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3分でわかる「オイルショック」が起こった理由!その原因と影響を元大学教員がわかりやすく解説

よぉ、桜木建二だ。オイルショックとは中東戦争の影響により原油の価格が高騰したこと。需要と供給のバランスが崩れ、石油が大幅に値上げされるなど高度経済成長の時期の日本は大混乱となった。この危機をきっかけに、産油国に対する依存が課題となり、再生資源の利用を推進する活動も活発になった。

当時の資源危機に対する対応や国際社会の反応など現代社会に詳しいライターひこすけと一緒に解説していくぞ。

解説/桜木建二

「ドラゴン桜」主人公の桜木建二。物語内では落ちこぼれ高校・龍山高校を進学校に立て直した手腕を持つ。学生から社会人まで幅広く、学びのナビゲート役を務める。

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ライター/ひこすけ

アメリカ文化を専門とする元大学教員。オイルショックについては親世代からトイレットペーパーの原材料不足の噂による価格高騰や買い占めの話をよく聞いていた。この経験が輸入依存国である日本の生活を見直すきっかけになったという。そんなオイルショックが起こった要因をアラブ諸国の動向とともにまとめてみた。

1.オイルショックは2回発生した世界的な混乱

オイルショックが発生したのは1970年代。1973年と1979年の2回に渡って起こりました。日本は高度経済成長の真っただ中。エネルギー源として石油に対する依存度が高かったこともあり、世界の経済が混乱状態に陥りました。

第一次オイルショックのきっかけは中東戦争

1973年に起こったオイルショックのきっかけは第四次中東戦争。イスラエルに占領された領土を取り戻すためにエジプト・シリアが攻撃を開始したことで始まった戦争です。これを機にペルシア湾岸の国々が、石油の価格の引き上げや原油生産の削減を表明しました。

まずは、石油輸出機構(OPEC)に加盟している産油国のうち6か国が原油の価格を引き上げることを決定。翌日にアラブ石油輸出国機構(OAPEC)が、原油生産の削減にくわえて、イスラエルが占領地から撤退するまで、イスラエルを指示しているアメリカ等に経済制裁を実施することを決定します。

イラン革命により発生した第二次オイルショック

1979年のオイルショックは国民による革命勢力が独裁勢力を排除することに成功したイラン革命がきっかけ。革命による政治的混乱から石油の生産がストップしたことを受けて原油の価格が急上昇しました。

OAPECは、原油の価格を段階的に引き上げていくことを決定。その結果、1973年のオイルショックと同じように世界経済の混乱が生じます。とくに日本はイランからの石油の輸入が多かったため深刻な石油不足に陥ることになりました。

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石油を大量に生産できる国は限られている。だからこそ産油国は中東戦争やイラン革命に乗じて、ここぞとばかりに石油の価格を引き上げたというわけだ。代わりになるエネルギー源が限られていたから世界中がパニックに陥ったのだろう。

2.オイルショックが発生した理由は何?

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オイルショックが2度に渡って起こった理由は、OPECやOAPECが中東諸国の混乱に乗じて石油の価格を引き上げたこと。さらに石油の生産量を減らす方針を打ち出したことで、物価が混乱したことが大きな要因です。

原油価格の上昇により世界経済が混乱

中東諸国のうち産油国となるのが、イラン、イラク、クエート、サウジアラビアなど。これらの国にとって世界と戦う武器となるのが石油です。とくに中東戦争でイスラエルを支援していたのがアメリカ。そこで、反イスラエル勢力の国が石油を経済制裁の手段として利用したのです。

原油の価格が上昇することで国の経済を動かしているエネルギー源が不足。さらには、石油に関連する製品も不足するという噂が広がります。その結果として物価が上昇、買い占めや賃上げ要求なども加わり、先進国の多くは経済が混乱することになりました。

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