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【慣用句】「百聞は一見にしかず」の意味や使い方は?例文や類語をWebライターが解説!

よお、ドラゴン桜の桜木建二だ。この記事では「百聞は一見にしかず」について解説する。

端的に言えば百聞は一見にしかずの意味は「繰り返し他人の話を聞くよりも、実際に自分の目でたしかめてみたほうがよくわかる」だが、もっと幅広い意味やニュアンスを理解すると、使いこなせるシーンが増えるぞ。

本の虫ライターのジュリアン・ソレルを呼んだ。一緒に「百聞は一見にしかず」の意味や例文、類語などを見ていくぞ。

解説/桜木建二

「ドラゴン桜」主人公の桜木建二。物語内では落ちこぼれ高校・龍山高校を進学校に立て直した手腕を持つ。学生から社会人まで幅広く、学びのナビゲート役を務める。

ライター/ジュリアン・ソレル

本の虫ライター。多い時だと月間30冊読破する。漢字や熟語、ことわざ、故事が好き。正確でロジカルな文章を用いる。記憶の定着には丸暗記よりも深い理解が大切であるとの観点から、語源や類義語まで幅広く派生し、関連語の習得も狙った解説を心がける。

今回は、慣用句「百聞は一見にしかず」をベースに、類語の「論より証拠」や英訳の「Seeing is believing.」などを意味や語源から例文までみっちり解説。

「百聞は一見にしかず」の意味や語源・使い方まとめ

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それでは早速「百聞は一見にしかず」の意味や語源・使い方を見ていきましょう。

「百聞は一見にしかず」の意味は?

「百聞は一見にしかず」には、次のような意味があります。

1.繰り返し他人の話を聞くよりも、実際に自分の目でたしかめてみたほうがよくわかる。

出典:大辞林 第三版(三省堂)「百聞は一見にしかず」

「何度も聞かされるよりも、自分の目で見るほうがよく分かる」という意味の「百聞は一見にしかず(ひゃくぶんはいっけんにしかず)」。

百聞とは文字通り「百回聞くこと」で、何度も多く聞くことの比喩です。一見とは「一見したところ」、「一見の価値がある」などといわれるように、「一度見ること」。同じ漢字で「いちげん」と読まれる場合には、「一見の客」、「一見さん」などといわれるように、「はじめて対面すること、会うこと」という意味です。

そして「しかず」の「しく」は、漢字では「如く/若く/及く」と書かれ、「同じ程度の能力や価値を持つ、匹敵する」を意味する他、「追いつく、到着する」という意味があり、この慣用句では前者の意味で用いられます。

「百聞は一見にしかず」の語源は?

次に「百聞は一見にしかず」の語源を確認しておきましょう。この言葉は、二十四史の一つであり、中国後漢の章帝の時に編纂された前漢のことを記した歴史書「漢書(かんじょ)」の「趙充国伝(ちょうじゅうこくでん)」が出典です。

前漢の名将であった趙充国は、当時の皇帝から「反乱を起こした国に誰を将として送るべきか」と尋ねられたとき、「私を超える者はおりません」と答えたといわれます。そして、皇帝が反乱を起こしたチベット系の遊牧民族に関して、「敵の軍勢はどれほどか。誰を用いるべきか」と尋ねたところ、趙充国は「百聞は一見に如かず。兵は遠く離れていては戦略が建てにくい。急いで金城まで向い、そこから戦略を献上したいと思います。」と言いました。この時の「百聞不如一見」が「百聞は一見にしかず」の語源です。

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