「思いやり予算」は心温まるような名前ですが、正式名称は防衛省予算の一部である「在日米軍駐留経費負担」のこと。日本に駐留しているアメリカ軍が必要とする経費の一部を日本側が負担するという意味です。最近は4倍増しを要求されていることから国内の反発も高まっている。

思いやり予算とはどのような政策の一環なのでしょうか。指摘されている問題や関連する出来事を、現代社会に詳しいライターひこすけと一緒に解説していきます。

ライター/ひこすけ

アメリカ文化やメディア政策を専門に研究している元大学教員。大統領選にトランプが敗北したことで、日米安保条約や普天間飛行場移設問題など、日米関係の方向性が気になる今日この頃。そこで思いやり予算の合意内容や米国の姿勢などを調べてみた。

思いやり予算とは駐留経費の負担分のこと

防衛省が設置される防衛省庁舎A棟(左奥)と 防衛省庁舎正門(手前)
本屋 - 本屋's file (self-made), CC 表示-継承 3.0, リンクによる

思いやり予算とは日本が負担している在日米軍駐留経費の一部のこと。給与のような人件費や訓練移転費などにあてられている。思いやり予算が組まれたのは1978年。日本の景気が良い一方、アメリカの財政が悪化している時期に、日本が「自主的」に負担したのがはじまりです。

防衛省の予算に計上されている経費

思いやり予算が計上されているのは防衛省の予算。思いやり予算というのは通称であり、正式には在日米軍駐留経費負担と名付けられました。正式名称から分かるように、日本に駐留しているアメリカ軍が必要とする経費の一部を日本が負担するという意味です。

日本は40億を超える金額を負担していますが、いくら負担するのかは、日米地位協定と在日米軍駐留経費負担に係る特別協定のふたつを根拠に決められました。このような負担は、韓国、ドイツ、イタリア、クウェートなどでも発生していますが、数字は日本が圧倒しています。

米軍で働く日本人の福利厚生費の負担からスタート

思いやり予算は、米軍の日本に駐留するうえでかかる経費を負担するもの。もともとは、1978年に米軍基地で働く日本人向けの福利厚生費の一部を負担することからスタートしました。日本人の給与や利用する施設の拡充などにも活用されていきます。

1987年に在日米軍駐留経費負担特別協定が締結され、米軍基地で働く日本人の手当てにも拡大。1991年には基本給の支払いにあてられるようになります。もともと日本人の福利厚生や給与にあてられていた思いやり予算は、徐々に米軍の運営費もカバーするようになっていきました。

思いやり予算が生まれた経緯

image by PIXTA / 70879614

思いやり予算が生まれたのは1970年代。ピークは過ぎたものの円高により経済が成長している時期でした。米軍の駐在費用が増えていくことに不満を持つアメリカを配慮して、日本側が「自主的に」用意したことから思いやり予算と呼ばれるようになりました。

\次のページで「高度経済成長期に組まれた負担額」を解説!/

高度経済成長期に組まれた負担額

思いやり予算を決定したのが当時の防衛庁の長官だった金丸信。自民党の中核として力を振るった政治家です。日米地位協定により日本は一定の金額を負担していましたが、円高の影響もあり費用が超過するように。アメリカの不満に配慮する形で負担が決定されました。

日本側が負担することになったのが、日本の米軍基地で働く日本人の給与の一部です。このときの金額は62億円とされました。円高にの影響よりアメリカとの貿易で黒字化していた日本。アメリカの状況に対して「思いやりの立場で対処するべき」という考えから導入されました。

思いやり予算を命名したのは日本共産党

おもいやり予算という言葉が浸透していますが、この名称は正式なものではありません。金丸信の「思いやりの立場で対処するべき」という発言から、日本共産党が揶揄する形で生まれたのがこの名称。あたたかみを感じる名称ですが、皮肉っている一面があることも事実です。

正式名称は「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定第二十四条についての新たな特別の措置に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定」と難解。思いやり予算という名称で国民にその存在が広く浸透しました。

日本が米軍の駐在費を負担する理由とは?

image by PIXTA / 5242332

日本がアメリカ軍の経費の一部を負担する現状を不思議に思う人もいるでしょう。米軍の駐留は、ワシントンD.C.で日本とアメリカのあいだで締結された日米安全保障条約に基づくもの。戦後の占領期に軍事機能がなくなった日本側の「希望」として米軍駐留が実行されたことが背景にあります。

外交・国防における重要性と政府は説明

日本に駐留しているアメリカ軍は、戦後の占領期に駐留していたGHQのアメリカ軍部隊の一部が残ったもの。日本は敗戦国であることから、軍事機能が取り除かれており、他国から攻撃を受けても防衛することはできません。そこで米軍の駐留を「希望」することになったのです。

日本が「希望」することで米軍が駐留しているため費用の一部を負担することは当然とされました。自衛隊など防衛機能が整備されるにつれて、思いやり予算による負担の必要性が問題視されるように。しかし政府は外交・国防の観点から欠かせないという立場をとっています。

思いやり予算の他に日本が負担しているもの

思いやり予算の金額は相当な額にのぼるため、負担しているすべてと考えられがち。しかし実際は、思いやり予算による負担額はほんの一部で、それ以外にも多額のお金をアメリカ軍に支払っています。その内訳は多岐に渡っていきました。

日本が支払っているのは、基地周辺に対する対策費、施設や土地の賃料、米軍の再編にかかる費用、さらには沖縄に関する特別行動委員会に関連する費用など。さらに思いやり予算が加わるため、日本の財政を圧迫させているのではないかという意見が出てくるようになりました。

\次のページで「不適切な支出が問題視される思いやり予算」を解説!/

不適切な支出が問題視される思いやり予算

Yokosukafoodocourt.JPG
Amex1234 - 投稿者自身による作品, パブリック・ドメイン, リンクによる

思いやり予算は増額されていくものの、どのように使われているのか不明瞭な状態が続きました。そこで1990年代に入ると当初の趣旨とは異なる不適切な使われ方がされていると言われるように。予算そのものを見直す必要があるという考えの政治家も増えてきました。こうした流れもあり思いやり予算は徐々に減額されていきます。

レジャー施設のスタッフ給与に利用されることも

思いやり予算の当初の趣旨は、米軍基地で働く日本人労働者の福利厚生費や人件費にあてるというもの。基地の移転費用もそれで賄うことは決まっていました。しかしながら1990年代に入ると、アメリカ軍人の娯楽施設や保養施設で働くスタッフの制服や、そこが購入した備品など、思いやり予算の幅が広がっていることが指摘されるようになります。

具体的に公表されていないものの、不適切に使われている疑惑も明らかになりました。米軍関係者の娯楽のために日本の税金が投入されていることも問題視されるように。このような影響もあり、一時期は思いやり予算が減額されるようになります。テレビや雑誌などのメディアで盛んに報道されたこともあり思いやり予算に反発する国民も増加。風向きが悪くなっていきました。

2011年に協定の有効期間が延長される

東日本大震災は、思いやり予算の減額をストップさせる要因のひとつになります。2011年3月に起こった大震災で、アメリカ軍はトモダチ作戦と名づけられた大規模な災害救助・救援のための作戦を実行。2001年9月にアメリカ同時多発テロが発生したとき、日本の消防救助隊が駆けつけてくれたことの「恩返し」であることからトモダチという言葉が採用されました。

トモダチ作戦の支援を受けたこともあり、日本は賛成多数で新たな特別協定をアメリカと結ぶことに。この協定が締結されたことで、思いやり予算の減額はストップ。5年のあいだ、日本は減額することなく経費の一部を負担することが決まりました。そのとき決まった予算の水準額は1881億円。ピーク時よりは少ないものの、米軍はさらなる減額を免れることに成功しました。

トランプ大統領は日本の負担額アップを要求

Donald Trump delivering inauguration speech 2017-01-20.jpg
U.S. Marine Corps Lance Cpl. Cristian L. Ricardo - https://www.dvidshub.net/image/3110897/58th-presidential-inaugural-ceremony, パブリック・ドメイン, リンクによる

2020年は次の5年間の思いやり予算をどうするのか話し合うタイミング。10月よりトランプ大統領と予算の配分の話し合いが始まりました。アメリカは大統領選挙により政権が交代することが決定。見通しが立たない状態になりました。軍事政策は政権により対応が異なるため、思いやり予算の交渉はアメリカの政権が確定しないと始められないです。

\次のページで「2022年度より思いやり予算を見直すというニュースも」を解説!/

2022年度より思いやり予算を見直すというニュースも

2020年の大統領選挙でトランプ政権は事実上の敗北。政権は共和党から民主党に移行する流れとなっています。もともとトランプ大統領は軍事面では強硬派。そのため日本に対して思いやり予算を4倍増しにするという案を提示していたほどです。しかしながら、増え続ける日本の負担額に異議を申し立てる声も多く、日本政府は見直す方向でいます。

アメリカは政権交代の最中にあるため、来年度の1年間は今の特別協定を延長することなりました。そして再来年後に協定を改定する交渉を実施。次の5年間の思いやり予算は、地域の実情に合わせた事業内容に変更する予定とのことです。ただし、トランプ政権からバイデン政権に移行するタイミングでもあり見通しは立っていません。

韓国とアメリカは交渉が決裂

日本と同じように米軍駐留経費の交渉を続けているのが韓国。トランプ大統領は韓国に対しても負担額の増額を求めていました。韓国が要求されたのは5倍増し。しかし国内の反発は大きく交渉は決裂しました。そのため一時的にアメリカ軍の予算だけで基地を運用する必要が生じ、韓国人スタッフの半数が無給休職となりました。

期間限定で韓国人スタッフの給与のみ負担することが決まりましたが、文在寅大統領は譲歩することはない模様。アメリカのスタンスは米軍駐留経費を支払わなければ軍は撤退するというものです。つまり韓国がこのまま譲歩しなければアメリカ軍は撤退する可能性があるということ。米韓交渉の行く末を見ることで、日本がとるべき対応が見えてきそうです。

思いやり予算の交渉はこれからも続く

思いやり予算の額は、他国の米軍駐留費をすべて合算した額よりも大きいと言われています。見直しを進めているものの、アメリカの政権交代、新型コロナウィルスの影響による両国の財政ひっ迫、沖縄普天間基地の移設問題など難しい問題が山積み。さらには、アメリカ軍が日本を守っているという考え方が根強く、対等な対話ができていないというのが現状です。今後は、日米同盟のあり方そのものを見直し、日本がイニシアティブを握れるかどうかが鍵。現在進行形の話題であるためニュース等をしっかりチェックすることが大切になりそうですね。

" /> 「思いやり予算」とは?日米関係や協定内容を元大学教員が3分でわかりやすく解説 – Study-Z
平成現代社会

「思いやり予算」とは?日米関係や協定内容を元大学教員が3分でわかりやすく解説

「思いやり予算」は心温まるような名前ですが、正式名称は防衛省予算の一部である「在日米軍駐留経費負担」のこと。日本に駐留しているアメリカ軍が必要とする経費の一部を日本側が負担するという意味です。最近は4倍増しを要求されていることから国内の反発も高まっている。

思いやり予算とはどのような政策の一環なのでしょうか。指摘されている問題や関連する出来事を、現代社会に詳しいライターひこすけと一緒に解説していきます。

ライター/ひこすけ

アメリカ文化やメディア政策を専門に研究している元大学教員。大統領選にトランプが敗北したことで、日米安保条約や普天間飛行場移設問題など、日米関係の方向性が気になる今日この頃。そこで思いやり予算の合意内容や米国の姿勢などを調べてみた。

思いやり予算とは駐留経費の負担分のこと

防衛省が設置される防衛省庁舎A棟(左奥)と 防衛省庁舎正門(手前)
本屋本屋‘s file (self-made), CC 表示-継承 3.0, リンクによる

思いやり予算とは日本が負担している在日米軍駐留経費の一部のこと。給与のような人件費や訓練移転費などにあてられている。思いやり予算が組まれたのは1978年。日本の景気が良い一方、アメリカの財政が悪化している時期に、日本が「自主的」に負担したのがはじまりです。

防衛省の予算に計上されている経費

思いやり予算が計上されているのは防衛省の予算。思いやり予算というのは通称であり、正式には在日米軍駐留経費負担と名付けられました。正式名称から分かるように、日本に駐留しているアメリカ軍が必要とする経費の一部を日本が負担するという意味です。

日本は40億を超える金額を負担していますが、いくら負担するのかは、日米地位協定と在日米軍駐留経費負担に係る特別協定のふたつを根拠に決められました。このような負担は、韓国、ドイツ、イタリア、クウェートなどでも発生していますが、数字は日本が圧倒しています。

米軍で働く日本人の福利厚生費の負担からスタート

思いやり予算は、米軍の日本に駐留するうえでかかる経費を負担するもの。もともとは、1978年に米軍基地で働く日本人向けの福利厚生費の一部を負担することからスタートしました。日本人の給与や利用する施設の拡充などにも活用されていきます。

1987年に在日米軍駐留経費負担特別協定が締結され、米軍基地で働く日本人の手当てにも拡大。1991年には基本給の支払いにあてられるようになります。もともと日本人の福利厚生や給与にあてられていた思いやり予算は、徐々に米軍の運営費もカバーするようになっていきました。

思いやり予算が生まれた経緯

image by PIXTA / 70879614

思いやり予算が生まれたのは1970年代。ピークは過ぎたものの円高により経済が成長している時期でした。米軍の駐在費用が増えていくことに不満を持つアメリカを配慮して、日本側が「自主的に」用意したことから思いやり予算と呼ばれるようになりました。

\次のページで「高度経済成長期に組まれた負担額」を解説!/

次のページを読む
1 2 3 4
Share: