国語言葉の意味

【慣用句】「釈迦に説法」の意味や使い方は?例文や類語をWebライターがわかりやすく解説!

よお、ドラゴン桜の桜木建二だ。この記事では「釈迦に説法」について解説する。

端的に言えば釈迦に説法の意味は「専門家にその専門内容を説く愚かさ」だが、もっと幅広い意味やニュアンスを理解すると、使いこなせるシーンが増えるぞ。

国語力だけでこれまでの社会人生活を乗り切ってきたライター、ヤザワナオコに、「釈迦に説法」の意味や例文、類語などを説明してもらおう。

解説/桜木建二

「ドラゴン桜」主人公の桜木建二。物語内では落ちこぼれ高校・龍山高校を進学校に立て直した手腕を持つ。学生から社会人まで幅広く、学びのナビゲート役を務める。

ライター/ヤザワナオコ

コールセンターの電話応対指導やマナー講師、テレビ番組の字幕製作経験もあるライター、ヤザワナオコ。

自ら経験した釈迦に説法は、相手が児童養護施設のトップとは知らずボランティア経験から得たことを熱く語ってしまったことで、あとからその経歴を聞いて恥ずかしい思いをしたとのこと。「釈迦に説法」とはどんな意味なのか、使い方も含めて解説してもらう。

「釈迦に説法」の意味や語源・使い方まとめ

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それでは早速「釈迦に説法(しゃかにせっぽう)」の意味や語源・使い方を見ていきましょう。

「釈迦に説法」の意味は?

「釈迦に説法」には、次のような意味があります。

知り尽くしている人にそのことを説く愚かさのたとえ。釈迦に経 (きょう) 。

出典:デジタル大辞泉(小学館)

お釈迦様は言わずと知れた仏教の開祖。その人を相手に仏教の教えを説くとは、恐れ多いというか図々しいというか、とにかく恥ずかしくて愚かな行為といえますね。このように、その道のプロフェッショナルといえる相手に対し、そこまで熟知してもいない人が高説を垂れる格好悪さ、愚かしさを表すのが「釈迦に説法」です。

ちなみに「釈迦に説法、孔子に悟道(こうしにごどう)」と続けて使われることも。

孔子は紀元前の中国の思想家で儒学の祖として有名ですね。孔子と弟子たちの会話をまとめた「論語」からは「温故知新」などの言葉も生まれていますし、「四十にして惑わず。五十にして天命を知る」などの名言を聞いたことがある人も多いことでしょう。そんな孔子に「悟道」すなわち悟りを開く道を教えるなど、常人には到底考えられません。「釈迦に説法」と同じく、大家と呼べるほどの人にその道を説く愚かさが分かりやすいのではないでしょうか。

「釈迦に説法」の使い方・例文

「釈迦に説法」の使い方を例文を使って見ていきましょう。この言葉は、たとえば以下のように用いられます。

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