
生物濃縮のしくみ

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生物が食事などで体外から取り入れた物質は多くが代謝され、有用な成分はからだの一部になります。不要な物質や老廃物は排出され、害をおよぼすような物質は貯まらないようにするのが、生物のからだの自然なはたらきです。
その一方で、水に溶けにくかったり、分解、代謝されにくい一部の物質は体内、とくに脂肪分に溶けるようにして蓄積されてしまうことがあります。

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ある場所に住むプランクトンのような小さな生き物のからだに、そのような性質の有害物質が蓄積してしまったとしましょう。それを捕食する上位の生物は、たくさんの小さな生き物を食べます。一匹一匹は小さくても、大量に食べることで結果的にたくさんの有害物質が捕食者のからだに蓄積します。
一般的に、食物連鎖で上位の生物は、下位の生物を数多く捕食します。先ほどのように、有害物質の蓄積した生物を、上位の生物がたくさん食べ、さらに上位の生物がそれを食べると…上位の生物のからだには高濃度の有害物質が溜まっていくことになるのです。
これが、生物濃縮のしくみ。からだに貯まりやすい有害物質が環境中にあり、その有害物質が蓄積した生物が食物連鎖中に組み込まれることで、高濃度の有害物質が蓄積した生物ができてしまうのですね。
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生物濃縮の影響
生物濃縮は私たち人間にとっても大きな問題になりえます。いくつか例を出してみましょう。
1.フグ毒

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高級魚として名高いフグは、毒のある魚としてもよく知られていますね。日本でフグを味わうためには、免許をもった人が猛毒をふくんだ部分を丁寧に取り除かなくてはいけません。
フグの毒の成分で代表的なものが、テトロドトキシン。特効薬もなく、わずかな量の摂取でも命にかかわる事態になりうる物質です。フグ毒による食中毒患者は毎年発生しており、死者が出ることも少なくありません。
フグのもつテトロドトキシンは海中の細菌が生成し、それを食べた生物の体内で濃縮され、さらにそれをフグが食べることでその体内に蓄えられるのではないかと考えられています。つまり、生物濃縮による毒の蓄積というわけです。
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2.貝毒
フグ毒同様、生物濃縮の結果でおきると考えられているのが貝の有毒化です。
サキシトシンという化学物質は、人間にとっては麻痺を引き起こさせる毒物になります。これを体内でつくる植物プランクトン(渦鞭毛藻類)がいるのです。サキシトシンをつくるプランクトンを食べ続けた貝は、そのからだにサキシトシンを蓄積します。ヒトがその貝を食べると、舌などの麻痺が生じ、ひどい場合には呼吸困難…時に死亡してしまうこともあるのです。
こちらも有効な薬や治療法がないのが現状。海産物の鮮度や取り扱いには十分気を付けたいものですね。
3.水俣病
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私たち日本人にとって忘れてはならない事件の一つが、熊本県水俣湾の周辺などで発生した水俣病でしょう。水俣病は、有毒物質であるメチル水銀の摂取により、運動機能の障害や視覚・聴覚への障害などが現れた病気です。メチル水銀が脳や神経を麻痺させるために、それらの症状が現れます。
もちろん、メチル水銀を自ら摂取する人なんていません。発症したのは、水俣湾の周辺に住み、普段から魚介類をよく食べていた住民でした。化学工場から河川や海に流された排水にメチル水銀が含まれており、生物濃縮によってメチル水銀を体内に蓄えた魚などを食べてしまったために、水俣病が現れたのです。
水俣湾周辺では1956年に初の患者が報告されてから、50人以上の発症が確認されました。1965年には新潟県の阿賀野川流域でも同様の事件が起こり、20人以上の患者が確認されています。
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生物濃縮と『沈黙の春』
U.S. Fish and Wildlife Service – This image originates from the National Digital Library of the United States Fish and Wildlife Service at this page これはライセンスタグではありません!別途、通常のライセンスタグが必要です。詳しくはライセンシングをご覧ください。 See Category:Images from the United States Fish and Wildlife Service. http://training.fws.gov/history/carson/carson.html, パブリック・ドメイン, リンクによる
生物濃縮という現象が一般によく知られるようになったきっかけの一つに、1962年に出版された『沈黙の春』という本があります。著者はアメリカ人の女性科学者レイチェル・カーソン。発売後半年で50万部を売り上げ、日本でも1964年に翻訳版が発売されました。
この本でカーソンが訴えたのは、それまであまり注目されていなかった残留農薬の危険性や、農薬をはじめとする化学物質が「生物濃縮」され、あらゆる生物に異常が生じる恐れでした。人工的につくった化学物質を見境なくまき散らすことへの恐ろしさ、それによって自然環境を失うことへの警鐘をならしたのです。
『沈黙の春』は大ベストセラーになり、多くの人が自然環境に改めて目を向けるようになりました。今読んでも考えさせられる一冊です。
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生物濃縮の影響はまだ身近に?
『沈黙の春』の出版から半世紀以上。私たちの社会は公害や環境破壊などが起きないよう管理され、厳しい規制やルールの下で成り立っています。有害物質の生物濃縮やそれによって起きる事故の話題も少なくなりました。
とはいえ、生物濃縮にともなう問題がすべて解決したわけではありません。最近ではマイクロプラスチックの生物濃縮が研究され、人間も相当量のマイクロプラスチックを摂取している可能性が示唆されるようになりました。
生物濃縮は、まだ決して他人事とは言えない問題をはらむ現象なのです。