ふたつに別れた仏教
今日、日本中で見かける寺院。観光に開かれたお寺もありますから、人生のどこかで一度は必ず踏み入れる機会があると思います。
そんな身近な寺院と仏教ですが、実はたくさんの宗派に別れていました。教義などはその宗派それぞれ。本堂に祀られている仏様も違ったりするんですよ。
この章ではその宗派のもう一つ上、仏教は「上座部仏教」と「大乗仏教」のふたつに分かれていることについてお話しします。
分裂のきっかけ
仏教を開いたお釈迦様の入滅から100年後、お釈迦様の教えは広く伝播していきました。しかし、発祥の中央から遠ざかれば遠ざかるほど、土地の文化や食習慣は違ったものになりますよね。そうすると、仏教が定めた戒律を守ることが難しい地域が出てきたのです。
生前のお釈迦様は、別に重要でない戒律は、サンガ(僧侶たちのコミュニティ)で話し合って同意があれば変えてしまってもいいことにしていました。けれど、いざ変更会議をしてみると、戒律の解釈の違いから意見が割れてしまいます。
そして、第二回目の会議で再検討されることになったのですが、ここで決定的な分裂(根本分裂)が起こり、仏教は戒律維持派の「上座部」と戒律修正派の「大衆部」のふたつに分かれてしまいました。
この分裂によって「上座部仏教」と「大乗仏教」というふたつの流れができたのです。
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