突然ですが「孔食」という現象を知っているか?

金属の腐食といったら鉄の赤さびを思い浮かべる人も多いでしょう。鉄板を屋外に置いておけば雨風にさらされてすぐに錆で赤くなり、その錆びがぽろぽろとれていき金属の厚みが減少していく現象です。その一方で錆びにくい金属として知られているステンレス鋼ではそんな現象は起こらなのですが、ある日突然ステンレスの板に小さな穴がぽっかり開いてしまうことがある。それが「孔食」です。

孔食とは何なのか、発生する原因はなにでどう予防すればいいのか、国立大学の理系出身で金属材料とその腐食現象にも詳しいライターNaohiroと一緒に解説していきます。

ライター/Naohiro

国立大学の理系出身。重工メーカーの技術者として培った知識と経験を武器に、金属材料の腐食現象を分かりやすく解説する。

1. 孔食の前に、腐食って何だろう?

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孔食の説明の前に、まず腐食と聞いて何を思い浮かべますか?真っ赤にさびついた鉄板?森の養分になった落ち葉?意外と分からないものですよね。(ちなみに森の落ち葉は腐食ではなく腐植です)

それではまず腐食の定義から確認していきましょう。

1-1. 「腐食」の定義

日本工業規格のJISハンドブックによると腐食とは

金属がそれをとり囲む環境物質によって、化学的又は電気化学的に侵食されるか若しくは材質的に劣化する現象

出典:JIS Z 0103-1996 防せい防食用語(日本工業規格)

とあります。この言葉だけ見ていると難しいですが、鉄が水や酸素と反応したり、イオン化傾向の異なる金属材料と接触することで部分的な電池を形成してぼろぼろになっていくことをイメージすると分かりやすいですね。

1-2. 腐食の種類

1-2. 腐食の種類

image by Study-Z編集部

一言に「腐食」といっても化学プラントのような高温低湿度環境で反応性ガスにより腐食が進行していく乾食(かんしょく)、水と酸化剤の存在下で腐食が進行する湿食(しっしょく)に大きく分けることができます。そして湿食は金属の全体が均一に酸化され腐食していく全面腐食金属の一部で局所的に腐食が進行していく局部腐食、微生物が介在して金属を腐食させていく微生物腐食に分類することができるんです。

局部腐食は更に異種金属接触腐食、粒界腐食、応力腐食割れ、エロ―ジョン・コロージョン(摩耗腐食)、すき間腐食そして「孔食」に分けられます。次からは全面腐食と局部腐食の「孔食」を比較して、その反応の特徴をみていきましょう。

\次のページで「2. 孔食について」を解説!/

2. 孔食について

孔食というのは主に塩化物イオンが豊富な環境で、表面に不働態(ふどうたい)をもつアルミニウム合金やステンレス鋼で観察されることの多い局部腐食のことを言います。

それではステンレス鋼で孔食が起こるメカニズムを、鉄の全面腐食と比較してみていってみましょう。

2-1. 全面(均一)腐食のメカニズム

まず全面腐食のメカニズムについてみていきましょう。全面腐食では鉄に水滴が付着している状況を考えます。

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鉄が水中でさびる反応、つまり全面腐食は以下のような化学反応により進行していきます。

総反応式:Fe + H2O + 1/2O2 → Fe(OH)2

酸化反応:Fe → Fe2+ + 2e         ←アノード反応 

還元反応:1/2O2 + H2O + 2e → 2OH ←カソード反応

鉄と水中の溶存酸素が反応して水酸化第一鉄Fe(OH)2のさびを生成します。水酸化第一鉄Fe(OH)2は水中の酸素でさらに酸化されて水酸化第二鉄Fe(OH)3となり、これが赤さびのもとです。

ここで覚えて欲しいのは、鉄の腐食は表面全面にわたりアノード点とカソード点が存在し、その間に電流が流れることでアノード点からFe2+が溶出。腐食が進行しているということです。このような電池を局部電池もしくはミクロセルと呼び、このことから全面腐食のことをミクロセル腐食と呼ぶことがあります。

\次のページで「2-2. 孔食のメカニズムとその危険性」を解説!/

2-2. 孔食のメカニズムとその危険性

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次に孔食のメカニズムについてみていきましょう。孔食ではステンレス鋼に水滴が付着している状況を考えます。

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そしてステンレス鋼で孔食が発生するメカニズム。ステンレス鋼というのはクロム(Cr)が10.5%以上添加された合金鋼のことで、その表面にはクロムが1nmから3nmの保護酸化皮膜を形成することで内側を酸化から守っています。しかし、そんな酸化皮膜にも弱点があるのです。それが塩素イオン(Cl)。

塩素イオンが多い場所、例えば海の近くでは塩素イオン濃度が高くなることでクロム酸化皮膜の一部を破壊。そこから図のように「ピット」と呼ばれる穴を形成し、ピット内部がアノード、酸化皮膜がカソードという状態になります。ピットの内部では鉄イオンの濃度が高くなり、そこに塩素イオンが泳動(えいどう)してくるため全面腐食よりもはやい速度で板を貫く方向に腐食が進んでいってしまうのです。

3. 孔食への対策

それでは孔食を防ぐためにどのようにしていけばいいか、対策を考えてみましょう。

3-1. 腐食原因の除去

腐食は金属+酸化剤+水の存在により発生、進展します。ということはそもそも酸化剤と水を除くことができれば腐食は進みません。しかし現実的に大規模な化学プラントやパイプラインを考えてみると、これらを除去するというのはなかなかに難しいものです。

3-2. めっき・塗装を施す

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また金属表面を保護するという点で忘れてはならないのがめっきと塗装です。めっきといえば犠牲防食作用をもつ亜鉛。溶融亜鉛めっき、電気めっき、亜鉛溶射といった手法で金属表面に加工を施すことで「卑な金属」である亜鉛が先に溶け出して下地の金属を守ります

あとは工業的な話になりますが亜鉛を含むジンクリッチペイント、エポキシ樹脂ペイント、ポリウレタン樹脂ペイントといった塗料を5層あるいは6層重ねた塗装により金属を腐食から守るといったことが実際に行われています。

\次のページで「3-3. 耐食性の高い材料を使う」を解説!/

3-3. 耐食性の高い材料を使う

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「耐食性」というのは「金属が腐食に耐える性質」という意味の言葉です。ステンレス鋼で耐食性を高めるためにはクロム(Cr)、モリブデン(Mo)の含有量を多くします(Cr+3Moを孔食指数と呼び、この値が高いほど耐食性が高い)。更に窒素(N)を添加したステンレス鋼を使用することも有効です。実際にこれら耐食性を向上させる元素を大量に含んだステンレス鋼が実用化されており、その名前をスーパーステンレス鋼といいます。興味があったら調べてみてくださいね。

工業的にはそれぞれ強度と価格の問題もあるのですがアルミニウムチタンといった、より耐食性の高い別の材料を採用するという手段も存在します。

金属の腐食形態の一つ「孔食」

単なる鉄であれば腐食環境(水+酸素)の中で全体が均一にさびて薄くなっていきます。しかしステンレス鋼では、塩素イオン(Cl)により不働態皮膜が局所的に破壊されそこからピットを形成、鉄イオン(Fe2+)濃度が高くなることで腐食が急激に進行することで最悪配管に穴が開き、事故につながる危険性があることが分かりましたね。

そのためには腐食原因を除去できないか、この環境でも腐食しないよう有効な加工法はないか、腐食しない材料は使えないかといった観点から対策を打つことが必要です。

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3分で簡単「孔食」腐食環境?皮膜?理系ライターがわかりやすく解説

突然ですが「孔食」という現象を知っているか?

金属の腐食といったら鉄の赤さびを思い浮かべる人も多いでしょう。鉄板を屋外に置いておけば雨風にさらされてすぐに錆で赤くなり、その錆びがぽろぽろとれていき金属の厚みが減少していく現象です。その一方で錆びにくい金属として知られているステンレス鋼ではそんな現象は起こらなのですが、ある日突然ステンレスの板に小さな穴がぽっかり開いてしまうことがある。それが「孔食」です。

孔食とは何なのか、発生する原因はなにでどう予防すればいいのか、国立大学の理系出身で金属材料とその腐食現象にも詳しいライターNaohiroと一緒に解説していきます。

ライター/Naohiro

国立大学の理系出身。重工メーカーの技術者として培った知識と経験を武器に、金属材料の腐食現象を分かりやすく解説する。

1. 孔食の前に、腐食って何だろう?

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孔食の説明の前に、まず腐食と聞いて何を思い浮かべますか?真っ赤にさびついた鉄板?森の養分になった落ち葉?意外と分からないものですよね。(ちなみに森の落ち葉は腐食ではなく腐植です)

それではまず腐食の定義から確認していきましょう。

1-1. 「腐食」の定義

日本工業規格のJISハンドブックによると腐食とは

金属がそれをとり囲む環境物質によって、化学的又は電気化学的に侵食されるか若しくは材質的に劣化する現象

出典:JIS Z 0103-1996 防せい防食用語(日本工業規格)

とあります。この言葉だけ見ていると難しいですが、鉄が水や酸素と反応したり、イオン化傾向の異なる金属材料と接触することで部分的な電池を形成してぼろぼろになっていくことをイメージすると分かりやすいですね。

1-2. 腐食の種類

1-2. 腐食の種類

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一言に「腐食」といっても化学プラントのような高温低湿度環境で反応性ガスにより腐食が進行していく乾食(かんしょく)、水と酸化剤の存在下で腐食が進行する湿食(しっしょく)に大きく分けることができます。そして湿食は金属の全体が均一に酸化され腐食していく全面腐食金属の一部で局所的に腐食が進行していく局部腐食、微生物が介在して金属を腐食させていく微生物腐食に分類することができるんです。

局部腐食は更に異種金属接触腐食、粒界腐食、応力腐食割れ、エロ―ジョン・コロージョン(摩耗腐食)、すき間腐食そして「孔食」に分けられます。次からは全面腐食と局部腐食の「孔食」を比較して、その反応の特徴をみていきましょう。

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