定したのです。

1-3. ガリレオの弟子トリチェリの水銀柱実験

Libr0367.jpg
Photographer: Archival Photograph by Mr. Steve Nicklas, NOS, NGS – Image ID: libr0367, Treasures of the NOAA Library Collection Secondary source: NOAA Central Library National Oceanic & Atmospheric Adminstration (NOAA), USA http://www.photolib.noaa.gov/library/libr0367.htm, パブリック・ドメイン, リンクによる

そこで1643年、ガリレオ・ガリレイの弟子エヴァンジェリスタ・トリチェリ液体金属であり高い密度をもつ水銀を使ってとある実験を行います。それは1mほどのガラス管に水銀を満たし、同じく水銀を満たした容器にこれを立てると常に76cmの高さになるというものです。ガラス容器を上に引き上げても76cm、下に突き出しても76cmになるのですね。

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