国語言葉の意味

【慣用句】「アルファでありオメガである」の意味や使い方は?例文や類語を雑学大好きwebライターが解説!

よお、ドラゴン桜の桜木建二だ。この記事では「アルファでありオメガである」について解説する。

端的に言えばアルファでありオメガであるの意味は「始まりから終わりまで」だが、もっと幅広い意味やニュアンスを理解すると、使いこなせるシーンが増えるぞ。

国立大で国語学を学んだライターのタケルを呼んだ。言葉の解説を得意としていて、大学時代はクイズサークルに所属していたので雑学にも詳しい。一緒に「アルファでありオメガである」の意味や例文、類語などを見ていくぞ。

解説/桜木建二

「ドラゴン桜」主人公の桜木建二。物語内では落ちこぼれ高校・龍山高校を進学校に立て直した手腕を持つ。学生から社会人まで幅広く、学びのナビゲート役を務める。

ライター/タケル

某国立大で現代日本語学を専攻。小学生の頃は星座に興味があったので、ギリシア神話はあまり知らなかったが、「おおいぬ座のアルファ星はシリウス」くらいは覚えていた。今は星空を見上げることがほぼない。

「アルファでありオメガである」の意味や語源・使い方まとめ

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それでは早速「アルファでありオメガである」の意味や語源・使い方を見ていきましょう。

「アルファでありオメガである」の意味は?

「アルファでありオメガである」には、次のような意味があります。

《新約聖書「ヨハネの黙示録」から》最初にして最後であること。全部。すべて。「アルファでありオメガである」とも。

出典:デジタル大辞泉(小学館)「アルファにしてオメガ」

アルファでありオメガである」という形では掲載がありませんでした。しかし、「アルファにしてオメガ」も同じ意味なので、そちらを掲げておきます。

ようするに「最初から最後まで全部」という意味です。アルファベットなら「AからZまで」とすべきものを、ギリシャ文字の最初と最後である「α(アルファ)」と「ω(オメガ)」で表現しています。

「アルファでありオメガである」の語源は?

次に「アルファでありオメガである」の語源を確認しておきましょう。すでに辞書の中でふれられていますが、あらためて簡単に説明します。

ヨハネの黙示録」は、新約聖書の最後に収められている文書です。世界の終末と再臨したイエス・キリストによる最後の審判、そしてその後の世界について記されています。むしろ映画で見覚えのある人も多いのではないでしょうか。その中で、主の言葉として「わたしはアルファでありオメガである」という文言が3箇所で登場し、うち2回は「最初であり、最後である」という言葉が続いています。

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