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5分でわかる「レコンキスタ」なぜイスラム教とキリスト教は争った?歴史オタクがわかりやすく解説

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イベリア半島での王国の乱立。キリスト教諸国もタイファ諸国も領土を拡大しようと戦いを繰り広げていた。他国から援軍をもらったりしながら、お互い一進一退が続いていたんだな。

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3.レコンキスタの完了

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ムワッヒド朝の誕生と衰退

イベリア半島での戦いが終わらないまま12世紀後半になると、モロッコで起こった宗教運動からムワッヒド朝が誕生。ムラービト朝を倒し、イベリア半島への介入をはじめました。

ムワッヒド朝の軍事力はたいへん強力で、勢いに乗っていたはずのレオン王国のアルフォンソ8世を破ってトレドを攻撃します。この事態に危機感を感じた当時のローマ教皇インノケンティウス3世は、キリスト教諸国同士での争いをやめさせ、みんなで一丸となってムワッヒド朝に対抗するようキリスト教諸国に働きかけたのです。そうして集められたのが「第4回十字軍」でした。

十字軍はイベリア半島の王たちが集めた軍勢と連合し、1212年の「ラス=ナバス=デ=トロサの戦い」でムワッヒド朝に勝利をおさめたのです。その後、ムワッヒド朝は後継者争いがはじまると、さらに内乱が勃発。もうイベリア半島の支配権の話どころではなくなったところを狙ったキリスト教諸国が南下を開始。最終的に、イベリア半島のイスラム教国家は、現在のスペイン南部に位置する「ナスル朝のグラナダ王国」を残すのみとなりました。

ところで、グラナダにはスペイン屈指の世界遺産「アルハンブラ宮殿」がありますね。このアルハンブラ宮殿を築いたのがナスル朝で、イスラム建築の傑作とされています。

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カスティーリャとアラゴンの同盟「スペイン王国成立」

レコンキスタの終盤、15世紀あたりになるとイベリア半島は五つの国に分かれていました。ひとつはイスラム教国家の生き残り「グラナダ王国」。他の四つはキリスト教諸国で「アラゴン王国」「ナバーラ王国」「ポルトガル王国」、そして、レオン王国を統合した「カスティーリャ王国」です。

このうち、アラゴン王国の王子フェルナンドとカスティーリャ王国の王女イサベルが1469年に結婚。1479年に両国は統合されることとなり、名前も新たに「スペイン王国」として成立しました。

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イスラム教国最後の砦・グラナダの陥落

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新たに誕生したスペイン王国は、1482年にグラナダ王国で内乱が起こると見るや、すぐにグラナダ王国への侵攻を開始します。そうして1490年には最後の拠点・グラナダを包囲。そこからさらに2年の歳月をかけた1492年1月にスペイン王国はようやくグラナダを陥落させました。

グラナダが落ちたことによってイスラム勢力は北アフリカに後退することになり、ここに800年も続いたレコンキスタが完了したのです。

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イスラム教側は王朝が入れ替わったが、それでもイベリア半島への介入はやめなかった。盛り上がっていたレコンキスタもムワッヒド朝に大きな打撃を受けたわけだが、これがヨーロッパの危機感を大いに煽って「十字軍」を結成させてしまったんだな。その結果、十字軍とイベリア半島の連合軍でムワッヒド朝は衰退。さらに他のタイファ諸国も倒され、最後に残ったナスル朝のグラナダ王国が陥落してレコンキスタが完了したんだ。

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